あなたに、花を手向けるように。

こんばんは。ヒラクです。

またもや独り言ですが、ふとこんな事を考えたんです。

例えば、好きな子に会いに道を歩いていく途中で、道ばたに小さな花を見つける。

「この花、きっとあの子に似合うだろうな」なんて思う。

それで、その子に会った時に花を手向けてみたとしたら。

その時、その花は単なる道ばたの花ではなくて、特別な花になる。

そして、その子が運良く喜んでくれて、髪にその花をさしてくれたとしたら。

そうしたら、その子は僕にとって、いっそう「特別なひと」になるだろう。

デザインやアートを通して僕のやっている事は、ちょっとキザな例えだけど、きっとこんな事なのかもしれない。

僕は自分でその子のプレゼントを作ることはしない。

そうじゃなくて、その子に似合う花を「選ぶ」。

そうして、その子が世界一可愛い女の子になるように、その花が世界一美しい花になればいい。

そういう瞬間に立ち会うことが、自分にとって最も「美しい」。

そんな風に思う。

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色んな人と一緒に仕事をして、あるいは仕事を依頼されて、

まず自分の我を押しつけるのは上手くいかないことがわかった。

そして、相手の言う事をそのまま表現することも上手くいかないことも(最近)わかった。

というのも、(みなさんなるほどと思うけど)

『自分のことが一番よくわからない』のが人間だから。

自分のことがよくわかっている人は僕みたいな人のところには依頼しない。

モヤモヤとしているけれど、でも熱い想いを持って何かを始めようとしている人とたくさん出会ってきた。

そこで何ができるだろう?

それは「コンサル」と称して方法論を売りつけることではない。

そうではなくて、一緒に悩んでその人だけにしかない「宝物」を見つけ出すことだった。

どんな人も人生のうち、いくつか「宝物」を発明する、と僕は思う。

ただ、一人ぼっちだとそれが宝物であることに気付かず捨ててしまうことがある。

で、僕が出来る最大の仕事は「それ、すごい宝物だよ」と言えること。

「すごく良いものだよ。大事にしよう」と、指差すこと。

道ばたの花を、世界一きれいな花にするように。

例えどんなに優れていても、実用的でも、しっくりこないものはやがてその人にとって苦痛になる。

だから、どんなにデコボコでも、荒削りでも、その人が持っている何かを手にしないと結局は続かない。

続かないということは、成功しないということだ。

そういうことはしたくない。

その場所、その瞬間、その人と感じたことから何かを「つかむ」。

そしてそこで見つけたものを「宝物」にする。

僕はその時、常に白紙になる。

理屈や経験では考えない。「感じる」ということを大事にする。

自分の頭でひねり出したものではなく、すでに足元にあるものがキラキラ輝くようになるために知恵と技術を絞り出す。

それが大事にしたい事、なんだと思う。

僕は何もつくらないし、何も思いつかない。

ただ、なにかが「出来る」、「見つかる」瞬間に立ち会うだけだ。

それは、誰かのあいだ、社会のあいだ、時代のあいだ、その淡い境界に浮上してくる「兆し」。

そういうものを見つける人のこと。

なんて、今日ふと思ったこと。

空気を読んだり、テレパシーで完璧に意思疎通したりなんて、人間はしなくていいんじゃないかな。

何かを理解したり、シェアしたいという不器用な努力が、人に「花を手向ける」という美しい行為を生み出すのだから。

Published by

小倉 ヒラク

発酵デザイナー。1983年、東京都生まれ。 「見えない発酵菌の働きを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちとプロジェクトを展開。下北沢「発酵デパートメント」オーナー。著書に『発酵文化人類学』『日本発酵紀行』など多数。