新年を迎えました(喪中なので「おめでとう」とは言えないのが残念)。
みなさま今年もどうぞよろしくお願いします。
さて。2017年はどのような年になるのであろうか。
それを考えてみるにあたって、中国の陰陽の太極図が思い浮かぶ。
陽(白)が最大化する時に小さな陰(黒)が生まれ、陰が最大化する時に小さな陽が生まれる。これを社会の動きにはてはめてみると、
大きな社会の流れは陰に向かい、そのなかで小さな陽の社会が生まれる
という事になるのだと思う。
大きな社会システムは秩序を失って機能不全を起こし、そのなかからものすごくミニマムな秩序モデルが生まれてくる。もっと直裁的に言えば、国家規模の社会はより内向きで暴力的、かつ非寛容になり、その非寛容からこぼれ落ちた小さな砂粒のようなコミュニティの中から、大きな流れとは全く違う性質を備えた社会モデルが生まれていく。
その始まりの一年になるのだと思う。
内向きで風通しの悪い環境は、そのままにしておくと少しづつ腐っていく。これから数年間かけて、僕たちは自分たちの住む社会のあちこちが「腐ってダメになっていく」という状況を目にすることになる。「ある日突然カタストロフィが起こる」というドラスティックな流れではなく、ある日周りを見まわしてみると、あっちもこっちもダメになっていた、というかたちで僕たちは危機を迎えることになる。
それはとても残念なことに、日本だけにとどまらない。先進国の大半はある意味日本よりもハードコアに「社会システムの腐敗」を目の当たりにすることになる(ていうかもうなっている)。日本はもうダメだから、他の場所へ逃げよう、ということも簡単にはできない。
だから2017年は、後から振り返ったときの「地味だけど大事な分岐点」になる。
大きくなっていく陰の流れに呑み込まれていくのか、自分が小さな陽になるのか。
濁流に負けずに、自分の船を手づくりする。そんな人がこれから10年か20年くらいの新しい世界を切り拓いていく人になるのだと思う。
もし「自分の船をつくろう」と思ったとしても、最初は素人っぽいイカダのようなものしかつくれないかもしれない。しかし、その不細工なイカダが少なからぬ人の希望になる。希望を感じた人が寄ってたかってイカダを改良しまくると、いつしか立派な船になるかもしれない。
ちっぽけなイカダがなければ、何も生まれないし誰も新たな海に出ていくことはできない。
今年は、勇気を持った少なからぬ人たちが「それぞれのイカダ」をつくり、未知の海へ漕ぎ出していく年になるのだと思う。
それでは良い一年を。