くさやから見る「チームで醸す」社会学。
『発酵文化人類学』の出版記念企画として、雑誌ソトコトの連載バックナンバーを無料公開! なぜそんなことをするかというと、書籍版は過去の連載記事を全部無視した「完全書きおろしREMIX」だからなのだ!
▶くさやから見る「チームで醸す」社会学。 | ソトコト2015年9月号掲載
残暑厳しい季節ですね。今年の夏休みは伊豆諸島の新島に行ってきました。目的はもちろん「くさや」。日本で最も臭い発酵食品です。慣れない人には生物兵器としか思えないこのくさや、実は微生物の摩訶不思議な営みが濃縮されているのだな。
塩をケチることで生まれた奇跡の文化
さてこのくさや。起源は江戸時代に遡る。暑い時期に取れるムロアジやトビウオなどの青魚をいかに腐らせずに保存するか?普通に思いつくのは塩漬けなんですが、当時の離島における塩は年貢に収める貴重品。
そこで「漬け汁をリサイクルすればいいんじゃね?」と、もったいない精神が発動。繰り返し漬けているうちに、だんだん漬け汁がアヤシい紫色に変色し、泡がブクブク言い出して、さらに納豆とぬか床の匂いを足しておトイレフレーバーをまぶしたようなハードコアな匂いが発生。普通だったら「やべ、これ腐ってるよ」と捨ててしまうところを、何を思ったか離島の民、「いや、これは旨いし、一周回っていい匂いだから」ということにしてしまった。
それからなんと300年近くに渡り、オリンピックの聖火よろしくそのアヤシい「くさや液」は世代を超えて継ぎ足され、ついに発酵デザイナーの口に入ることになったわけだ。
異色すぎる!くさやの発酵現象
さあそれでは解説に入るぜ。くさやは、味噌や醤油等、日本の発酵食のスタンダードとは全く様相が異なります。
ポイントは、塩分とpH値。通常、日本の発酵は塩分濃度を10%以上に高め、pH値を酸性に傾けることで腐敗を防ぎ、麹菌や乳酸菌などの繁殖を促進します。
なのですが、くさやは塩分濃度も3%程度と低く、pH値も中性。これって、ボクシングでいうところのノーガード状態。有害な菌にボッコボコに殴られ、普通の発酵菌はノックアウトされてしまう。
ところが。
くさや液のなかにはいっけん雑菌のようなナリの発酵菌がいっぱいいる。やみつきになる旨味を出し、抗生物質のような働きで食中毒を引き起こす菌をやっつけ、優秀な保存食になる。そのかわり異臭も出す。クセモノ発酵菌の集団なわけです。
チーム戦としての発酵
バルセロナという強豪サッカークラブがあります。
このクラブの哲学は「くさや的」。
それは何かというと「チームプレイで試合を制す」ということ。くさやの発酵は複数の菌(雑菌もいる)がフォーメーションを組み、チームとして発動する。コリネバクテリウムがタックルでボールを奪い、クロストリジウムがスルーパスを通し、アセトバクターが鋭くシュートを突き刺す(おお、こう書くとサッカー選手っぽいな)。
FCくさやのボールキープ力はすこぶる強く、相手チームに主導権を握らせない。普通ならばい菌にやられて腐ってしまうコンディションを、チームプレイによって『発酵側にキープ』する。
ほら、世界一のサッカー選手といわれるメッシも、バルセロナというクラブでこそ能力を発揮するわけであって、チームプレイが機能しない母国アルゼンチン代表ではイマイチなわけでしょ。 この長い時間をかけ培ってきた「多様な菌のチームワーク」。これこそが、いまだ人智の及ばない科学のフロンティアであり、僕たちを魅了する至高の芸術なのであるよ。
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