『発酵文化人類学』の出版記念企画として、雑誌ソトコトの連載バックナンバーを無料公開! なぜそんなことをするかというと、書籍版は過去の連載記事を全部無視した「完全書きおろしREMIX」だからなのだ!
みりんで考える「甘み」の哲学 ソトコト16.1月号掲載
どの家庭の台所にも置いてある調味料の定番、みりん。実は人間の味覚と生理作用を考えるときに大変示唆に富んだ存在なのです。今回はみりんを例にとりながら、人間にとっての「甘み」とは何かを考察していきましょう。
そもそもみりんとは何か?
新橋のSL広場でサラリーマン100人に聞いてみてもおそらく一人も答えられないであろう、みりんの製造過程。すごーくざっくり言うと「水のかわりに焼酎で仕込む甘酒」です(と書くとみりん業界からの突っ込みを受けそうですが)。
麹(こうじ)を焼酎で加水し、そこにもち米を投入。麹菌がもち米を糖化し、焼酎のアルコール分が腐敗をブロックします。そのまま数ヶ月かけて発酵させ、日本酒のようにもろみを絞ってボトルに詰めてできあがり。これが伝統的なみりんの製造方法。江戸時代頃にレシピが確立され、大正時代にほぼ完成されたようです。
スーパー等で売られている「みりん風調味料」というのは、この伝統的なみりんの味を糖類やアルコールを添加することでシミュレートした調味料のことで、発酵食品であるみりんとは別物なのです。
ブドウ糖とショ糖の違い
さて、そんな米と水と菌だけで作られたみりん。その糖度はめちゃ甘いメロンの軽く二倍以上。麹菌による、デンプン糖化酵素の力を極限まで引き出すことでこんなにも甘い食品を作り出すことができるのか…と先人の発酵技術の洗練っぷりに感心しきりです。
それでは次に、みりんに含まれている糖の種類の話をしましょう。みりんの糖の主体はグルコース、別名ブドウ糖です。対して、コーヒーに入れるスティックシュガーはスクロース、ショ糖といいます。同じ糖といっても種類が違うのですね。多くの食品に添加され、僕たちが普段親しんでいるのはショ糖。甘みの特徴としては、ガツン!と甘みが来て、スッと引いていきます。それに対して、みりんに含まれるブドウ糖はもうちょっと穏やかな波を描くんですね。じわっと甘みが来て、余韻を残しながら去っていく。
試しに本格みりんをストレートで舐めてみてください。すごく甘いんだけど、そこに丸みと余韻があるのに気付くはず(みりんはアルコール度数がけっこうあるので、おいしいからといって飲み過ぎはダメですよ)。
ナイスなみりんは、和食に魔法をかける!
和食に砂糖を入れるのは今や定番ですが、かつてはこんな便利な粉はなかったわけなので、みりんをおおいに活用していたはずです。砂糖とみりん、その違いを考えると、ショ糖とブドウ糖の味の違いに行き着きます。和食の持ち味は、丸みとあと引く余韻と、麹やダシの作りだす旨味です。この特性にみりんの甘みはピッタリ合う(というか、そういう食材によって日本人の舌が作られてきた)。
ふだん砂糖を入れているところを本格みりんを贅沢に使ってみると、いきなり料理がやたら上手くなったように錯覚します。食材の味の奥行きが出て、口にした時に味がスッと舌に吸い込まれていくようなテクスチャーが出てくるんですね。 それはなぜかというと「発酵によって形づくられた日本人の味のDNA」が覚醒するからなのですね。
料理上手の近道は、調味料の特性を知るところから。 手始めはみりん!普段みりん風調味料を選んでいる人は、ぜひ米と麹だけでつくった本格派を手にとって見てくださいね。
【追記】余談ですが、みりんはアーバンな知的労働者にオススメしたい。知的労働は脳を酷使しますが、その脳のエネルギー源となるにはブドウ糖のみ。アタマを目いっぱい使った日の食卓は、みりんをたっぷり使ったブリの照り焼きなんていいんじゃないですかね。
このソトコト連載のバックナンバーを全て破壊しイチからREMIXしなおした書籍『発酵文化人類学』の書籍版、絶賛発売中!