石川・あら与の蔵を訪ねた写真 by 財部裕之くん
36歳になりました。
この一年は去年のテーマ「垣根を越えてチャレンジする」を体現する年でした。
十代の時に目指していた美術家の夢を東京都美術館『おべんとう展』の新作アニメ出展で果たしたり、国際学会ALIFE 2018をきっかけに、ドミニク・チェンさんやソン・ヨンアさんとともにIT技術×発酵の技術開発をしたり、本格的に海外での活動がスタートしたり、ジャンルも国境も越えて発酵デザイナーの仕事を発展させていきました。
そして夏過ぎからは47都道府県の発酵文化を訪ねる大ツアーがスタート。何度も倒れ、精神崩壊しながらゴールに辿り着き、その旅の模様が渋谷ヒカリエd47 MUSEUMでの展覧会と新著『日本発酵紀行』に結実しました。
でね。
無我夢中でがんばっているうちに、気づいたら「発酵デザイナー」と名乗って活動開始してからまる五年が経っていました。もともと10年くらい前から発酵に関わる活動はしていたんですが、発酵と微生物に領域を絞ってからはジェットコースターのような日々だったぜ…
ということで5年間をフラッシュバック!
【2014〜2015】『手前みそのうた』グッドデザイン賞受賞
単なる「発酵好きなデザイナー」だった僕に転機が訪れたのは2014年の春。五味醤油とともにつくったアニメ『てまえみそのうた』が絵本になり、その取材に来てくれた新聞記者の明珍さんに「発酵デザイナー」という肩書をプレゼントしてもらいました。
そして夏、創業したデザイン会社を離れてデザイナーの道をドロップアウト、微生物の世界に全てを賭けることを決意。東京農業大学醸造科の研究生になり、発酵学を体系的に学び始めます。
そして秋、『てまえみそのうた』がグッドデザイン賞2014を受賞。授賞式で、五味醤油の兄妹とともに着ぐるみで踊るという前代未聞のプレゼンを敢行し、「歌って踊る発酵三兄妹」が誕生。デザイン業界関係者が苦笑いする事態に。
・「てまえみそのうた」グッドデザイン賞2014受賞しました!
グッドデザイン賞受賞と同時期に雑誌ソトコトの『発酵をめぐる冒険』の特集巻頭で発酵デザイナーが大きく取り上げられ、その謎の活動が一部世間に知られることとなりました。
さらに年末には五味醤油と全国の醸造家たちとの新作アニメ『こうじのうた』制作のためのクラウドファンディングがスタート。2014年のクラファン黎明期に130万円の資金を集めて見事サクセス。豪華ミュージシャンチームを迎えて前作『てまえみそのうた』より格段にレベルアップしたアニメが公開されました。
【2015〜2016】山梨へ引っ越し研究&執筆活動開始
2015年は、30年間慣れ親しんだ東京から、微生物を育てるのに適した山梨県甲州市の山の中へ引っ越し、五味醤油の兄妹と合流して本格的に発酵のスペシャリストとしての活動が始まりました。
この頃からデザイナー時代から続けていたブログをきっかけに、メディア取材や寄稿が増えていきます。雑誌ソトコトで連載『発酵文化人類学』がスタート、greenz.jpのインタビュー記事やwiredの寄稿文がスマッシュヒットし、自分のブログのアクセスが急増、メディア業界の人から「なんだあの微生物野郎は?」と怪しまれることに。
春には二冊目の絵本『こうじのうた』が出版され、後にロングラン企画になる「発酵デザイナーのこうじづくり講座」がひっそりと始まりました。
秋からは地元の放送局YBSにてラジオ番組『発酵兄妹のCOZY TALK』がスタート。五味兄妹と三人で素人感まるだしのラジオパーソナリティを務めることに(ちなみに現在4年目。もうすぐ200回)。このラジオ番組のおかげで、山梨の人にもそれなりに迎え入れられた感じがあります。
2016年の年始には、カルチャー雑誌Spectatorの特集「発酵のひみつ」を編集部と一緒につくり、発酵業界の垣根を越え、カルチャー界隈からも大きな話題を呼びました。編集部青野さん赤田さんの仕事から気付かされることが多かった、個人的にとっても思い入れのある企画でした。このSpectatorの特集から書籍『発酵文化人類学』の構想が発酵していきます。
・SPECTATOR最新号『発酵のひみつ』は僕の本だ!(と言いたい)
【2016〜2017】ひたすら麹の世界を掘り下げまくる
まだ活動が始まったばかりなのにやたらメディア露出してしまったことに危惧を覚え、人前に出ることを自粛。研究活動に精を出した時期でした。
アニメ『こうじのうた』がきっかけになって始まった、素人でも簡単に麹がつくれる少人数ワークショップを多い時は月に10回以上開催。あわせて全国の醸造蔵をまわり、麹づくりメソッドを学んでひたすら麹の世界を掘り下げていきました。結局二年で1,000人を超える受講者に麹づくりメソッドを教え、手前みそに続く「手前こうじ」のカルチャーの下地をつくったという自負があるよ!だってめちゃくちゃ地道にやったもの!
なお2016年の夏に学会デビューしました。しかもいきなり海外、ハンガリーのブダペスト。世界中の名だたる微生物学者たちに麹のレクチャーをするという大舞台。研究のあいまに必至で語学を勉強したのも良い思い出です。
・こうじづくり講座@ブダペスト、大成功!ワークショップの様子はこんな感じ
あとこの時期は自分の時間があったのでブログを頻繁に更新し、今でもずっと読まれているエントリーが連発され、ブロガー界隈からもたくさんコンタクトがありましたが「僕、微生物の人だから」と冷たい対応してしまいました。ごめんね(>_<)
秋から年末にかけて大きなプロジェクトが2つ。
1つは様々な発酵メソッドをまとめた小学生向けの自由研究本『発酵菌ですぐできるおいしい自由研究』が出版されました。この本をつくるために一時期家中に実験器具と発酵ブツが溢れかえったな…。
そしてもう1つ。greenz.jpの連続講座『発酵デザイン入門』を開催。実践的な仕込みから微生物学の基礎、顕微鏡の使いかたやDNAの分子模型を組み立てるなど、多角的に微生物の世界を学ぶ激DOPEな少人数講座でした。
・暮らしに関わる微生物&バイオテクノロジーの初歩を楽しく学ぼう
それまでずっと自分のことを飽きっぽい性格だと思っていたのですが、この活動によって自分の「内なる粘着スピリット」に気づきました。同時に数人〜10人の小さな会をやり続けることでコミュニティの大事さを深く実感した一年でした。地味だけど、それ以降の活動の指針となる大事な一年でした。
ずっと派手な活動をしていると消耗していくだけなので、時にはじっくり腰を据えて自分の専門性を高めて、引き出しを増やす&深める大事さを学んだよ。
【2017〜2018】発酵文化人類学がブレイク!
初の一般向け書籍『発酵文化人類学』に全精力を傾けた一年でした。雑誌の連載内容を全て破棄し、かつて誰も試みなかったようなユニークな本を目指してひたすらフィールドワークと研究に没頭。考えなしに出張しまくり、文献を買い込んでしまったため100万円以上の赤字を出し、重版しないともとが取れないという窮地に。
そこで「いかにして無名の著者によるニッチな本がベストセラーになるのか?」と出版業界の仕組みを研究。盟友、かもめブックスの柳下おじさんの入れ知恵をもとに、著者自身によるDIY流通開拓にチャレンジすることに。
・一週間で重版出来!の舞台裏。マーケットではなくコミュニティに届ける。
出版前から発酵コミュニティとやりとりしながらできあがった『発酵文化人類学』は、わかりやすい入門書にしたいという出版社の意向に反し、発酵を起点に人類学、生物学、経済学、デザイン、アート、宗教、ITやバイオテクノロジーの未来までごった煮になった400ページの大著に。「どこの棚に置いたらいいのかわからん、そんなヘンな本が売れるんかい?」という不安をよそに、口コミでどんどん広がり三万部を超すスマッシュヒットに。
あわせて2017年の春から秋にかけて全国出版ツアーを敢行。北海道から沖縄まで55ヶ所を巡り、100人超えの会場がいくつもあらわれる謎の盛り上がりを記録。
その盛り上がりとシンクロするように、大手文芸誌や新聞、テレビやラジオなどマスメディアに書評やインタビューが掲載されまくり、いわゆる食としての発酵という枠を超え『カルチャーとしての発酵』という概念が確立(たぶん)。
【2018〜2019】活動の集大成、発酵ツーリズム展開催
そして5年目の現在地。
冒頭で書いたとおり、美術館デビューしたり技術開発したりを経て、これまでの活動の集大成となるヒカリエでの展覧会“Fermentation Tourism Nippon”プロジェクトをスタート。
2018年の夏から8ヶ月かけて全国の知られざる発酵文化を蒐集し、各土地の文化と歴史、気候風土を体系化していくという壮大な企画に全力投球することになりました。47都道府県全部まわるだけでも大変なのに、山の中の集落や辺境の海辺、どうやってたどり着いていいのかわからない離島などを七転八倒しながら訪ね歩き、にわかには信じられないような光景を目にしました。
そこで出会った人々の暮らし、自然、隠された歴史があまりにも凄まじすぎて、この21世紀になってもまだ「忘れられた日本人」がいたことに衝撃を受けました(で熱が出て倒れた)。
2018年の年末年始には展覧会の資金を集めるクラウドファンディング企画が祭りとなり、なんと600万円近い支援を集めました。みんなありがとう…
そして旅の終わりが見えた1月の終わり、展覧会のクリエイティブディレクターのRe:S藤本智士さんからの、
「オレはヒラクの旅行記読みたいわ〜」
の無茶振りすぎる鶴の一声で書き下ろし新著の出版が決定。旅の連続で朦朧としながら執筆し続け、精神完全崩壊の一歩手前まで追い詰められながら『発酵文化人類学』のさらにその先の世界を掘り下げていきました。
共催のD&DEPARTEMENTやRe:Sチームのみんなとボロボロになりながら準備を終え、いよいよスタートした展覧会。オープニングイベントもプレスツアーも超満員、ふだんのd47 MUSEUMでは考えられないほどの入場者数と商品の売れ行きを記録し、素晴らしいスタートダッシュを切りました。
さらに!文字通り魂を削って書いた『日本発酵紀行』も発売前からとんでもない盛り上がりを見せ、初版3000部→予約殺到で校了前に5000部に変更→さらに予約殺到で発売前重版出来という信じられない展開に。現時点でD&Dにある在庫が底をつき、6月前半まで新規注文停止という緊急事態だよ。ビックリ!
・『日本発酵紀行』発売前重版出来&事前注文ぶん発送スタート!
一年以上かけて準備してきた大プロジェクト、これ以上ないスタートダッシュを切って嬉しすぎる。これもひとえに応援してくれるみんなのおかげです。多謝!
この5年間を振り返ってみると、微生物と醸造家たちに導かれて先へ先へと進んだ本当に楽しく充実した日々でした。ありがてぇ…。
36歳は、再スタートの年だ!
5年間、色んなことがありました。東京でデザイナーやってた時代が遥か大昔のようです。
でね。
今回の展覧会と新著のプロジェクトで、5年前の自分が「ここまで辿り着きたい」と思っていた場所に来たような感があります。それなりに頑張った証ということで、嬉しくもありますが同時に先に進む先が見えない危うい状況でもあります。
そこで。今年のテーマは「再スタート」にすることにしました。
もう一回基礎体力をつけて、次なる山の頂に登る準備をしなければ。で具体的に何をするかというとだな。
・博士になるまでの勉強をはじめる
・海外での本格的活動の足がかりをつくる
・新しいことをやらず、これまでの仕事を発展させる
展覧会が終わったら、もう一回初心に戻って「学ぶ人」になりたいと思います。まだ基礎をやっただけの生物学を、博士号取るまでちゃんとやる(たぶん数年かかる)。海外でも専門家として活動できるだけの基礎体力をつける(語学とか中途半端だし)。
つまり「さらに上を目指して勉強しなおすよ」ってことなんだけど、そのためには仕事の仕方を工夫する必要があります。なので、新しいプロジェクトに時間を割くのではなく、これまでやってきた仕事を仕組み化して、事業として回るようにしなければ。
ということで、今年やることはこんな感じ。
▶ラボを本格稼働。 NukaBotをお披露目します
いよいよ研究室っぽくなってきたセルフビルド発酵ラボ。土地の造成から基礎打ち、断熱から太陽光パネルまで色んな専門家の力を借りながら自力でつくっていきます。どこからも予算もらわず、山の中にDIYでしかもオフグリッドのバイオラボ建設という無謀な計画がだんだん形になってきました。嬉しいぜ! pic.twitter.com/4M0ZRzNHPY
— 小倉ヒラク | Hiraku Ogura (@o_hiraku) September 12, 2018
去年からコツコツ建設していた発酵ラボがようやく稼働できるようになりました。そしてただいま絶賛開発中の情報学者ドミニク・チェンさんとデータサイエンティストのソン・ヨンアさんとの共同プロジェクト『NukaBot』がお披露目になります。これを足がかりに本格的な研究プロジェクトがいくつかスタート。研究機関とガチでリサーチします。抜けるぞ…不気味の谷を…!
▶6月に『発酵文化人類学』のヨーロッパ講演ツアーやります
6月の半ばから、イタリア〜チェコ〜ハンガリー〜フランス〜スペインの五カ国をまわる自分史上最大のヨーロッパツアーがスタートします。現在翻訳プロジェクト進行中の『発酵文化人類学』の講演&ワークショップツアーで、色んな財団から資金提供してもらってのガチの国際交流プロジェクトです(これまでは私企業や個人との関係での仕事でした)。
▶法人化します
いよいよプロジェクトの規模が大きくなって個人の手に負えなくなってきたので法人化します。これまでの仕事をパッケージ化したいというオファーがけっこうあるので、法人としてこれまでの実績を事業化できたらいいなと思っています。
とはいえ企業理念を掲げて派手に起業するぞ!という感じではなく、あくまでこれまでの延長線として、みんな気づかないうちにしれっと法人化している予定です。「あれ?請求書の宛先変わってるな」ぐらいな感じでよろしくどうぞ。
あと。学生として所属できる研究室を探しています。発酵というよりも生物学を学び直したいので、なじみの研究者の皆様にご相談させてもらうこともあるかと思うので邪険にしないでね。
それでは36歳も引き続き朗らかかつ愉快に頑張るぞ…!
【追記】五年間を振り返ってみると、僕の活動は本当に周りの応援で成り立っていたなと痛感します。プロジェクトを支援してくれたみんな、悩んだ時にたくさんのアドバイスをくれたプロデュースおじさんたち、醸造界のみんな、そしてずっと隣で支えてくれた五味兄妹と民ちゃん。本当にどうもありがとう。