ブダペストで生育中のこうじの様子。めちゃよく育ちました。
引き続き、国際プロバイオティクス学会。
連日朝から晩まで、各国からの研究者によるプレゼンを聞きまくっている。
・Probioticsという新たなトレンド。ブダペストで発酵しまくってきた
僕はいわゆる正規の研究者ではないので各領域の研究の詳細になるとよくわからないのだが(特定の免疫細胞の構造とかゲノムのコードとか)、ざっくり概観でいうと、以下の3つのトレンドがあるのかなと。
プロバイオティクス業界のメイントピックス
A: 母乳と幼児期の腸内環境
今回一番印象的だったトピックスはこれ。
母乳が赤ちゃんの栄養になるだけではなく、実は赤ちゃんのお腹の中にいる有用微生物(ビフィズス菌とか)の栄養にもなっているという臨床実験が複数行われていた。ちなみにアウトラインはアメリカのDavid Millsさんのレポートで理解することができる。
B: 腸内環境の微生物の機能分析
トピックス的に一番多かったのはこれかな。Aのトピックスとの関連でいえば、例えば赤ちゃんのお腹のなかで繁殖した微生物たちがどのように病原菌や疾患から赤ちゃんを守っているのかの分析なんかがある。このトピックスは、僕に声をかけてくれた スロヴァキアのAlojz Bombaさんが大変よくまとめてくれていた印象。
C: 微生物による疾患の予防
Bが基礎研究だとするならば、こっちは応用研究=プロダクト開発に一番近い領域で、これから群雄割拠が起きそうなトピックス。主に乳酸菌を始めとした発酵菌の酵素や代謝物質を解析し、病気の予防に役立てようという領域。赤ちゃんの免疫改善やダイエットはまあ予想できたけど、貧血や下痢、子どもの夜泣きなど(!)ものすごい広範囲な疾患に対する臨床結果が報告されていた。
ポーランドのHania Szajewskaさんのまとめが大変素晴らしかった。もう一回ちゃんとプレゼン聞きたい。
今すぐ産業化しそうかというともう数年かかるような気もするが、ものすごいスピードで進化している領域であることは理解できた。
▶その他
皮膚にいる常在菌を分析するスキンケアのアプローチや、動物の腸内環境の研究など、特定の枠にはまらないプレゼンもあって、中でもとりわけ異色なのは僕のワークショップだったと思われる。汗
なぜ盛り上がっているのか?
ヨーロッパをはじめ世界中にこれだけたくさんの研究者がいて、恐らく相当な額の研究資金が投資されているこのプロバイオティクス業界、なんでそんなに盛り上がっているんですか?とオーガナイザーに聞いてみたところ、答えは「新しい食品のカテゴリーの開拓」にあった。
ヨーロッパにおける微生物学の歴史は「いかに恐ろしい病原菌を駆逐するか」という喫緊の課題によって進化してきた(ペストとかスペイン風邪とか)。
その延長線上に進化してきた医療において、腸内の有害微生物を排除する「抗生物質」が常用されるようになったのは必然の流れだ。
でもさ。
実際に微生物の分離培養をしているヒラクからすると、抗生物質というのは非常に強力なウェポンなのであるよ。ペトリ皿のなかに抗生物質を入れるとビックリするぐらい細菌が駆逐される。
病原菌をやっつけるかわりに、有用菌もやっつけてしまう。しかも問題なのは抗生物質がへっちゃらな菌が腸内を支配し、かつそいつらはだいたい人間にとっては良くない菌だったりする。
えーと、何が言いたいかというと。
つまり「菌、ダメ絶対!」の反動としてプロバイオティクスの概念が登場してきた。
自分の体内の菌を駆逐しまくった結果、免疫疾患になったりおデブになったり、ガンになったり、高血圧になったり貧血になったり下痢になったり子どもの夜泣きが止まらなくなったりした(ちなみに世界で一番腸内にビフィズス菌がいる子どもは、バングラデシュだそうですよ)。
つまり「ショートスパンの安心」と「ロングスパンの疾患」をトレードオフしたんだね。
だからその揺り戻しが必要だと。なるほど、さもありなんであるよ。
…と、ここまで読み進んできた発酵クラスタの皆さまは「そんなの当然じゃんか。わざわざ言うまでもないよ」とお思いのことであろう。
その通り。プロバイオティクスの概念は日本では「発酵」という概念によってだいたい包括される(そのわりには医療の状況はヨーロッパより問題がありそうだが)。
しかし僕たちがヨーロッパはじめ海外に学ぶこともいっぱいある。
それは「マーケットをつくる感覚」だ。
マーケットの開発力とその問題
プレゼンを聞くと「この結果ではクオリティが足りない」「まだじゅうぶんな証拠とはいえない」というコメントが頻出したが、これは言い換えれば「まだこれではプロダクト化できない」ということだ。
さっき「プロバイオティクスは新しい食品のカテゴリーの開発」だと言ったけど、新しいカテゴリーを開発するということはつまり「既存のカテゴリーと何が違うか」ということを明確に定義するということだ。
栄養を「摂取」するための食品と、病気を「治療」する薬品があり、その中間にある病気を「予防」するプロバイオティクスがあるとマーケットを設定した場合、「予防」という概念を定義し、その効果を実証しなければいけない。
そのために、各国の優秀な頭脳を日がな顕微鏡とDNAシーケンサーとマウスの前に張り付けて、膨大なお金を突っ込み、政治力のあるフィクサーでコミッティーをつくり、たぶん研究結果が出揃ったら広告エージェンシーに「あ、そろそろ出番なんで」と電話をかける。
その結果出現するのが「新たなカテゴリー」であり、既存の食品や医薬品業界における進撃の巨人ばりの参入障壁を回避し、かつ既存の業界からもシェアをゲットできる。
この政治的手腕において、ヨーロッパのフィクサーたちは日本よりも一枚上手だと僕は思う。
しかしこのロビイング力には問題もある。
厳密な臨床結果を必要とするということは、プロバイオティクス業界内部における巨大な参入障壁を築くことにもなりうる。これはつまり、初期投資が可能な大企業による寡占状況をつくりだすということだ(おそらく、ダノンやヤクルト、ネスレあたりが今頃作戦会議をしていると思われる)。
サイエンスは、サイエンスだけが独立して機能することはできない。
そこにはビジョンが必要だ。そしてビジョンは「自由」に向かってドアが開かれているものでなくてはいけない。
発酵デザイナーとしては、せっかく人類に恩恵をもたらす技術なのであるから、なるべくオープンなかたちで発展していってほしいと思うのだが、さてヨーロッパの微生物界はどのように動いていくのであろうか。