【発酵デザイン入門】発酵なくして人類の文化なし!食と暮らしのテクノロジーを深掘る Day2
発酵と微生物の働きを紐解くことは、人類の歴史を紐解くことだ…!
発酵の概念を拡張し、暮らしにまつわるバイオテクノロジーを包括的に学ぶgreenzの講座『発酵デザイン入門』第二回の講座レポートをお届けしまーす。
ちなみに第一回のレポートは以下から。
・【発酵デザイン入門】発酵で社会をよりよく!未来の科学のリテラシーを考えるDay1
発酵の系譜学
Day2の前半は、発酵食品の文化を系譜的に扱うことからスタート。
「食べること」はいつでも僕たち人間の最大の関心事の1つですが、そのカギは発酵と微生物が握っているのです。
写真は古代エジプトの壁画。ブドウを絞ってワインをつくったり、魚や肉を干して加工食品をつくったりしています。発酵食品は、古代文明よりさらに昔の「人類の黎明期」に生まれました。
ヨーロッパのおけるワインのルーツを辿ると、それは酔うための「酒」ではなく、安全に水分を確保するため。伝染病を恐れずに喉を潤すための「腐らない安全なブドウジュース」から始まったのですね。
紀元前後から、ユーラシア大陸の真ん中で栽培され始めたブドウがシルクロードを通って東西に運ばれていきます。西の端はもちろんローマ。東の端は日本。厳密にいうと僕が今住んでいる山梨の甲州市エリア。
しかし日本にはブドウ栽培やワインは西洋ほど根付かなかった。原因は「キレイで安全な水がそこらじゅうにあるから」です。わざわざワインに加工しなくても、川や井戸の水を飲めばよかったのです。
最近日本でも爆盛り上がっているクラフトビール文化。
ここ100年以上、ビールはカールスバーグやバドワイザーを始祖とする「辛口ラガー」をお手本に世界中のメーカーがビールを製造、つまり「世界同時均一化」の方向に進んでいました。
しかし最近のクラフトビールムーブメントは、均一化から多様化、グローバル化からローカル化への揺り戻しと言うことができます。
ワインやビールの真髄は「その土地の個性」「醸造する職人の心意気」。
そしてそれを飲むファン達は「うちの発酵がいちばん!」というプライドをもっている。
超そもそも論ですが、発酵を学ぶということは「人間の嗜好を学ぶ」ということにほかならない。
よくこのブログでも取り上げている発酵の一般的概念。
「人間が発酵を好き」なのではない、「人間が好きだから発酵」なのであるよ。
・そもそも発酵とはなにか。簡単にメモしておくぜ
・発酵は「人間だけの世界観」を越えた新しい関係性をぼくたちに見せてくれる
わかりやすいものから、ワイン、キムチ、ヨーグルト。左のお茶はカビで醸すプーアル茶。右上はリュウゼツランを特殊なバクテリアで発酵させた蒸留酒、テキーラ。右下はチリの生魚貝のマリネ、セビーチェ。みんな知っているものからマニアックなものまで、世界中に様々な発酵食品があります。で、それを3つの方法で分類してみると、
ほんとは南北アメリカ大陸やアフリカの発酵にも触れたいところですが、なんせ現状あんまり知識がない汗。ので、研究が進んだらまた別の機会に「世界発酵MAP」をつくってみたいと思います。
腐りやすい家畜のお乳を防腐し、動物性の栄養を消化促進してくれるチーズやヨーグルト。
民族の文化の蓄積と美意識を映し出す、発酵の芸術品、酒。
消化しづらい食材を、美味しくかつ栄養豊富に変身させる漬物 is ミラクル。
東アジア文化圏の必殺技である「カビの発酵」。
細菌による発酵よりも分解酵素の力が多様かつストロング。こいつを駆使することで、複雑な風味と旨味をつくりだすことができる。
和食のユニークさとは、第一に「そもそもがガラパゴスな東アジア発酵圏」の一部であるということであり、第二に「カビ発酵のテクがめちゃ精密」ということにあります。
その証拠に、焼酎、日本酒、かつお節、西京漬け、豆腐よう、これ全部「カビ発酵」。
農大で僕が学んでいたのはこの「醸造」学。英語にはこの「醸造」にあたるボキャブラリーがない。ちなみに英語ではワイン醸造はEnologyで、ビール醸造はBrewing。
アニメ『こうじのうた』の主役は、和食を支える縁の下の力持ち。
学名をアスペルギリス・オリゼ。『稲のなかに住むジョウロから水が出るように胞子を生やすカビ』という意味です。
日本で文献に初登場するのは8世紀。『播磨国風土記』のなかにこんなポエムがあるのですが、難しいのでざっくり訳すと画面下のような感じ。
日本には1,000年以上前からアスペルギルス・オリゼのカビの胞子をパッケージにして売る『もやし屋(種麹屋)』と呼ばれる卸商がいます。顕微鏡が生まれるはるか前から始まったこの商売を「世界最古のバイオビジネス」と呼ぶこともあるそうな。
こうじカビに似たヤツ。アスペルギルス・フラブスはこうじカビとだいたい一緒だけど、発がん性の猛毒を持っている怖いヤツ。稲霊でこうじを起こしたい人は要注意。
真ん中は中国や韓国をはじめとする大陸側のこうじに使われるクモノスカビ。日本のものとけっこう味が違う。右がハンガリーで見てきた貴腐ワインを醸す時に使う灰色カビ。日本だとイチゴとかを腐らせる病原菌。
用途にあわせて色んなこうじのバリエーションがあります。
左の蒸留酒用の麹は、クエン酸をつくり、雑菌汚染に強い(南国は雑菌が多いからね)。
醤油用の麹はタンパク質を分解して旨味をつくる力が強い。かつお節や豆腐ようをつくるにもそれぞれ異なったカビが使われます。
これが発酵デザイナーの定義する「カビの発酵」のメリット。
とにかく酵素が強力で種類が多く、カビが分解する物質に他の色々な発酵菌が寄ってくる。その結果、単体の発酵よりも複雑な「笑っていいとも的発酵場」ができあがります。
・そもそも麹(こうじ)とは何か? 和食のエッセンス、ここにあり!
うーむ、東の発酵は奥が深い!
ワークショップ:発酵食品を仕込んでみよう!
Day2のワークショップは、基本の発酵食品を色々仕込んでみました。
まずはおなじみのこうじの仕込みから。蒸したお米にこうじカビの胞子をつけて保温します。
・【定期開催】発酵デザイナーのこうじづくり講座 in タイヒバン
次にリンゴを使って自家製酵母を仕込みます。
市販のドライイーストを使うものと、野生の菌を呼びこむものと両方にチャレンジ。
Day1でつかまえた野生の菌。培地のなかでモコモコ育ちました。
採取した場所によって菌の種類がぜんぜん違う!なんで〜!とどよめきが起こったぜ。
(greenzのひと、時間ある時に発酵棚を覗いてみてね)
やっぱり発酵食品の仕込みは問答無用に盛り上がるね。
Day3に今日の仕込みの成否が判明する予定。ちゃんと菌が働いてくれるかしら…?
愉快な発酵サイエンス
後半。今度は発酵をサイエンスの切り口から見ていきます。
まず主な発酵菌の種類。
カビ・酵母・細菌の3つ。
Day3ではさらに詳しい微生物の分類を学んでいきます。
僕のワークショップでは定番の「発酵の化学式の落語的解説」。
身近な発酵の代表格である乳酸菌や酵母を例に、どのように物質が分解されていくかを学びます。
生物界におけるエネルギーの基本単位、ATP(アデノシン三リン酸)。
詳しくは、Day3で解説します(来月号のソトコトの連載でも取り上げる予定)。原理はたいへん難しいのですが、つまり…
いろんなところに、いろんなものがくっついたり離れたりすることでエネルギーが発生するのですね。これを「エネルギーのフレンズ理論」と呼びます(←呼ぶのは僕だけだが)。
素人には違いがよくわからない「発酵菌」と「酵素」の違い。
ジョン・レノンは死ぬが、ジョンの作り出したイマジンは歌い継がれる。発酵食品は、菌が死んでいても酵素が働いていれば「発酵している」と表現できます。
20年物のヴィンテージワインのボトル内では、酵母はとっくに死んだけど酵素はずっと働き続けているので腐らず味がどんどん変化していく。想像してごらん、世界が発酵していくことを。
発酵食品をつくるとは、酵素を適切にコントロールするということでもある。
例えばこうじの仕込みでは、保温する時の温度を変化させることで異なる種類の酵素の働きを制御する。温度が低ければ旨味、高ければ甘味が強くなる。
こうじの二大酵素。甘味をつくるアミラーゼと旨味をつくるプロテアーゼ。
この2つの酵素のバランスで、酒用の麹か味噌用の麹か用途が決まってくる。
なぜ発酵食品が味わい豊かで毎日食べても飽きないのか。
それは人間の舌にある味覚受容体の構造に関わってくる。解説すると長くなるので、詳細は講座に実際参加した人以外にはヒミツ。
和食の発酵では、単体の菌がソロ(ジョンだけ)ではなく、バンドを組んで醸しのハーモニーを繰り広げる。つまりビートルズやで!
日本酒の科学的解説。伝統の酒造『生酛』は数多くの菌が複雑に働く高度なテクノロジー。
こうじがスターターになり、硝酸還元菌→乳酸菌→酵母菌と次々と発酵のバトンリレーが起こる。
日本酒の分類あれこれ。関与する菌と工程が複雑なぶん、ものすごく色んなバリエーションがある。
味噌の解説。地域によって様々なバリエーションがあって、ヒラクは味噌のことを「和食界のノアの方舟」と呼んでいる。
味噌の栄養価のニコニコ動画風解説。
全国各地で見かけたヘンな味噌あれこれ。
醤油や味噌で起こる「塩なれ(発酵することで塩味がマイルドになること)」の解説。
スラムダンクの湘北vs海南戦の後半、海南のキャプテン牧を湘北が四人で囲むところを引用して、塩の分子の動きを発酵成分が抑え込む現象を説明しているのだが、現場にいる人以外はよくわからない例えだな汗。
最後に、発酵界の最新トレンド事情をお伝えしておしまい。
最強の予防医療として注目される、微生物の力を活用した健康機能性食品『プロバイオティクス』。現状は乳酸菌の研究が主ですが、今後は和食の発酵テクノロジーに注目が集まることになります。
このブログの読者の皆様、海外の人にぜひ「日本の発酵食品はナイスだ!」と説明してあげてくださいね。
ちなみに講座終了後は、受講者のみんなの活動をシェアしました。
Day2では「DIYインド医学」と「イタリアのスローフード文化と和食文化の交流」について。小峰さん、三好さんありがとう!
次回は「細胞から読み解く生命のひみつ」です。お楽しみに!
photo by 吉川さん&井上さん ありがとー!