きそうた | Sharing the Blessings – Fermentation Culture in Kiso –
木曽の不思議な発酵文化がアニメになりました。
長野県の中央に位置し、御嶽山をはじめとする山々に囲まれた木曽町。2015年春のある日、町役場に勤める都竹あやさんから、
「木曽にはいっぱい美味しい発酵食品があるんです。食べにきませんか?」
とのお誘いが。そして実際に行ってみたらば、すんき漬け、味噌玉、朴葉巻き、日本酒などなど、発酵デザイナーもビックリのユニークすぎる食文化が根付いていました。
で、そこから話が色々と転がりまして。
木曽町が10年のあいだ力を入れてきた『スローフード木曽』事業の記念として本作『きそうた』の制作が始まり、ついにお披露目できることになったのだぜ。
それでは作品の見どころとプロジェクトの経緯を紹介しまーす。
テーマは発酵文化と四季。楽しいショートアニメ作品
↑アニメーション本編はこちらから(4分15秒)↑
テーマは発酵文化と四季。
日本の発酵文化は、四季による温度と湿度の移ろいと発酵菌の働きを絶妙にシンクロさせた芸術です。なかでも木曽はまさにその典型と言えます。この土地固有の発酵食品、例えば
円筒形に固めた大豆に、カビや乳酸菌を生やしてから味噌に仕込む、チーズのような味わいの味噌玉。これは冬が終わった後の冷涼な初春にタイミングを見計らって作ります。
赤かぶの菜っ葉の漬物、すんき漬け。世界でも非常に珍しい塩を使わない漬物です。通常塩を使わないとばい菌が入ってしまうのですが、秋の適度に乾燥して涼しい一時期を狙って仕込むことで、独特の酸っぱさと旨味が醸しだされた漬物が生まれました。
これは発酵中の日本酒のもろみ。酒は冬の厳寒期につくることにより雑菌をブロックし、かつ酵母菌をゆっくり発酵させることで品格のある美しい味わいをつくりだすことができます。
木曽の発酵文化を見ればわかるとおり、和食の発酵文化は日本の四季が生み出した芸術です。そしてその主体は醸造家やお母さんたちであると同時に、発酵菌そのものなのです。
だからさ…
アニメの見どころは発酵菌!発酵菌に萌えるのだッ…!!
とにかく画面上いたるところに菌が出てきます。
これはつまり、木曽のスローフード文化は発酵菌に支えられているということであり(←建前)。発酵デザイナーの趣味趣向であるといえます(←本音)。
それ以外にも、この土地のシンボルである、
開田高原の美しい星空と、土地に伝わる在来種の木曽馬や…
初夏の名物、朴葉巻き。子どもの誕生と成長を願う端午の節句のお菓子です。
だからちゃんと子どもも生まれます。さらば少子化&過疎化よ…!
他にも木曽の人ならおなじみの色んな景色が登場します。『きそうた』は土地のエッセンスが凝縮したアニメーションなのです。
制作に関わったアーティスト
春、クリエイターチームで初合宿。木曽の不思議な景色に見とれるのシーン。
それでは『きそうた』の制作チームを紹介するぜ。
まず、音楽を担当したのはイガキアキコさん。『こうじのうた』でもバイオリンで参加してくれた、数年来大の仲良しの素敵なミュージシャン。
木曽馬に着目したイガキさんは、「馬が走っていくような力強いリズム」をベースに(冒頭シーンを見れば一目瞭然)、何度も繰り返されるシンプルなメロディとその合間に奏でられるやわらかなバイオリンで楽曲を構成してくれました。
イガキさんは今回のテーマである「発酵文化と四季」を汲んで、普遍性のあるナイスな歌詞も考えてくれました。『きそうた』の英語タイトルである”Sharing the Blessings”は、彼女の歌詞をもとに「自然の恵みを分かちあおう」という想いで付けられました。
で、さらにもうひと仕掛けあるんだよ。
後半に出てくるサビ部分、♪ここに在る すべてのめぐみよ〜 のバックコーラスには、日本で一番有名な郷土節である『木曽節』のメロディがアレンジされています(驚)。
革新と伝統の融合…って、あっこちゃん、やるなあ…!
ちなみにボーカルはイガキさんと共に『たゆたう』というユニットで活躍するにしもとひろこさん。実は僕、長らく彼女の優しくて伸びやかな歌声のファンなのです。ヒロちゃん、ありがとう!
そして。キュートなイラストレーションを手がけたのはチウラマユミさん。
アニメ初挑戦です。ヒラクによる「チウラさんの代表作つくろうぜ!」という無謀過ぎる依頼に見事応えてくれまして、どこを切り取っても絵本の1ページであるかのようなナイスな絵を膨大に描いてくれました(全部で約500枚超…!)。
見て下さいよ。この何とも言えないテイスト。大きく引き伸ばして家に飾ろうと思います。
今回一番四苦八苦した料理のイラストレーション。木曽町と何度も資料をやりとりして、納得いくまで作りなおしました。ほんと、美味しそう。チウラさんグッジョブ!
で。プロデュース&映像は発酵デザイナーの小倉ヒラクです。
4作目のアニメ制作にして、はじめて「アニメ作品を作ったぞ!」という感触を得ました(←おせーよ)。
・動くデザインからアニメーションへ。もうひとつの現実をつくる
イガキさんとチウラさんが出してくる表現のクオリティに負けないよう、今までのアニメとは比べものにならないほど緻密なプロット作りとコマ割りに取り組みました。思い入れ深いのは木曽馬が走るシーン。「馬が馬らしく走る」というシーンをつくるために一週間のあいだノイローゼになりそうになりながらアニメーションのことを考え続けました。
詳しくは上記のブログの読んでほしいのですが、アニメーション作品をつくるということは、もうひとつの現実を作りだす、ということです。
馬が馬らしく走り、料理が料理らしく美味しそうで、春が春らしくうららかで、冬が冬らしく澄んで冷たい。
そういう、表現における「らしさ」を突き抜けて木曽の木曽らしさまで到達することを目指し、今回の『きそうた』の制作に挑戦したのです。
木曽という土地には、僕たちが便利な世の中を作りあげていった歴史のなかで、本当はあっても良かったはずの素晴らしい文化がたくさん眠っています。
僕たちは、そういう「あっても良かったはずのもの」を組み上げることで、「あっても良いはずのもうひとつの現実」をつくろうとしたのかもしれません(と、このブログ書いているうちに思い始めてきた)。
最後に、『きそうた』制作の経緯と作品の位置づけについて
物語は春の芽吹きを迎える御嶽山から始まり、雪に閉ざされる冬の御嶽山へと循環していきます。
『きそうた』は、木曽町の「スローフード木曽」の10周年を記念するものとして制作されました。つまり、公共事業。公共の予算によって制作されたアニメーションです。
なのですが、同時に今回制作に関わったクリエイターによる作品でもあります。
つまりどういうことかと言うと、木曽町がクリエイターに『木曽をテーマにした作品を作ってほしい』という依頼があってできあがったアニメーションであるということです。
通常、このようなプロジェクトは自治体が「発注」して、映像制作者が「受託」するという契約で進められるのですが、今回はクライアントと受注者という関係ではなく、町とアーティストが協同して作品をつくりあげるというかたちになっています。
「…で、ヒラク君はいったい何が言いたいのだね?」
うん。つまり、僕がワガママを通しまくったということを言いたい。
今回は、僕たちクリエイターが感じたこと、考えたことがものすごくピュアなかたちで表現されています。舞台裏を明かしてしまえば、企画書もプレゼンもなく、表現者を全面的に信頼してもらってつくられたアニメーションなのです。
それは別の見方でいえば、表現に対してアーティスト側が一定の責任を持つということです。
『きそうた』の世界観の中心には、御嶽山(おんたけさん)があります。山から澄んだ水と風が流れ、その恵みによって田畑が育ち、生き物が育ち、そして人が生かされ、発酵食が醸されるのです。
しかし近年の御嶽山のように、山は時に人間の世界に恐怖を与える存在でもあります。自然のこの両面性は、公共性を重んじる論理のなかではとても表現しにくいものです。
けれども。
人が生きていくということは、良いも悪いも色んなことを含めて自然と向かいあうということなのではないのでしょうか。思いがけない豊穣が実り、思いがけない厄災に見舞われる。人もまた自然の一部であるならば、僕たちはその複雑ことわりのなかで生きていくしかない。そう僕は思うのです。
『きそうた』の英語タイトル、”Sharing the Blessings” があらわす「恵み」とは、様々な要素を併せ持ったもの。「恵みを分かち合う」ということは、単に「良いことだけ分配しよう」ということではなく「良いことも悪いことも分かち合うことでしか、僕たちは生きていけない」ということなのです。
…と思わずアツく語ってしまいましたが、つまりこれって僕という「個人の感性」。
このアニメには随所に僕たちクリエイターが感じた「個人の感性」が反映されています。それは宿命的に「公共の倫理」を逸脱してしまう。しかし同時に、個人の感性がつくりだす「もうひとつの現実、もうひとつの木曽」を表現することができる。
もう一度強調しておきますが、この『きそうた』は、表現する側の感性が強く反映された、クリエイターと木曽の町の共同作品です。そして、それを公共のものとして公開することに僕はしっかり責任を持ちたいと思います。
表現者の可能性を信じてくれた「スローフード木曽」の皆さまに本当に深く感謝いたします。従来のやり方とまったく違うプロジェクトのすすめ方をご理解いただき、心から嬉しく思っています。
担当窓口として辛抱強くコーディネートしてくれた都竹あやさんと木曽町役場の皆さま、美味しい郷土料理をつくってくれた野口廣子さんをはじめとする木曽のお母さんたち、醸造メーカーの皆さま、本当にお世話になりました。ありがとうございます!
木曽町はもちろん、全国の郷土文化と発酵食を愛する皆さま、ぜひこのアニメをお友達に教えてあげてください。英語訳もついているので、全世界の発酵ファンにも届きますぞ(英訳してくれた片桐聡くん、ありがとう!)。
森と水が織りなす素晴らしい四季の恵みが、どうかいつまでも続きますように。
木曽と発酵文化の未来に幸あれ!
Music & Lyric by Akiko Igaki / Illustration by Mayumi Chiura / Movie by Hiraku Ogura
English translation by Satoshi Katagiri
Slow Food Kiso
©2016 Hiraku Ogura & Akiko Igaki All Rights Reserved.
※この作品の著作権は、小倉ヒラク(映像)とイガキアキコ(楽曲)に帰属します。郷土食文化に関わる公益的な目的であれば、ご自由にシェアください。特定の自治体及び組織のPR用途については、木曽町及びスローフード木曽に限定させていただきます(←そういうプロジェクトだし)。