設計図を超える美を目指せ!新政に見る攻めの酒づくりの秘密<後編>
イベント終了後の集合写真。イケメンの蔵人も何人か写ってます。
秋田の銘酒、新政の杜氏古関さんとのトークイベントで感じたこと後編。新政の蔵人たちのチームワークについて話そうかなと。
前半はこちらからどうぞ。
・設計図を超える美を目指せ!新政に見る攻めの酒づくりの秘密<前編>
若手にハードコアなチャレンジをさせる理由
イベントが始まる前に酒蔵を見学させてもらったのだけど、印象的だったのが現場で働いている蔵人(酒づくりのスタッフ)。みんな若くてイケメンで高学歴という、都内のIT会社で働いてそうなナイスガイたち(元ジュノンボーイもいた)。そしてそんなイケメン達をいじり倒す杜氏の古関さん笑。
ふつう酒蔵に見学に行くと蔵人はひたすらに寡黙に働いてて、あんまり挨拶とか会話をしないのだけど、新政では現場でのコミュニケーションがかなり濃い。
これはボスの古関さんの意向らしい。
酒づくりは昔気質というか、トップダウンでボスの指令どおり動かないとぶん殴られるような現場であることが多いのだが、新政ではとにかく若手スタッフに自分で考えさせる。僕がいるあいだにも若手が古関さんに相談しにきては「で、お前はどう思う?」と意見を求められた。
前編で説明したが、新政の酒づくりは蔵にいるワイルドな菌の力を活かした生酛(きもと)という醸造法。生酛はベテランの経験値が必要とされる醸造法だが、古関さんは20代の若手にガンガン生酛のオペレーションを振りまくる。しかも彼らのセンスを信用して任せる。
これはかなり常識破りな方法だが、古関さんいわく「このやりかたにしたら、新人がベテランの杜氏もビックリの美しい生酛をつくる」ようになったそうだ。
掃除=プラットフォームづくりという仮説
なぜこのような事が可能になるのであろうか。
僕の仮説だが、それはボスの古関さんが「チャレンジのできる環境を整備している」からなのだと思う。
クリエイションにおける棟梁はざっくり2つのタイプがある。
一つは自分の美意識を実現するために部下を使うタイプと、もう一つは部下の創意工夫が発動するためのプラットフォームを整備するタイプ。で、新政の棟梁は後者なのであるね。
蔵見学の最中、古関さんはしきりに蔵の掃除の重要性を説いていた。普通では考えられないくらい力説していたので、古関さんの酒づくりの核心の一つなのだと思われる。
蔵の菌に頼るタイプの酒づくりにおいてなぜ掃除が大事なのかというと、作り途中の酒に雑菌が入らないようにするためだ(これを学問的にはコンタミネーション=汚染と言う)。
裏を返せば、掃除をしっかりやっていればコンタミネーションは起こる確立は下がる。
「え?ヒラク君はそれで何が言いたいわけ?」
若手がチャレンジすると、今までの常識では考えられないようなミラクルが起こるかもしれないが、同時にベテランなら侵さないような致命的ミスも起こる可能性がある。生酛においての致命的ミスってのは、コンタミネーションのことだ。で、古関さんは自分の頑張りで後者(ミス)の可能性を消して、前者(ミラクル)の可能性を高めようとしているわけよ。
設計図を超える美を目指せ!
発酵に関わる醸造家と話をしていると、よく「自分がものづくりをしているわけではなく、発酵菌が気持よく働ける環境を整えているだけ」という実感を聞く。
これは単なる謙遜ではなく、発酵醸造の醍醐味だ。
工業プロダクトと発酵プロダクトの一番の違いは、作り手の意図が100%反映されるかどうか。微生物の力によってプロダクトを生み出すということは、人間の思惑を超えたサムシングが起こりえるということだ。
それが悪い方向に転ぶと腐敗ということになり、良い方向に転ぶと文字通り人智を超えたミラクルとなる。「自分の思惑がいい意味で裏切られる」というドMな快感が、人を発酵醸造に向かわせるのであるよ。
で、古関さんと新政の話に戻る。
能登(石川)杜氏のもとで研鑽を積んだ古関さんは、ある時点から「自分の設計図どおりの酒づくりに限界を感じた」らしい。しかし新政に来てしばらくするうちに社長の佐藤さんから「県産米・純米・生酛」という無茶なルールを設定される。これが結果的に、酒づくりの方程式にに変数をもたらした。さらにイマドキのキャリアパスを捨てて新政に来たハングリーなイケメンたちを自由にすることで、さらにその変数が増大したのであるよ。
酒のもろみの発酵する樽の横で、古関さんがふとつぶやいた「わけわかんないことに賭けてみることでオレの酒づくりの限界が突破できたというか…すげぇいい酒ができるようになったんですよねー」という言葉は、人間のクリエイションの原点を指し示している。
自分のつくった設計図を壊す。
自分以外の関与者の力を引き出す。
美は予定調和ではなく、リスクと格闘するチャレンジの中からしか生まれない。
で、新政のお酒の感想は?
最後に新政のお酒の感想(←僕が飲んだ範囲ですけど)。
まず、甘味と旨味が強い。
新潟の純米酒ブーム以降、良い酒は淡麗辛口が基本とされてきたが、ここ数年のトレンドは甘味と旨味の復権。「香り高い澄んだ水」から「じっくり味わう酒」に移行しつつあるトレンドの代表格と言っていいと思う。
ちなみにこの甘味と旨味は、生酛の製法から生まれるヨーグルトっぽい酸味とよく調和する。この甘酸っぱい味わいは、従来の日本酒好きじゃないヤングたちにも相性がいい。そして日本酒を一通り飲み倒したシニアにも好かれるマジックな味なのであるよ。
で、もうちょい言うと日本酒の甘さには二種類ある。
「中途半端な発酵がつくるダレた甘さ」と「米の味わいを引き出した締まった甘さ」の2つ。安くて美味しくない酒の甘さは前者。新政はもちろん後者だ。
もう一つの際立った個性は「ファーストインプレッションに驚きがある」ということだ。
オールドスクールな銘酒は「スッと喉に消えていく」タイプの飲み口が多いが、新政の酒はどれも飲んだ瞬間に「どうもー!新政が通りますよー!」というインパクトがスゴい。このインパクトに寄与しているのが、前述した甘さと酸味だ。普通のこのインパクトは違和感になりやすいのだけど、生酛がキレイに仕上がっているので嫌味がない。
ここから見るに、新政の酒づくりのコンセプトは非常に明快。
「今までの日本酒観を覆す」というパンクな志であるよ。このパンクさに、古風な6号酵母や生酛づくりがハマっている。これが新政の個性だ。
逆に言えば、食中酒としての食べ合わせや日常的に飲める居着きの良さはある程度放棄されている。なので、バーみたいなシチュエーションでじっくりお酒を味わうのがいいでしょうね。
皆さまも新政のお酒を見かけたらぜひ飲んでみてくださいね。
新政の古関杜氏、そしてイケメンの蔵人たち、ほんとにありがとう。また会いましょう。