2023年はこれまでの人生で一番(もう言い切ってしまおう)苦しい年でした。
しかし途中で折れることも力尽きることもなく、年末まで生き延びた。四方八方から全く異なる苦しみにされた一年を振り返ります。
前半:心の火力が弱まりました
40歳を迎えた2023年。これまで365日絶えることなく燃え盛っていた心の火力が減退し、海外出張のオファーが来ても光栄なプロジェクトのオファーがきても「めんどくさいなあ…おうちでゴロゴロしたいよお」とやる気がでない。一時的な疲れではなく、明らかに人生に対するモチベーションが落ちている。
40歳。徹夜もできない。だから寝食忘れて何かに没頭することもできない。新しいことに挑戦する「昨日とは違う自分」をイメージできない。今日は昨日の続き、そして明日は劣化した今日…
おおこれはミッドエイジクライシスというヤツなのでは?
先輩のおじさんに「最近心の火力が落ちている」という相談をしたら
「ホルモンを注射すべし」
「バットで硬いものを力いっぱいなぐるとやる気出るよ!岩とか!」
などのありがたいアドバイスをもらいましたが心の火は弱まるばかり。
痛みだした親知らずを2本まとめて抜いたら大量の失血で熱が出て寝込んでしまい、これが40代の洗礼か…と憂鬱な心持ちに。
中盤:北東インドで内戦に巻き込まれて死にかけました
5月に文藝春秋で出す予定の新著の取材にインド、マニプル州へ。
幻の古代アジア麹を求めてインド北東の辺境へ行ってみたら、内戦が始まっていました。
(ちょうど戦闘が始まったばかりの混乱に乗じてなぜか入国できてしまった)
インターネットが遮断され、文明機能が全てストップ、店も役所も開いてない戒厳令下のマニプル州で、メイテイ族の集落にかくまわれ、突然始まる焼き討ちと無差別殺人に怯えながら麹をつくり、違法飲酒を繰り返す人生で最もハードな旅に。
焼け落ちた教会の脇で銃を突きつけれられ「殺すぞ」と脅され、つい数時間前にいた市場が焼き払われる極限状況を経験しました。コルカタの友人たちの助けでなんとか脱出してアッサムの街に辿り着いた時は年甲斐もなくボロボロ泣き崩れました。
後半:事業が大きくなり、資金繰りが崩壊
2022年に続いて成長を続ける発酵デパートメント。
コロナ禍のさなかに始まったために政府のセーフティネットからこぼれ落ち、成長しているといっても創業から赤字続きなので銀行としても積極的に融資したい有望な投資先でもなく、なんとほぼ2年間資金調達できない苦境に(そしてその2年で規模二倍になった)
発酵デパートメントは食品小売がメインなので、売上が伸びる時は必ず仕入れ代がかかる。ということは事前に仕入れのお金を用意しないといけない。しかし資金調達はできない。夏過ぎには資金繰りが限界になり始め、僕個人のお金で補填するも事業の規模が大きくなっているのでそれも限界がある…!というギリギリの状態に。
そんな次第なので、僕個人は夏からほぼ一文無し(というよりマイナス)になり、家族にもほんとに迷惑かけまくりでした。
お金の問題以外にも、人に関する様々なパターンのトラブルやシステムトラブルも頻発し、発酵デパートメントであると同時にトラブルデパートメントと呼びたい有様でした。とほほ。
さすがの僕もストレスで眠れない日々が続きました。
(ウソです。めちゃよく寝ました)
本を二冊出しました
2024年は著書を2冊も刊行してしまいました。
7月に『オッス!食国』、11月に『アジア発酵紀行』。どちらも内容全然違ってかつかなりのボリュームの本なので、当然執筆は難航。
仕事が終わった夜や早朝に「ツラい…」「苦しい…」と血反吐を吐きながらの執筆が続き、心身ともにだいぶ衰弱しました。
苦難をはねのけるのは、さらなる苦難
今でも思い出す、7月末日の朝。
『アジア発酵紀行』制作の大詰めで文春の執筆部屋に缶詰になり、徹夜で原稿を書き続けた後に銀行へ行って月末の支払いへ。そしたら残高が足りず、これは資金ショートでは?いったいどうすれば良いのだ?と途方にくれながらも原稿の締め切りは容赦なく迫ってくる。資金繰りを相談しながら、すり減った精神状態でさらに原稿の続きを書くはめに。
普通だったらもう心折れそうなシチュエーションじゃないですか。
ところが!その時!!思い出したんですよ!!!インドでの戦争体験を。
あの恐怖に比べればなんだ、お金なんとかして原稿書けばいいだけでしょ? 今すぐ銃殺されたり焼き討ちされたりするわけじゃない。
いける、オレはまだまだいける…!
と謎のやる気が湧き出てきて、結局支払いも締め切りもなんとかなりました(関係者の皆様ご迷惑おかけしました)。
で、二徹でヘロヘロの状態で文春の執筆部屋から夕日を見ながら気づいたんですよ。
おや?弱まった心の火力、元に戻ってない?
この時に書いていたのが新著『アジア発酵紀行』のマニプル篇のクライマックス。今読み直しても緊迫感があって人生でそうそう書けなさそうな(手前みそですが)いい文章なんですよ。このスリリングさは、当時の追い詰められた僕の状況が反映されている…
教訓。
苦難を克服するのは、さらなる苦難。
そして心の火は、危機の前にふたたび燃えさかる。
(自分で書いてて思ったけど絶対他の人にオススメできない教訓だな)
苦難の末の実りもありました
そんなズタボロの状態のなかでリリースされた2冊の本。
どちらも僕の新たな主著と自信を持って言える二冊になりました。
予約段階から前評判が高かった『アジア発酵紀行』は、青山ブックセンターの年間売上1位!2020年以来の返り咲きだわっしょい!
【総合年間ランキング】
— 青山ブックセンター本店 (@Aoyama_book) December 15, 2023
1位 小倉ヒラクさん『アジア発酵紀行』(文藝春秋)
2位 村上春樹さん『街とその不確かな壁』(新潮社)
3位 渡邉康太郎さん『CONTEXT DESIGN』(Takram)
4位 竹田ダニエルさん『世界と私のAtоZ』(講談社)
5位 くどうれいんさん『桃を煮るひと』(ミシマ社) pic.twitter.com/ogwLDs0qqP
苦難の量に比例するように、夏頃からスマッシュヒット企画が連発。
阪神百貨店1階催事場をジャックしての『発酵マーケット』は連日超大盛況。50組超の醸造家たちが参加する特大の発酵フェスになりました。6日間で発酵デパートメントだけで1000万円の売上がありました。すごー!
大阪梅田で起床。昨日から始まった阪神百貨店の発酵マーケット、平日にもかかわらず去年の週末の二倍以上の売上でビックリしました。去年の反省を活かして今年はまだ商品あるので、週末になる前にみんなお買い物に来るべし! pic.twitter.com/jewiwFikeh
— 小倉ヒラク | Hiraku Ogura (@o_hiraku) August 24, 2023
9月には人生初のアメリカ遠征。
ロサンジェルスやニューヨークでレクチャーやワークショップ、トークイベントの登壇がギッシリ。どこも盛況でしたが、ニューヨークでのトークイベントでは90名の発酵ファンに待ち構えていて、日本の発酵カルチャーが世界に刺さりつつあることを実感しました。
San-Jの佐藤さんはじめ現地でお会いした皆さま、お世話になりました。
https://twitter.com/MirinRock/status/1700925625555722704
そして10月には去年の北陸に引き続き、世界のトップシェフたちを招いてのインバウンド発酵ツーリズム。東海の醸造の現場を訪ねる2泊3日のツアーに世界9カ国のFermentersが勢ぞろい。
コペンハーゲンのNoma、ニューヨークのBlue Hill、サンセバスチャンのBasque Culinary Instituteなど、近年のガストロノミーのトップオブトップと言えそうなシェフたちが集結。普段入れない醸造メーカーの秘密の場所にも多数入ってスゴい熱気でした。
八カ国からやってきたシェフやジャーナリストたち。
— 小倉ヒラク | Hiraku Ogura (@o_hiraku) October 13, 2023
・コペンハーゲンNomaのDavid
・ニューヨークBlue HillのRick
・サンセバスチャンCulinary Instituteチーム
などなど、世界の発酵ガチ勢と一緒に朝から晩まで東海の醸造文化を楽しんだ #発酵ツーリズム も無事終了。
みんなまた会おうね〜! pic.twitter.com/3ZcdE1LUXF
2023年は発酵デパートメントの売り場で日本酒が大ブレイクした年でもありました。クラフトサケはもちろん、仁井田本家や土田酒造とのオリジナル酒や各地のユニークな地酒が驚くほどの勢いで20-30代の若い飲み手に売れまくり、3年目にして酒屋としてのアイデンティティを確立しました。
#ShochuEnkai とんでもないイベントだったな。雨にも関わらず超盛況、集まった蔵元のレベルの高さ、お客さんのハッピーオーラ、打ち上げの過剰なバカさ加減含めて120点でしょ。ご来場の皆さま、スタッフのみんなありがとう! pic.twitter.com/ka6SdbbgDI
— 小倉ヒラク | Hiraku Ogura (@o_hiraku) October 9, 2023
そして秋には満を持しての焼酎の祭り『Shochu Enkai』を開催。情熱あふれる焼酎ガールズ三人組と11蔵の蔵元、そして焼酎界を盛り上げる焼酎コミュニケーターたちが集結して300名のお客さんたちとニューウェーブ焼酎を楽しみました。
このイベントをきっかけに、大和桜や若潮酒造、高田酒造など僕と同世代の醸造家たちがつくる新世代の焼酎のお店での取り扱いがスタート。
念願の「焼酎棚」が誕生した年の瀬でした。うれしー!
ゆる言語学ラジオ・水野さんがラジオ「#ただいま発酵中」のゲストに!狂気のスポンサーValue Books、水野さんと発酵文化人類学の出会い、味覚と一方向性の仮説など、話が弾みます。
— 発酵デパートメント|下北沢BONUS TRACK (@DepartmentHakko) April 2, 2023
#113 人間にとっての味覚と言葉。ウィリアムスの「一方向性の仮説」から考えるビールから絵画、映画、音楽まで。<1> pic.twitter.com/Uk2NfThkSW
二年目を迎えたラジオ #ただいま発酵中 も飛躍の年でした。
ゆる言語学ラジオの水野さんや情報学者のドミニク・チェンさん、スープ作家の有賀さんや自炊料理家の山口ユカちゃんなど豪華ゲストを迎え、大阪の秋鹿や栃木の上澤梅太郎商店、和歌山のオリゼーブルーイングなどユニークな醸造家たちも登場。
https://twitter.com/tgsmsk2121/status/1689497713250086912
さらには仲良しの『たべものラジオ』との静岡でのコラボ回は2023年で一番楽しい一日でした。
リスナー数は1年で1.5倍に。ポッドキャストとyoutubeあわせると1万人以上のリスナーが聴いてくれているそうです。やっほー!
【今年一年の御礼】
— 発酵デパートメント|下北沢BONUS TRACK (@DepartmentHakko) December 31, 2023
今年も発酵デパートメントをご利用していただき、誠にありがとうございました。おかげさまでコロナ禍を乗り越えて黒字になりました。
これからもみなさんと一緒に発酵して、ムクムクふくらみ、ぷくぷく変化していきます。どうぞよろしくお願いします!良いお年を。 pic.twitter.com/otni1rGSkD
そして1年最後の大ニュースといえば、オープンから3年がたち、発酵デパートメント初の黒字決算!を達成したことでしょうか(まだ細かい調整が若干残ってますが)。
コロナ禍が一息つき、ようやく事業としての最低限持続できるステージに辿り着きました。これもみんな、発酵デパートメントを支えてくれているみんな、現場で働くみんなのおかげです。感謝…!
Ferment Your Life
心の火が消え、戦乱で死にかけ、一文無しになり、執筆で神経衰弱になった。
度重なるトラブルの中で本当に色んな人に迷惑をかけたし、20年来の友人の訃報もあった。
でも僕は折れなかったし、胸を張れるような結果も出した。
2023年の僕はどん底だった。
でもどん底から這い上がって強くなった。
春、大阪のみんぱくの講演会に登壇した時のこと。
僕は桜舞い散るみんぱく公園を歩いていた。見上げるとそこには太陽の塔。
太陽の塔ごしに岡本太郎と目があった。そこで太郎が僕にこう告げた。
「悲しみも喜びも、すべて発酵する人生とせよ」
太郎からのメッセージを、僕は発酵デパートメントのビジョンにした。
【大事なお知らせ】発酵デパートメントのビジョンをつくりました
— 小倉ヒラク | Hiraku Ogura (@o_hiraku) April 3, 2023
FERMENT YOUR LIFE
発酵を通して自分の物語を生きる人へ
代表小倉ヒラクからのメッセージと事業のアウトラインをABOUT USページにまとめました↓https://t.co/oCEoytQsOh pic.twitter.com/sNxYWvOkUu
Ferment Your Life
来年は全てのことを糧として、自分はもちろん関わる人全ての人生を発酵させていく道を歩んでいきたいと思う。
— 小倉ヒラク | Hiraku Ogura (@o_hiraku) March 30, 2023
【追伸その1】今年は本当にたくさんの人に助けてもらって生き延びた。
なかでもラジオ#ただいま発酵中の相方のいっしーと、五味醤油のアニキの二人には一年通しての心の支えになってもらった。心の底からありがとう。
【追伸その2】僕の訪れたマニプル州ではいまだに内戦が続いている
奇跡の旅を共にしたコルカタのロイさん、メイテイのアモさんのチーム発酵でまた乾杯したい。br>
『アジア発酵紀行』インド編をいっしょに旅したロイさんから本の感想が。またロイさんに会いたいぞ〜 今度は平和なマニプルを旅しよう。 @sanjukta_only pic.twitter.com/gZpMPpkgd5
— 小倉ヒラク | Hiraku Ogura (@o_hiraku) December 30, 2023