見えない自然が織りなすエンターテイメント〜映画『千年の一滴 だし しょうゆ』

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新年から素晴らしい映画に出会ってしまった。

和食の真髄である「だし」と「しょうゆ」に迫った、日仏合作のドキュメンタリー映画。ポレポレ東中野での上映イベントにゲストに呼んでもらい、日本語と英語で計二回堪能させてもらいました。

ドキュメンタリーは、エンターテイメントだ!

公式サイトより予告編。

上映イベントでも話しましたが、まずはこの映画「楽しい」んです。

「そんなの当たり前だろ!」とツッコミが入りそうですが、実は楽しいドキュメンタリーってそんなに多くないんです。被写体が人間じゃなかったり、動きが少なかったりすると特に。

ところがこの『千年の一滴』は、100分の上映時間中、一瞬も飽きることがない。
昆布や、しいたけや、カビといういっけん「地味」な対象がとっても楽しい映像になってしまっている。

それはなぜか。
映像が構造化されているからのですね。

例えば。

・こんぶ農家へのインタビューシーン→海底でこんぶがゆらめく映像
・お醤油屋さんへのインタビューシーン→こうじ室で麹菌を巻く映像

という風に、「人がしゃべるor動く=情報を受取るシーン」と「自然が動く=感性にうったえるシーン」のリズムが構築されていて、映像として気持ちいいのです(←音楽のPVを見て気持ちいいと思う感覚に近い)。

ストーリーの構造化とは別に、映像としての構造化が図られている。
和食や発酵についてあまり興味がない人に、「感性にうったえる」というのは非常に有効な入り口になるはずです。

監督の柴田さんは「本当は人と自然を分けるのではなく、人と自然が一緒にいるシーンをもっと入れたかった」と言っていましたが、ヒラク的には映像の時間軸(カット割)を通して「人と自然が対話している」ように思えました。

日本に住む人が見つけた、「もう一つの自然」

この映画は「だし」と「しょうゆ」の二つの章に分かれています。

前半の「だし」は、昆布やかつおぶし、シイタケを通して、海や森などの「大きな自然」の恵みが語られていきます。
後半の「しょうゆ」は、醤油や酒を通して、カビ(麹菌)や酵母などの「小さな自然」の恵みが語られていきます。

僕が一番感銘を受けたのは、この章立て。
なんでかっていうと、僕の仕事の興味の移り変わりと一緒なんだもの。
僕のデザイナーとしてのキャリアは、土や水、森の「生態系」に関わるところから始まって、やがて「微生物」にフォーカスされていった。

自分のなかでどうしてそんな風に自分の興味がフォーカスしていったのか自覚していなかったのだけど、この映画を見てよくわかりました。

目に見える自然を見つめているうちに、目に見えない「もう一つの自然」を見つけたんですね。それが摩訶不思議な「微生物の世界」なんです。

日本列島に住む人たちは、顕微鏡が発明されるずっと前から、なぜかその「見えない自然」と緻密なコミュニケーションを取ることができた。それが森や海に住むおじいおばあや、醸造家たちだったわけなのですね。

なるほど、自分が発酵デザイナーになったのは『もう一つの自然』に魅せられたからなのだな(←激しく納得)。

前半の「だし」から後半の「しょうゆ」にかけて、自然を見る解像度が一気にズームされていく。そのミクロな世界のなかで繰り広げられる菌の映像は本当に感動的かつダイナミック。

年始から始まったポレポレ東中野の上映ですが、めでたく上映期間延長が決まったそう。2月以降全国各地の映画館で上映されるようなので、ぜひぜひ見に行ってくださいね。
見終わったあとには「あ〜、おいしい和食が食べたいッ!」とお腹が空くこと間違いなしだぜ。

柴田監督、お声がけくださってどうもありがとうございます。
僕も微力ながら応援しますね!
【追記】この映画、フランスとの合作ということで「ARTE」のクレジットが入っています。フランスに住んでいた時、よくARTEのドキュメンタリー番組を見ていました。フランスではけっこうドキュメンタリー映画がヒットするので、「ドキュメンタリーはエンターテイメントである」という意識は特別じゃないのかもしれない。 

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