青山ブックセンター出版企画第一弾であり僕の初の写真集となる『発酵する日本』。3/5の発売に先駆けて書影を公開したら、
「表紙に写っているのは何の物体?発酵食品なの?」
と訝しむ声が多数。なぜこの表紙にしたのか、その裏側をノートしておきますね。
朝吹真理子さんとの出会い
縄文時代の遺物?と関係者がざわついた表紙のカット
表紙の写真は、長崎県対馬のローカル発酵文化、せん団子。生のさつまいもから微生物の発酵作用によってでんぷん質を取り出し、それを乾燥させて団子状にした冬の備蓄食。食べる時は水で練って湯がいてそばがきかパスタのように加工します。
【47 Hakko Nagasaki】長崎のせん団子 Sendango 〜千の手間をかけて芋を越冬させる、奇想の島発酵〜
表紙に使ったカットは、対馬の民家の庭で陰干しされているせん団子。水分を抜いてカラカラに乾燥した状態にすれば、腐らずに長期間保存できるのですね。
味噌や醤油、酒のようにメジャーな発酵食品ではないせん団子をなぜ表紙にしたのか?その理由は小説家の朝吹真理子さんとの出会いがありました。
「私は古語を調べて集めているんですけど、それは眠っている古い言葉が現代に蘇るのを待っているんじゃないかと思って。それって発酵を待っているんじゃないでしょうか?」
と初対面の自己紹介もそこそこに語った朝吹さん。
例えばコウジカビや酵母は栄養と水分がなくなると冬眠状態に入って何十年何百年と蘇るのを待つことができる。文学を生業とする朝吹さんにとって、言葉はカビや酵母のような存在なのかもしれない(ちなみに微生物の中には酢酸菌のように冬眠できず栄養がなくなると短期間で活動できなくなってしまうヤツもいます。これは流行語のようなものなのかしら)。
でね。
考えてみれば、僕が日本各地をまわって知られざるローカル発酵食品を訪ねていったのも、似た動機があったかもしれません(とはいえ発酵食品は古語と違って現代でもまだ生きているけど)。地域の60歳以上のおかあさんたちしか作っていない不思議な発酵食品、都から落ち延びた数百人の集落にしか伝わっていない食文化。数百年なんとかつないできたその細い糸をたぐるようにして、僕は旅を続けていきました。
そのシンボルのひとつが、せん団子。長崎でも対馬だけで、商品化もされず地元で手作りされるだけ。作るのめちゃめんどくさいのにも関わらず、代々受け継がれているその土地のソウルフード。対馬の気候風土と大陸文化との関わりが刻印された記憶の方舟なんですね。
庭の納屋で寝かされているせん団子。それは古代の土偶のようで、いつか水を与えられて復活し人々の血肉になることを待っているような印象がありました。
旅の写真を整理しなおしている時に、朝吹さんの言葉が脳裏によぎりました。日本には、ふたたび水を得る、文化の血肉となるべく数百年を生き延びてきた文化が残っている。今回の写真集で問いかけるべきは、その貴重な種をいかに未来のために発酵させていくかだ…!
造本や印刷も温故知新!
そんな経緯で、必ずしもメジャーでも派手な見た目でもない対馬のせん団子が表紙になったのでした。
発売前に情報解禁!
謎の写真にシンプルにタイトルを並べた表紙をめくると……どぉぉぉぉぉぉーーーーん‼︎‼︎‼︎#発酵する日本 pic.twitter.com/pz7sdXBFHf
— 藤原隆充 | 藤原印刷(兄) (@printing_boy) February 27, 2020
表紙をめくると令和の時代になぜ?と謎でしかない書体のタイトルが現れます。この写真集は、本自体のコンセプトを体現するかのように、本づくりや印刷でも温故知新の技術が駆使されています。
まず紙選びがめちゃ渋い。今回選んだ「OKトップコート+」は一昔以上前の報道写真やグラビアで使われてきた、写真の陰影をはっきり出せるメジャーな紙でした。最近ではチラシなどに使われるのが主で、写真集にはよりざらざらと質感のある高級紙が使われるようになった、のですが今回は紙の風合いよりもとにかく写真のクオリティを重視するためにアウトオブトレンドの紙をチョイス。
印刷についての詳細は青山ブックセンターコミュニティのこのレポートをご一読あれ。めちゃよくまとまっています。感謝!
そして。
造本も高級化&複雑化する現代のトレンドに逆行するユニークな技術が採用されています。このあたりはコンセプトを共有してくれた藤原印刷のニクい仕事。良き…!
製本のお勉強の時間です。#発酵する日本 の背中まるだしの製本様式は”コデックス装”と言います。
本は開いても閉じる力が働きますが、これは画像のように水平状態でピタリ!見開きを美しく見せられる効果があります。 pic.twitter.com/KErOFPzKBd— 藤原隆充 | 藤原印刷(兄) (@printing_boy) February 29, 2020
この写真集は基本的に青山ブックセンターで平積みにして売るので、棚にしまった時にタイトルを見せる背の部分は必要ないんですね。だから開いた時に写真がキレイに見える体裁に振り切っている。そして表紙自体も開いた状態でひとつの作品になるように仕上げています。裏表紙には流通用のISBNコードも値段表記もなし!マス流通を前提としないとかくもシンプルかつアヴァンギャルドな本ができあがる…!
本の歴史のお話。#発酵する日本 の上部は”天アンカット”と呼ばれるギザギザ仕様。
やり散らかしではなく「格調高い本はアンカット」という欧州の歴史を引き継ぐものです。文庫本の生みの親、岩波文庫もこれ。
切らない方が手間とコストがかかりますが、洒落感を見えない点に詰める美学。最高ですね。 pic.twitter.com/TRjxYPNkC6— 藤原隆充 | 藤原印刷(兄) (@printing_boy) February 29, 2020
本の背がむき出しで、上部がギザギザ。これ実はやりっぱなしではなく、事前に考え抜いた仕様。刮目すべき世界を切り取った「写真」を「集」めた写真集。このどシンプルな方針を見事にカタチにしてもらいました。めちゃ嬉しい!
コンセプトにも制作過程にも発酵する「温故知新」が詰め込まれた『発酵する日本』、事前予約は3/3の23:59まで!スペシャル予約特典がついてきます。どうぞお楽しみに。
【追記】温故知新という熟語に「発酵」という意味が含まれているかも…!と示唆してくれたのは能楽者の安田登さん。安田さんとの対話も自分の大事な血肉になっています。朝吹さん安田さんどうもありがとうございます。