僕たちが味噌づくりをする理由:あなたも小文字の伝統の継承者になろう

今月から発酵デパートメントで『生きるための味噌づくり教室』を定期開催しています。
5/14の初回から満員御礼で、6月と7月にも毎週枠をつくりました。みんなで手を動かしながら和気あいあいと学ぶのはとっても楽しい。

手前みそのうたは僕の原点

今から15年前、発酵デザイナーとしての僕の最初の仕事は、歌って仕込めるアニメ『手前みそのうた』でした。

当時は食育といえば、環境問題や社会問題に関わる大人たちが集って「勉強」するものでした。
アニメを一緒につくった五味醤油の五味さんと僕で、「勉強」しなくても身体を使って楽しめる食育プログラムをつくりたい!と意気投合してできたのがこのアニメ。自主制作でYoutubeにアップロードしてみたところ、山梨の小学校や保育園に採用され、そこから口コミで全国に広がり、NHKに特集され、DVD付き絵本(なつかしいフォーマット)として出版され、グッドデザイン賞を受賞し…という道のりの中で、僕は都会でのデザインキャリアに見切りをつけて、山梨に引っ越して発酵デザイナーになったのでした。

この時に僕が惹きつけられたのは「つくること」でつながっていくコミュニティや、「つくること」で生まれていく身体をともなった知識の面白さでした。グッドデザイン賞の授賞式では、五味兄妹と僕の三人でスライドを使ったプレゼンなしでただ踊って帰る!という謎のパフォーマンスに及んだのも「まずは身体を使って楽しんでみよう!」というメッセージを伝えたかったから(たぶん)。

これが2014年のこと。
そこからさらに麹やパンや納豆や漬物をつくるワークショップを数え切れないくらい開催していきました。全国各地の5人、10人の小さな集まりの中でとにかく歌って踊って発酵食品を仕込む!
…その果てしない実践のなかから生まれていったのが、僕の(著者としての)デビュー作となった2017年の『発酵文化人類学』でした。この本がベストセラーになったのをきっかけに、僕に物書きみたいなイメージが付いていきましたが、その前に僕は発酵「デザイナー」であり、「みんなでつくる」の伝道師。

僕の活動は「つくる」の実践と思索の往復によって駆動してきたのです。

発酵は、記憶の方舟

日本全国の海山島街で育まれてきた多様な「つくる」。
それを発酵という視点で体系化し、デザイン化していったのが2019年、渋谷ヒカリエd47 MUSEUMで開催した『発酵ツーリズムにっぽん』展、そして書籍『日本発酵紀行』でした。

『発酵文化人類学』がヒットした頃に、著者や文化人が集まるサロンのような場に呼ばれました。いくつか参加してみたものの、その先にある文化人への道に違和感がありました。

なぜなら僕は「つくる」の人、実践の人だから。

自分の信念を全うするために、僕が次にやることにしたのが全国47都道府県の発酵文化の現場を可能な限り訪ねて、その製法や成立背景をアーカイブ化していくことでした。10年後にもしかしたらなくなってしまうかもしれない「つくる」の多様性を確かめる8か月の長い長い旅に出ました。

そこで醸造家はもちろん、地元のおかあさんおとうさんたちの家で一緒に手を動かしながらその土地の人ですら知らないような多種多様な発酵文化の聞き取りとレシピ化をしていったのです。

この発酵文化を「物産」ではなく「デザイン」として展示したのがヒカリエの展覧会。
とんでもなくニッチな内容にも関わらず、三か月で参加者5万人、書籍も2026年に至るまで増刷を続け、海外翻訳も複数されるロングセラーになっていきました。

もし何十年後に振り返って、僕に何かしらの社会的功績が認められるとすれば、それはおそらくこの時の調査と展覧会になるでしょう。

発酵が単に美味しくて健康にいい食べ物に留まらず、日本の生態系と歴史の多様性を宿す文化的資産であること、この列島にどのように人が暮らしていたかの「記憶の方舟」であることが可視化され、何万人、あるいはもっとたくさんの人々にその価値が共有されたのだから。

小文字の伝統、「つくる」による伝承

渋谷での発酵ツーリズム展が終わった後、僕は下北沢でこの時のミュージアムショップを常設のお店にすることにしました。大好きな発酵の世界にこれから関わっていくなかで、ただ伝えるだけでなく直接的に文化と産業が発展していく力になる活動をしたいと思ったのです。

そして2020年に発酵デパートメントがオープンします。
展覧会での調査をベースに、県の道の駅やアンテナショップにも置いてないような多種多様な発酵食品(一部食品じゃないものも)が集う、ミュージアム兼アーカイブ兼食材店です。

オープン数日でコロナ禍による緊急事態になり、まさかの宣伝ゼロ、お客さんもほぼゼロからのスタート。店頭があまりにもヒマだったので始めたのが、オンラインでの発酵食の仕込みワークショップでした。

やがてコロナ禍が収束していくなかで、お店を使ってリアルでもワークショップをしてみたのですが、ほどなくお店が繁盛してしまい営業時間中にイベントを頻繁にやる余裕がなく、ここ最近は「ちょっと変わった発酵のセレクトショップ」というイメージになっていたと思います。

お店の営業も、発酵文化も世界的なトレンドになり順風満帆!よかったよかった…と思いきや、ここ二年くらい、これまでどおり仕入れられない商品が顕著に増えていきました。
その理由を醸造家や農家・漁師さんたちに聞いたところ、日本の「つくる」の文化と産業に深刻な危機が訪れていることがわかったのです。

SNSやブログでのこの呼びかけに、たくさんの人が反応してくれました。
食の業界はもちろん、工芸や建築など製造業全般でこの問題が起こっていることがわかりました。
(これ去年2025年の投稿なんですが、2026年の大混乱を暗示しているようで不気味ですらある)

僕の魅せられた「つくる」の文化が危機に瀕している。
どうしたらいいのか。僕には、僕たちには何ができるのか。
それを根本から考えるべく、2025年の後半から今年の春にかけて取り組んだのが新著の出版でした。

風土論のアップデート。日本のテロワールは、人の「手」そのものに宿っている。

伝統的なものづくりは、ただ「守る」という意識ではもう続かない。
それらを静かに殺しているのは、気候変動でも少子高齢化でも経済問題でもなく、僕たちが「つくる」ことから遠ざかっていること。「守る」と口にする時点で、もう「つくる」の外部にいる。

僕が、そして発酵デパートメントがやるべきことは啓蒙や保護ではなく、「つくる」の当事者を増やすこと。「つくる」ことによって伝承される「小文字の伝統」の担い手を増やすこと。
(この概念についてはぜひ新著『僕たちは伝統とどう生きるか』の前半だけでもご一読あれ)

そこまで思いを巡らせるうちに、気づいてしまったんだよ。

あれ?これって僕のキャリアの原点に戻ってない?みんなでお味噌つくればいいじゃん!

自分でお味噌をつくる。
こう書くと大したことしてないようですが、お味噌をつくると色んなことに気づく。色んなことが変わる。

味噌をつくると、大豆の大半がグローバル市場で取引され、国内の自給率が数%であることに気づき、食料の流通について実感を伴って学ぶことになる。

味噌をつくると、麹という謎の物体に戸惑い、微生物という存在に気づく。そこから生物学や化学などサイエンスへの興味が拡がっていく(かもしれない)。

味噌をつくると、沖縄から北海道まで地域によって様々なレシピがあることに気づく。そこから日本の食文化の多様性と自分の味覚の嗜好を知ることになる。

大豆を潰し、麹を混ぜ、容器に仕込む。そこから微生物の働きにゆだねて、単なる大豆ペーストが徐々にかぐわしい香りと美味しそうなテクスチャーの発酵食品に変わっていく様子を観察する。
自分でつくっていると同時に、自然のメカニズムの乗っかっていく不思議な感覚も味わえる。

これは本や動画で勉強するだけでは味わえない(もちろんこのブログでもできない)。自分の五感を使って、アタマで「理解」するのではなく全身で「了解」する楽しみ。

味噌をつくれば、数百年継承されてきた発酵文化の「小さな継承者」になることができる。
移住して転職しなくても、鉄の覚悟がなくても、今のライフスタイルを維持したまま、ほんの少しだけ「つくる」ことを介して伝統の一部になる。

現代生活で感じる生きづらさや、意味の欠落を「つくる」ことを通して接ぎなおしていく。
小さな継承者になった時にきっと気づくはず。伝統を「守る」のではなく、伝統に「守られている」自分のことに。

新著で僕は読者に「あなたも小文字の伝統の継承者になろう」と呼びかけた。
そう書いたからには、次は実践。自分で楽しく味噌を仕込んで、豊かな「つくる」の世界に触れてみませんか?

ということで。
発酵デパートメントならではの工夫がいっぱい、現代生活にチューニングされた『生きるための味噌づくり教室』に遊びにきてください。発酵の科学的・文化的な基礎知識が学べるレクチャーや味噌づくりキット、テキストなども付いてきます。

☆☆☆申し込みはこちらから☆☆☆

【追記】これから発酵デパートメントの定番プログラムにしていきたいので、先生やってくれる人も募集しています。発酵のことを伝えたい!という人はこちらからお問い合わせどぞ。

Published by

小倉 ヒラク

発酵デザイナー。1983年、東京都生まれ。 「見えない発酵菌の働きを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちとプロジェクトを展開。下北沢「発酵デパートメント」オーナー。著書に『発酵文化人類学』『日本発酵紀行』など多数。