あなたの身体のなかには、星の数ほどの微生物が棲んでいる。
こいつらはただ身体をすみかに借りているだけではなく、あなたが生きていくために食べ物の消化吸収を手伝い、免疫力のバランスを調整し。肌荒れや病原菌の侵入を防ぎ、さらには僕たちの感情や思考に何かしらの影響を与えていることがわかってきた。

つまりあなたは微生物と一緒に生きている。
もし身体のなかの微生物たちに見放されたら、あなたは栄養失調か感染症で長くは生きられない。

この身体のなかの微生物の生態系を「マイクロバイオーム(微生物叢)」という。21世紀に入ってからの微生物学の進歩によってヒトのマイクロバイオームの驚くべき世界が明らかになってきたのだな。

マイクロバイオームの分布

『発酵文化人類学』でも書いているように、地球上のありとあらゆる場所に目に見えない微生物たちが膨大に存在している。そのなかでもとりわけ微生物の人口密度が高いのが生き物の体内で、僕たち人間の体内にもめちゃいっぱいの菌がいるわけなんだね。

体内のなかで微生物密度が高いのは腸で、一人あたり数十〜数百兆にのぼる多種多様な微生物が棲んでいる。他にも口の中やワキの下や性器の中にも微生物がウヨウヨしている。

ヒトのマイクロバイオームには2つの大きな多様性がある。それは、

・身体の場所によって微生物の分布が全然違う
・人によって微生物の分布が全然違う

の2つ。口のなかと腸のなかでは微生物の種類が全然違う。インドネシアのバリ島とニューヨークぐらい違う生態系なんだね。そして同じ人間でも違う場所に住んでいるAさんとBさんのマイクロバイオームは違うし、なんなら同じ場所に住んでいるCさんとDさんも性別や年齢、生活習慣が違えばやっぱり微生物の種類や分布が変わってくる。

見方を変えれば「マイクロバイオームを見ればその人のことがわかる」と言えるんだね。
指紋や虹彩のように、ウンチに含まれる微生物の種類を見れば個人の特定ができるのかもしれない。ていうか、各国の研究機関ではマイクロバイオームによる個人のプロフィールのデータベースを構築するプロジェクトが進んでいる。

ちなみにウンチの主成分は①水分で、②は微生物の死骸(一部生きてるヤツもいる)だ。

マイクロバイオームの機能

身体内の各器官にいる微生物たちは人間の生理機能に影響を与える働きをしている。
例えばある種の乳酸菌は、口の中にいる雑菌を押さえ込む人間に役立つ働きをするが、別の種類の乳酸菌は強い酸を出して虫歯を誘発したりする。

肌の上のマイクロバイオームはスキンケアにも深く関係している。ある種のブドウ球菌は肌の潤いを保って悪い菌の体内への侵入を防いでいるが、生活習慣が荒れたりストレスがたまると脂っぽい汗が出て、それをエサに増える別のブドウ球菌が繁殖して毛穴が化膿してニキビの原因になる。

腸内のマイクロバイオームはめちゃくちゃ複雑な「微生物のるつぼ」であり、そこで何が起こっているのかはまだ一部しか解明されていない。なんだけど代表的な働きとしては、人間が持つ消化酵素では分解しきれなかった食べ物の残りカスを分解して人間に栄養を供給してくれたりしている。だから何かを食べるということは、自分+腸内の微生物に栄養を与えているということになる。

他にも人間の免疫システムに深く関与している。体外からやってきた異物を押し出す免疫細胞に働きかけたり、免疫システムの暴走を抑え込む役割も一部担っていることがわかってきているんだね。ちなみにヒト腸内環境と免疫システムの解説については以下↓

・【発酵デザイン入門】お腹のなかの驚異の生態系。 腸内細菌と免疫のひみつに迫る

ポイントは「微生物が良く働ければ健康になり、悪く働ければトラブルを引き起こす」ということ。その鍵を握るのが食習慣やメンタルヘルスで、良い微生物をちやほやする料理を食べ、いつもお気楽に生きているとマイクロバイオームがいい感じになる、はず!

お母さんから子どもへ

免疫力や消化吸収機能はお母さんから子どもに受け継がれる。
(残念ながらお父さんは蚊帳の外)

子宮のなかは血液と同じく無菌状態の体液で満たされている。
出産のタイミングで赤ちゃんはお母さんの産道を通るのんだけど、その時にお母さんの膣内マイクバイオームの一部が赤ちゃんに感染するんだね。この時に感染した善玉菌が免疫システムの発達していない赤ちゃんを病原菌から守る働きをする。お母さんの母乳は赤ちゃんの栄養であると同時に善玉菌のエサでもあるんですね。

でね。もう一個スゴい話があるんだよ。
実は膣内の善玉菌だけでは赤ちゃんの身体を守るには足りない。お母さんが出産時に長時間いきむ間にウンチが漏れることがままあるのだけど、この時にお母さんの腸内マイクロバイオームが赤ちゃんに感染するんだね。これが赤ちゃんの腸内環境のスターターになる。だから出産時の排便には生物学的な意味があるんだね。びっくり!

子どもの体質はお母さんのマイクロバイオームの状態が握っている。それを証明するように、女性が妊娠するとマイクロバイオームが「子どもに引き継ぐぞモード」に変わる。前述した善玉菌の数が増える傾向があるんです。子どもが生まれることを、お母さんだけでなく微生物たちも察知するんだね。本当に不思議なメカニズムだぜ。

苦しい思いして産道から子どもを出産したり、母乳で子どもを育てるには微生物目線で見てみるとそれなりの理由があるんですなあ。

ちなみに僕は出産時にお母さんからの免疫機能の引き継ぎがうまくいかなかったようで、生まれて即感染症にかかり、それから今までずっと免疫不全の症状を持っている。なので後天的な対処法=発酵食品食べまくり&ストレスフリーを意識的にやらないと身体がボロボロになる…!

微生物を介してのコミュニケーション

こんな感じで、人間の体内には微生物たちの驚くべき営みが満ちている。
僕たちの身体は僕だけでは維持できない。あるいは。僕個人の意志だと思っているものの一部は、身体のなかの微生物たちのメッセージであるかもしれない。

「リンゴ食いてえなあ…」

というつぶやきは、自分のつぶやきであると同時に腸内のリンゴを栄養分にする微生物たちの要望かもしれない。突飛な発想に思えるが、しかし腸内の微生物のはたらきが人間の感情に作用する物質(セロトニンとか)の分泌に関わっているという研究レポートが登場していきている。僕が学会で聞いてびっくりしたのが、子どもの夜泣きにも体内の微生物が関わっているらしいというレポートだった。

こういうレポートがもし真実だとするなら、人間は微生物と一緒にものを感じ、行動を選択しているということになる。だから「人馬一体」ならぬ「人菌一体」で僕たちの身体は機能しているということだ。

微生物を介して僕たちは自分の身体を成り立たせ、同時に外の世界とコミュニケーションを取っている。マイクロバイオームの概念は人間の個体もまた無数の小さな生命の生態系であることを教えてくれるんだね。

【追記】ちなみにマイクロバイオームの世界に入ったきっかけは、ブダペストで開催されている国際プロバイオティクス学会への参加でした。招待してくれたオーガナイザーのPeter Kurtiさん、Alojz Bombaさん、どうもありがとうございます。