ドタバタしているうちに間が空いてしまったのですが、トットネスの旅行記の続き。
今回のテーマは「散歩」。トットネスは歩くのがとても楽しい町でした。
のんびり散歩が楽しい。
Dartington Hallに泊まった翌朝。さっそく散歩を開始。
舗装された道をしばらく歩くと…
土の地面の散歩道、”Pubilic Footpath”と呼ばれる「散歩を楽しむための道」に入ります。
小さな沼のほとりを歩いて行く。
冬の始まりのグレイな空に野鳥が舞う。風情あるぜ。
散歩道からトットネスの小さな町を望む。味わいありますなあ。
ちなみに町の上の岡は…
こんな感じの牧草地。羊がのんびり草を食んでいます。
パブリック・フットパスという「散歩のデザイン」
さて、延々と散歩道の写真をお見せしましたが、何か気づくことはありませんか?
そう。トットネスの散歩道には「人工的なもの」が極力排除されているのです。電柱や電灯、金属の手すりなどが全然ない。
手入れされているけれど、コンクリートも金属もない。
ベンチだってこんな感じ。
手すりも木製。
小路の奥には製材所が。若いお兄ちゃんがロック聴きながらノリノリで製材していました。
「100年前から変わらない景色」を歩くのは本当に心楽しいものです。
親子仲良くサイクリング。
トットネスは老いも若きも自転車好きが多い町でした。
トットネスでは毎日10km近く歩いていたような気がします。バスやタクシーの便が良くないということもあるのですが、単純に歩くのが楽しい。
たくさん素敵な散歩道の写真をあげましたが、実はこの道のすぐ横には車道もある。なんだけど、ユーザーエクスペリエンスとして明確に車道と歩道を分離しているわけです。
林や小川をうまくブラインドにして、散歩道からは車道の存在が見えないよう、散歩が意図的に「デザイン」されているわけです。
ボローニャでもトットネスでも感心するのは「変わらないための努力」をたくさんしていること。何百年も前からある町並みや自然に「ダサい土木工事」が侵入しないような工夫を意識的にやっているんですね。
「ナイスな景色を見ながら楽しく散歩する権利」というものを公共の財産だと位置づける。
この意識はかなり「オトナな社会観」だなあと思うわけです。
トットネスにいると「散歩が楽しい」「町の人と世間話をするのが楽しい」「地野菜や地ビールを味わうのが楽しい」というように、「日常の当たり前な行為を膨大な時間と手間をかけてリファインしている」経緯が見て取れます。
便利なショッピングモールも観光名所も無くったって、こういう「日常に起こることのデザインが優れている土地」がずっと住みたい町なのかもしれないなあ、と素朴に感じたのでした。
ヨーロッパ街歩き旅行記:
・ボローニャを高速早回しで歩いてみました。
・ボローニャをデザイナー視点で歩いてみる
・eat drink sleep think. トットネスの森の中で深呼吸。