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なぜ手前みそは失敗しないのか?和食発酵食品の防腐性を解説しようか

こないだのラジオで話した「手前みそ(自家製味噌づくり)」についての話の補足。
「手前みそ」が広く普及した大きな理由である「失敗しにくさ」について解説しまーす。

・第66回「手前みそ」を仕込もう~!! | 発酵兄妹のCOZY TALK YBS山梨

「手前みそ」が腐りにくい理由

長らく手前みその講座をやっていますが「全体的に腐ってどうしようもない!」という事はほとんどありません(イギリスで大豆以外の豆でやったら腐ったことあるけど)。
匂いがキツい!とかしょっぱい!となる場合はあれど、食中毒級の失敗は基本起こらない。

よく考えてみたらこれって不思議じゃないですか?
素人が、原理もよくわからずに、多少テキトーに仕込んでも、失敗しない。

実はそこには味噌の製法に潜む、ヒジョーに合理的な科学的テクニックがあるのですよ。
仕込みはシンプルなクセに、実に無駄がなくよく完成している。そのひみつを紐解いてみようではないか。

▶塩をいっぱい入れる
普通の米みその場合、塩分濃度はだいたい12〜14%くらい。海水が約3%であることを考えると、めちゃくちゃ塩がいっぱい入っている。
ナメクジに塩をかけると溶けてしまいますが、あれは塩分によって浸透圧がかわり、細胞が壊れてしまうのですね。人間でもナメクジでも微生物でも細胞の構造は基本的に一緒。高い塩分にさらされると、味噌を腐らせる雑菌は死んでしまうのです。

▶pH値が酸性になる
しかしだ。発酵菌のなかには「やたら塩に強いヤツ」がいくつか存在しています。これが味噌の発酵の主役になる特殊な乳酸菌(ペドロコッカス・ハロフィルス)と酵母(サッカロマイセス・ロイクシー)です。こいつらは日本のだいたいどこにでもいる菌で、味噌の仕込みの時に樽のなかに入ってくる。
でね。このなかの乳酸菌が「乳酸」という酸を出して、樽のなかを酸性環境(pH値5.0前後)に変えていく。つまり酸っぱくしていく。この「酸っぱい環境」に腐敗をもたらす雑菌は耐えることができない。つまり乳酸菌バリアー最強

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▶水分と酸素が少ない
手前みその仕上げの時に、団子をつくって樽に投げ入れます。あれは何をやっているかというと「空気を抜いている」のですね。だから発酵中の味噌のなかの酸素濃度は低く、そして醤油やお酒と違って固形状で発酵させる。つまり水分が少ない。
たいがいの雑菌は水分が多い場所で活発に働くのですが、味噌は水分が少ないから動けない。そして。酸素をなくすることで乳酸菌や酵母を「発酵に専念させること」ができる。この原理はちょっと難しいので、興味ある人だけ↓のエントリーを読んでみてください。

・続・そもそも発酵とは何か。呼吸と発酵の違いを解説!

この何重にも用意された雑菌を防ぐテクニック、スゴくないですか?
腐敗の原因となる菌を防ぎ、発酵させる菌だけを呼び込む。六本木のVIP専用バーみたいな原理になっているのだよ。

表面に白いモヤモヤがついても焦らない

こんな感じで、味噌はとにかく腐りにくい、失敗しない。
なんだけど、結構な確率で「表面に白いモヤモヤがつく」という現象が起きる。

味噌についたカビ

この原因は以下の2つ。

・表面についた酵母が、発酵ではなく呼吸して繁殖する
・麹菌じゃないカビが付着して繁殖する

白いヌメヌメが付いたら酵母が原因。白いモコモコが生えたらカビが原因。
ほとんどのケースが酵母なんだけど、塩が少ない白味噌つくる時にごくたまにカビが生えることがあった(顕微鏡で見てみたらチーズとかにつく白カビとかケカビのようなカタチ)。

どちらも有毒な菌ではないので、表面を削り取ったらそれでOK。
さっきの説明を思い出してほしいのだが、中には酸素と水分がなく、塩が濃くてかつ酸性なのでこの酵母もカビも悪さをすることができない。表面でしか生きていけないのであるよ。

以上「手前みそはなぜ失敗しない?」の解説でした。
仕込みのシーズン、どうぞエンジョイしてねー。

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