早すぎず、遅すぎず。「間がいい」は地味にムズカしい。

「間が悪い」とよく言うけれど、「間がいい」と言うことは少ない。

「間が悪い」は違和感ばかりが目立つが、「間がいい」はすとんと受け取れるので、格別意識をしないからだ。

えーと。僕は何の話をしたいのだろうか。

今回の『発酵文化人類学』の出版の話がしたいのさ。

実はこういう内容の一般書はもっとはやく出す話もあった。

2014年の終わり頃から発酵デザイナーの活動がなんとなく世に知られ、僕のインタビューや寄稿記事がなんとなくWEBで散見されるようになると、出版しませんか?というオファーが来るようになったのだね。

それ自体はたいへん嬉しいことだ。

しかし、僕はそのタイミングで急いで本をつくると「拙速」になるなと判断した。内容自体も自分が目指すべき深みに辿り着けないし、だいいちタイミングが早すぎると思った。

ネットで世界中の情報がオープンになった世界で、新規性にはそれほど価値はない。

「他の誰よりもはやくトレンドを!」みたいなスタンスは、実はただの自己満足でしかなかったりする。反対に、あまりにもコモディティになりすぎたものを「まあ鉄板の企画なんで…」とまんまフォローするのもよろしくない(これを僕は「デパート催事の北海道フェア理論」と呼んでいる)。だいたいコモディティ化したものの模倣は、わざわざ僕がやる仕事ではない(ていうか誰がやるべき意義もない)。

大事なのは、ぴったりのタイミングだ。

今、この瞬間だからこそ意味のあるタイミングを見つけることだ。

自己満足的に早すぎず、コモディティ的に遅すぎない、自分の意識と社会の流れがぴったり符号する、ほんの一瞬だけ訪れるナイスなタイミングを見定めることが重要だ。

…となぜ強調するのかというと、僕は典型的な「我慢できない早すぎ自己満足野郎」だからなのであるよ。何かやりたいことがあると、周りを見回さずに拙速にアウトプットしてしまい、もちろんそんな自己満足野郎のつくったものに誰も興味を持つわけないから鳴かず飛ばずになり、「いやあ、ちょっと早すぎましたかね」とか笑ってごまかすような間抜けなパターンは繰り返したくない。

早すぎのパターンにハマる間抜け(←僕)にとって大事なのは「我慢すること」だ。

焦らずに、自分が理想とする深度と強度に達するまでじっと潜って待つ。自分の準備が整い、かつ発酵好きでない人まで「なんか発酵とか気になるし…」とザワザワしはじめる、つまり満を持するタイミングまで慌てないように自分を制してきたのだぜ。

・「満を持して」感。

・みんなが好きなことか、自分が好きなことか。起業のモチベーションはどこから来るか?

ちなみに今回の「満を持するタイミング」を掘り下げてみるとだな。

僕はここ2年以上、全国各地で小さなワークショップをやり続けてきた。そのなかで参加してくれたみんなから、今どんなことに興味があって、どんな喜びを感じているのかたくさんのことを教えてもらった。

そのうちに「自分が表現したいこと」と「コミュニティのみんなの知りたい!に応えること」がだんだん一致するようになってくる。そして「自分のためかみんなのためかよくわからん!」という瞬間がやってきたのだが、これが「間がいい」タイミングなのだね。

出版前からたくさんの予約や感想、本屋さんからの連絡をもらって、僕はいま

「あれっ、これって『間がいい』タイミングじゃないの?」

という手応えを感じている。

「間がいい」は、周りのみんなにとって「すとんと受け取れる」嬉しい状態であると同時に、自分もみんなの反応をもらって嬉しいナイスな状態なのであるよ。

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【追記】ちなみに「早すぎなもの」を愛好するハイプなコミュニティもあるのだが、僕は生来の野良なのでその世界には住めないなと感じております。

 

Published by

小倉 ヒラク

発酵デザイナー。1983年、東京都生まれ。 「見えない発酵菌の働きを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちとプロジェクトを展開。下北沢「発酵デパートメント」オーナー。著書に『発酵文化人類学』『日本発酵紀行』など多数。