【発酵デザイン入門】お腹のなかの驚異の生態系。 腸内細菌と免疫のひみつに迫るDay4<後編>
お腹のなかの驚異のミクロ生態系を解説!
発酵の概念を拡張し、暮らしにまつわるバイオテクノロジーを包括的に学ぶgreenzの講座『発酵デザイン入門』第四回の講座レポートをお届けしまーす。前編の「微生物と地球環境」に引き続き、後編は「発酵と腸内環境」。過去のレポートは以下から。
・【発酵デザイン入門】発酵で社会をよりよく!未来の科学のリテラシーを考えるDay1
・【発酵デザイン入門】発酵なくして人類の文化なし!食と暮らしのテクノロジーを深掘る Day2
・【発酵デザイン入門】生命のミクロの秘密を顕微鏡で覗こう!生物のデザインを紐解く Day3
・【発酵デザイン入門】微生物が地球をつくった。 ミクロの生態系を探るDay4<前編>
人間の「動物としての本体」は腸である!
SECTION8のテーマは「ヒトの健康と微生物」。
わかっているようでよくわからない「腸内環境」と「免疫機能」について解説します。
脊索動物である人間のルーツをたどると、ミミズのような「管状の生物」に行き着きます。
で、ミミズの構造を見てみると、人間の腸だけが独立したような形態と機能をしている。
ここから見るに、「動物としての人間」を極限までミニマム化すると「腸」に収斂します。
「動物としての本体」を腸だと定義したうえで、では人間においての腸の役割は何かというと、上の3つ。どれも人間が健全に生存・新陳代謝を行ううえで欠かせないものです。
このあたりの重要機能を指して「腸内環境の重要性」が叫ばれているわけなのですね。
腸を中心として、人間の生体機能をまとめてみた図。
ポイントは「脳が関与しなくても機能する」ということ。脳死が起きてもカラダが死なないのは、この栄養の消化吸収→細胞の再生産が機能しているから。
そして左側の「免疫系機能」も重要。これによって体外から攻めてくる敵を識別してやっつけるわけなのですが、この免疫機能も腸が起点になっている(詳しくは後述)。
最近よく聞く「良い腸内環境」についてのイメージ図。
街に例えてみるとわかりやすい。上の”Bad”なダウンタウンは「悪玉菌優勢のトラブルが多い腸内環境」。下の笑顔溢れる村は「善玉菌優勢の健全な腸内環境」です。
(とざっくり定義してしまったが「退屈なイナカよりダウンタウン上等!」的な天邪鬼もいっぱいいるのが人間のサガだぜ)
良い腸内環境の定義。腸内細菌研究の第一人者の光岡知足博士によると、善玉菌2:悪玉菌1:日和見菌7が良い腸内細菌のバランスだそうな。
ちなみに1割の悪玉菌も腸内の生態系にとって大事。
めちゃ凶悪な外敵が体内に侵入した時に、カラダを守ってくれたりするヤツらなのです。例えて言えば…ドラゴンボールのピッコロとか?
腸内細菌の主なプレイヤー達。
善玉菌カテゴリーのビフィズス菌、乳酸桿菌、腸球菌は「有用乳酸菌」とまとめられたりしますが、ほんとは違う種類の微生物群です。ちなみに日和見菌の役割はいまだよくわかっていないのですが、僕が死ぬと「あっ、ヒラク君死んだ!じゃあ掃除するか」と言って僕のカラダを分解して土に還す役割を担っていたりします。
悪玉菌の機能。
さて善玉菌を増やすにはどうすればいい?答えはもちろん、発酵食品を食べること!
良くヨーグルトのCMとかで「生きた乳酸菌が腸まで届く!」と謳っていますが、腸まで届いた乳酸菌が何をしているかというと「腸内にいる善玉菌が元気になるように励ます」ということをしています。つまり、体外の乳酸菌は直接腸にいいことをしてくれるわけではなく、「応援団」なんですね。
で。もう一個ポイント。
発酵食品を食べるときに、必ずしも「菌が生きて届く」必要はなかったりします。
大事なのは、「菌のつくった酵素(Day3参照)」や「菌の死体に含まれる有用物質(善玉菌のエサになる)」であることが多く、「生きて届けなきゃ!」と焦る必要もないのですぜ。
大事なのは「腸内にいる善玉菌を活性化させること」なので、発酵食品以外にも腸内環境に良い食べ物があります。例えばリンゴ。食物繊維が腸の蠕動(ぜんどう)運動を促進します。あとハチミツ。主成分の1つ、オリゴ糖が直接腸内の善玉菌のエサになります。
プレバイオティクス:長の働きに間接的に働きかける食品。
プロバイオティクス:長の働きに直接的に働きかける食品。
腸内環境の治安をよくするためには、毎日の食習慣が大事だ!
免疫システムの驚くべきひみつ
それでは理解するのがめちゃ難しい「免疫システム」の解説に移ります。
普段ノリでなんとなく使っている「免疫」の定義がコレ。
ポイントは、様々な細胞や器官や菌が連動して動いている「複雑なシステム」であること。高度に進化した哺乳類である人間は、なんと二段構えの免疫システムを持っています。
余談ですけど、僕、ゾンビ系の映画とかマンガが大好きでして。
ストーリーのなかでよく「ゾンビに噛まれて感染したけど死なないキャラ」が登場するじゃないですか。あれは「ゾンビウイルスに対して免疫システムが発動した結果」なんですね。
免疫システムが体内に侵入した外敵をブロックした結果、死を免れる。
風邪を引いたり、インフルエンザにかかったり、赤痢やコレラにかかったり、エイズになったるするのは全て「体外からやってくる病原菌/ウイルス」が原因。
「発酵」において、人間を活かすのは微生物。しかし「免疫」において、人間を殺すのもまた微生物なのです。生命のハッカー、病原菌怖い!
そんな恐ろしい病原菌を迎え撃つ免疫システム。自然免疫と獲得免疫の二種類があります。
免疫システムは「外敵の凶悪さ」によって順番に作動していきます。
まずは皮膚や涙・唾などの粘液で物理的に侵入を防ぎます。しかしケガした部分とか、食べ物にまぎれて病原菌が侵入してきた場合、自然免疫が発動。ほとんどの外敵がここでやっつけられます。
それでもやっつけられない「超ヤバい病原菌」とか「細胞を乗っ取ってレーダーをかいくぐる忍者みたいな病原菌」が登場した場合、獲得免疫と呼ばれる特殊チームが出動します。
それでは免疫システムを具体的に説明する前に、前提として免疫システムの主役となる「免疫細胞」の定義。免疫細胞=ざっくり白血球です。こいつらが、外から入ってきた病原菌を始末する用心棒みたいな役割を果たします。
血液や体液のなかで、大量の食細胞という白血球がパトロールしています。
パトロール中に、目につくもの(細胞の老廃物、細菌/ウイルス)を手当たり次第に食べまくります。そのなかで「あれ、こいつ食べたらヤバイかも…?」という手強い病原菌に出会うと、樹状細胞というアタマいい白血球に「センパイ、こいつヤバくないすか?」と相談します。
すると、樹上細胞がその細胞を見て「抗原=ヤバいマーク」を付けます。
このマークが付けられると、「獲得免疫=特殊チーム」が発動します(なんか少年マンガみたいな仕組みだな)。ちなみにこのスライドはほんとはアニメーションなんだけど割愛。
次に獲得免疫の仕組み。
舞台は血管や体液からリンパ節という「白血球がいっぱい集まっている部室」みたいなところに移ります。そこの一番奥にいる「学校一番のワル」みたいなヘルパーT細胞という白血球のもとに、先程登場した樹状細胞パイセンが駆けつけます。
「ボス、めっちゃ強いヤツ来ました!」
すると、ヘルパーT細胞ボスが、全校…もといカラダ全体に号令を出します。
「ヤバいヤツぶっ殺すぞー!」
すると、前述の食細胞が突如めちゃ凶暴になり、抗原=マークのついたヤバい病原菌だけを狙って食い殺すようになります。同時に、B細胞という白血球が、病原菌が体内にばら撒いた毒素を無効化する「抗体」というものを出してカラダが毒にやられないように防御します。
ウイルスや特殊な病原細菌のなかには、体内の細胞を乗っ取って毒を撒き散らす「ゾンビ細胞」にする恐ろしいヤツらがいます(がん細胞も一種のゾンビと言っていい)。そんな時には最終兵器としてキラー細胞という白血球が感染した細胞ごとウイルスを殲滅します。
ゾンビ細胞をやっつけるキラー細胞の動画はこちら。
実はこの動画、マークするべきポイントがいっぱいあるのですが、それは講座を受けた人だけ知っているシークレット。
こんな感じで精緻にできている免疫システム。
ポイントとして、TLRという外敵判別センサーと、一度やっつけた病原菌を記憶する免疫記憶があります。この2つによって「一度かかった病気にかからなくなる」という現象が説明できます。知ってる敵を認識したら、即座に白血球達に号令がかかり、速攻で病原菌が殲滅されてしまうわけです。
なお、外敵の認識にも二段階あります。
TLRはざっくり「◯◯系のひとだ」と認識し、ヘルパーT細胞は「◯◯そのひとだ」と認識します。「◯◯そのひとだ」とまで認識すると、免疫が記憶されます。
ベンゼマとかモドリッチとかだと「レアル・マドリードの人だ」としか記憶されないけど、クリロナだと「よくブリーフ姿でCM出てる人だ」と個体認識されるわけです。
それでは最後に、別々に説明してきた腸内環境と免疫システムの関わりについて。
先ほど外敵判別センサーであるTLRの説明をしましたが、ある種の発酵菌がこのTLRを活性化させることがわかっています(厳密に言うと、複数あるTLRのうちの最も広く外敵を判別できるTLR2を活性化させる)。
そこで思い浮かぶ疑問。
「なんで腸内細菌は外敵と違って免疫システムにやっつけられないのか?」
実はその理由はよくわかっていない!驚
人間の腸内細菌は、善玉・悪玉・日和見菌問わず長い時間をかけて免疫システムと共存し、なんなら免疫機能のある部分をコントロールしていることが近年わかってきたのですが、正直何か「これだ!」と言われる定説はありません。不思議だぜ。
ふだん病院でお世話になる抗生物質とワクチンの違いはこんな感じ。
抗生物質は、菌の拮抗作用を応用した原理でできています。
対してワクチンは、免疫記憶の仕組みを人為的にシミュレーションしているんですね。
これでDay4はおしまい。最終回のDay5では、いよいよ生命の設計図であるDNAの秘密に迫ります…!