「去勢」という幻想

▶︎ 読みもの, 5×5FES,

こんばんは。ヒラクです。
何だか寝付けないこんな秋の夜長は、少し真面目な話を。
工作室独立前に、僕は会社で新卒採用をしていました。
そこで、100人以上に大学生、いわゆる「新卒」の学生さんたちと会ってきました。
色々な人たちと話しながら、僕はそこに一つの傾向を見て取りました。

「隣の誰かを笑顔にしたい、社会の役に立ちたい」
という台詞です。20歳そこそこの子たちですよ。「お前正気か?」と正直最初はとまどいました。

マニュアル本にそう書いてあるのか?と疑いました。

そうやって意地悪な気持ちで掘り下げてみても、彼女ら彼らは本当にそう信じている様でした。

…そこでこんな風に言ってしまうのは酷薄かもしれない。でも言います。

僕はそこに「人格の亀裂」を感じました。何か、もっと深い所からやってくる声を抑制しているような。何らかの理由で、彼女ら彼らは去勢されているのではないか?


『若者のための社会学』 豊泉 周治
そんな疑問を感じている時に、考えの糸口を見つけてくれた本。

『社会学』といってもアカデミックな話ではなく、「どうやって社会の問題を考えるか」という原点を掘り下げた素晴らしい内容になっています。いくつかの論点がありますが、出色なのが、社会的な構造の歪みが、被雇用者である若者の「人間力」という個人的な責任に転嫁されていった背景が見事に述べられているところ。

つまり、「上手くいかないのは、お前が未熟で我を張って思いやりがないからだ」と、オトナに洗脳されていった歴史が暴かれているのです。

この本で初めて知ったのですが、今は小学校に入学すると「こころの教科書」という本を手渡され、それは「きょうをすばらしい一日にしよう」と始まり、「となりのだれかの役立つにんげんになるように、この社会に役立つにんげんになるように」と結ばれます。

こんな風に、思春期が始まる前から、「お前空気読めよな?」という洗脳が始まります。人間関係でも、サークルでも、バイトでも、「もっと優しい人間にならなきゃ。全てを許容しなきゃ」というある種の強迫観念を無意識で『自分自身に』刷り込んでいくのです。

アメリカ大陸入植期にこんな話があります。

黒人奴隷を管理するための効率的な方法として、白人が黒人を鞭打つのではなく、黒人の中に階級制を作り、黒人同士で監視を行うという手法です。「こころ」という正論で人を縛り付け、人格を去勢していくやり口は全くもってこのやり方と一緒です。

「あなたが変われば世界が変わる」。

こんな経営者向けの安っぽい自己啓発を、まだ就労以前の子どもたちに押し付けるなんて茶番もいいところです。僕たち若いもんがこんなにも苦しんでいるのは、僕たちが未熟な人間だからではなく(それはいつの時代も大差なかったはず)、社会構造の問題です。けれどもずるいオトナたちはそれを「こころ」の問題にすり替えて既得権益を守ろうとしているのでした。

他人のための自分を犠牲にすることはないし、特に才能が枯渇しきったオトナたちのために自分を消耗する必要はない。「社会貢献」なんて声に惑わされるな、自分の声に従って生きるんだ!



『切り取れ、あの祈る手を』 佐々木中(あたる)

さて、今度は少し視点を変えて同じ話を。

今話題の評論家、佐々木中さんの新著。
「本なんて、本当は読めないんだ。だって、他人の頭の中を除いたら気が狂ってしまう。」

そんな風な問いかけからこの本は展開していきます。ニーチェ、宗教改革者のルター、イスラム創始者のムハンマドを取り上げながら、佐々木さんはいいます。

革命とは、『読むこと』だ。『読むこと』ができないはずなのに、それでも徹底的に『読み』、狂気に駆られて現実を変えていくことだ。」

これは馬鹿げた話でしょうか?僕はそうは思わない。

テキストとは、突き詰めれば「理想」のことです。聖書もコーランも憲法も「理想」です。現実はスキあらば腐敗し脱線し、殺し合いや差別が始まります。だから理想なんて意味がないんだ、と言う人もいる。でも一方で、だからこそ理想が必要なんだ。ということもできるはず。

時間を超えて生き延びてきたテキストには、何らかの理想が示されている。

だからそれを「読む」。それは容易には読めない。でも、徹底的に「読む」。そこからその個人が変わって行く。

「この本に書かれていることは正しい。けれでも、現実はこうではない。狂っているのはオレなのか、それとも現実なのか?」

そこまで突き詰めることで、人間は「本当に」現実を変えていくことができる。この本を読んで教えられることがありました。

それは、「たくさん知る」ことが大事なのではなく「突き詰めること」が大事だということ。自分に照らし合わせて突き詰めることがなければ、どんなに情報を持っていたとしても、それはつまりオトナたちのもっともらしい話に振り回されるだけなのです。

もっと構造的な問題を、自分の頭で突き詰めて行く。誰にも支配されない、自分だけの意志を持つ。

それには、セミナーに行ったり社長と飲みにいったりする必要はありません。書棚からしかるべき本を一冊取り出し、読む。(新書とかじゃなくて)
きっとあるはずです。あなたの無意識を克明に記してしまった恐るべき本が。そこから何かが立ち上がってくるかもしれません。苦しい時代と戦うためのヒントが。

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