3年ぶりに発酵ツーリズム展が開かれることになりました。舞台は北陸、先日行われたメイン会場、福井県金津創作の森での開会式のスピーチをブログに記しておきます。

足りないもの、当たり前のことから

発酵ツーリズムにっぽん/ほくりく展にようこそお越しくださいました。展覧会のキュレーター、小倉ヒラクからこの企画に込めたメッセージをお伝えします。ちょっとだけ長いですがお付き合い下さい。

海、山、街、島。日本の各地には、多種多様な発酵文化が受け継がれています。

穀物にカビをつけ、杉と竹でつくった巨大な桶で穀物を酒や調味料に醸し、船に載せて日本列島の隅々、中国やヨーロッパにまで運んでいきました。山に囲まれた集落、断崖絶壁の孤島、都から落ち延びてきた一族が逃げ込んだ辺境。外から何も持ってこられない環境で、限られた資源を加工してなんとか生き延びきたのです。

発酵文化は、日本人が生きてきた数百年、千年の面影が刻まれた「記憶の方舟」です。日常的に手づくりされている料理に、日本人がその土地で工夫を重ねてきた暮らしのストーリーが詰まっているのです。

そんな「記憶の方舟」のアーカイブであるこの発酵ツーリズム展。
今回の舞台、北陸には他の土地にはない極めてユニークな発酵文化が根付いています。

その1. 海と山に挟まれた特異な気候風土。
その2. 北前船がもたらしたデザイン性の高さ。
その3. 民間に根付いた、野の信仰

この3つが北陸の発酵文化の特徴です。各県から具体的な発酵文化を紹介してみましょう。

福井には、中世からお酢の文化が根付いています。
それはなぜか。海の幸をもたらす入り江のすぐ横に、山からもたらされる清らかな水が湧き出るからです。酢をつくるためには、お酒を醸さなければいけません。お酒を醸すため、お酒の原料となる米をつくるためには、清らかな水が必要です。たくさんの手間をかけてつくった酢は、海で捕れた魚を漬け込んで保存食にするために使われました。千年以上の古代から、酢漬けにして保存性を高めた海の幸を、奈良や京都に送っていたのです。都に美食を捧げる「御食国」としての伝統は、現代でも小浜の小鯛の笹漬けにその名残を留めています。山がもたらす清水と海のもたらす魚貝が隣り合っている気候風土がもたらした発酵文化です。そしてお酢や日本酒の蔵は、水の守り神なのです。

では次へ。加賀藩のデザイン戦略について話します。
江戸時代の初めに開拓された金沢、急速な成長を支えるために産物方、今でいう物産品のブランディング開発室のようなものがつくられます。藩が全国に視察を送り、地域内にある食材と地域外のアイデアを融合させた付加価値の高い商品を作り出しました。ふぐの毒を発酵によって解毒したふぐの子がその象徴です。さらに能登半島の塩と金沢の平野の大豆を組み合わせた大野港の醤油もそう。加賀藩は付加価値の高い醤油を大量に運ぶために、北前船のルートを独自に開発してしまいました。大野港の醤油蔵や敦賀の昆布商は今でも北海道との深いつながりがありますが、それは北前船が活躍していた時代のデザイン戦略の賜物なのです。北陸にはローカルとグローバルをかけ合わせた美意識が根付いています。このデザイン性は、伝統にとどまりません。近代以前の醸造の知恵を活かした日本のバイオテクノロジーが世界的な産業を支えるまでに発展しています。伝統と科学のハイブリッドによって発酵は21世紀の今でも現代性を失わずにいるのです。

最後に信仰について話します。
富山と新潟の県境に、蛭谷という山間の集落があります。ここにバタバタ茶という、発酵茶を茶筅で立ててカプチーノのようにして飲む実に個性的なお茶の文化があります。蛭谷では、毎日のように集落のお父さんお母さんが集まってお茶を点てる「バタバタ茶会」が開かれています。その起源を聞くと、500年前にさかのぼります。浄土真宗を布教にきた蓮如上人がもたらした茶の湯の文化、精進の文化が、山間の小さな村に根付いたのです。お茶を飲みながら、日々の出来事を共有し、お互いが健やかに生きることを願う。北陸には、寺や神社の境内の外側、小さな村の家々に数百年続く「野の信仰」が息づいています。寺院や庭園やお屋敷ではなく、ここ北陸に生きるひとりひとりの人々こそが、土地の精神性を暮らしというカタチで体現する宝物なのです。

その土地を外の人に語ろうとする時、つい「豊かなこと、特別なこと」を強調しがちです。しかし、僕の専門とする発酵においては、「足りないこと、当たり前のこと」のなかにこそ、その土地らしさ、素晴らしさが宿るのです。厳しい条件を、微生物という見えない自然の力を借りて、ポジティブに変えていく。足りないこと、制限から生まれたクリエイティビティこそが日本人の見えないけれど大事な資産なのです。

                  ☆

この展覧会には、展示の主役となるアーティストはいません。主役はここにお越しいただいている醸造家、地域でものづくりに関わる皆様、そして多種多様な微生物や自然そのものです。
この会場に集った47都道府県、そして北陸三県の発酵文化は、土地に生きた人々の思いを運ぶ、記憶の方舟。この記憶のなかに、過去の伝統と深くつながるための、未来をデザインするための、そして現在を健やかに生きるための知恵があるのです。

遠いところから欲しいものを好きなだけ運び込んでこれる時代はもう終わりにさしかかっています。再び制限と向き合わなければいけない時代、発酵から学ぶことはたくさんあるはずです。そして、その知恵を継承してきた醸造家の皆様、地域で活動する皆様こそが、過去と現在と未来をつなぐ存在です。今回の旅で目の当たりにした北陸の、皆様の底力がこのプロジェクトを実現させたのだ、と僕は信じています。

この展覧会は、金津創作の森学芸員の千葉さんのお声がけから始まりました。
美術館で完結する展示にとどまらず、登場する発酵文化を実際に買えたり訪ねたりすることができるツーリズムの要素が加わったことで、展覧会場がミュージアムから地域全体に拡がっていく「観光連動型展覧会」という新たなコンセプトが生まれました。これもまた千葉さんはじめ、今回の旅で出会ったこの土地の皆様との協働によって生まれました。ミュージアムがものづくりの実践者と一緒に地域課題を解決していくという、新しいチャレンジの場に立ち会えたことにワクワクしています。

僕たち一人ひとりの中に流れている、見えない物語。
自分の生まれた土地に眠っている、暮らしの記憶。

発酵の視点から「未来の北陸」に向けた旅をはじめましょう。
Fermentation Tourism Hokuriku。皆さまと一緒の船出を本当に誇らしく思います。

これで僕のスピーチは終わりです。どうもありがとうございました。

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