発酵は、21世紀の「民藝」や「禅」的ムーブメントだ。日本的思想の系譜。

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最近、雑誌や新聞はじめあちこちで「発酵が単なる食を超えて社会的なムーブメントになっていますが、小倉さんはどう思いますか?」と聞かれます。ここ数年、自分が醸造家や色んなクリエイター達と協働するなかで発信してきたことが浸透していって嬉しいなあと思います。

で。
そんなタイミングなので、食や健康より広義の発酵、つまり社会や人の生き方に対する「思想としての発酵」の可能性についてちゃんと書いておきます。

オルタナティブな思想としての発酵

具体的な食品や現象としての発酵から概念をもう少し広げて、社会のあり方を捉え直す「思想としての発酵」を考えてみると、これは均質化と高速化の進む近代の流れのオルタナティブになっていることに気づきます。

ローカリティや時間をかけることに面白みがあり、かつその面白みが国境や文化を超えて価値を生む。さらにその基底には微生物という「絶対的他者」の存在が不可欠。画一的でいつでも誰でも再現可能でコントローラブルな近代以降の原理をまるごとひっくり返すと発酵になる。

そして。そのオルタナティブさは単なる理論で終わらず、食べ物やお酒の具体性を伴ってアウトプットされる。理論を提示して終わりでなく「その土地にしかない原料を、ユニークな醸造家が面白い酒に醸す」という具体的な行為とプロダクトに具現化することができるので、シンプルな説得力がある。

この「抽象と理論が不可分」なことが思想としての発酵の強み。
社会や自然の向き合い方が、具体的なプロダクトとして結実する。そしてそれは「美味しい」「楽しい」という身体的な経験を伴う。つまり最強…!

21世紀における、日本的思想の系譜としての発酵

僕は発酵を、21世紀の「民藝」や「禅」的ムーブメントだと確信しています。

日常的な実践を入り口として、その向こうに根源的な普遍性がある。
具体のドアから入って抽象にたどり着く日本的思想の系譜に、発酵は位置づけられる。
柳宗悦は日常の器を語りながら、普遍の美のありかたを見出した。鈴木大拙は日常の所作を語りながら、普遍の心のありかたを見出した。それと同様に発酵も日常の食べるという行為を通して、人はどのように自然や生命に向かい合うのかという普遍的な問いに僕たちを誘う。

そしてそれは今の時代を生きる僕たちにとっての「豊かさとは何か?」「幸せとは何か?」という問いでもある。

最先端のテクノロジーも何百年も続く伝統も、民族の集合知も個人のクリエイティビティも、その場所固有のローカリティも文化を超えるダイナミズムも、食べるという具体的な行為も世界を捉え直すための抽象的な思考も、ぜんぶ発酵に内包されている。
複雑な味わいの酒や調味料のような旨味があって最高だと思いませんか?

でね。これは僕ひとりの思い込みじゃないんだ。
一緒に活動してきた醸造家やクリエイターのみんな、農業や生態系の問題に関わる人たちと共有してきた想いなのです。

ものづくりの現場で、言論に関わるメディアで、まちづくりや社会運動の現場で。それぞれの立場の人がそれぞれのやり方でムーブメントをつくっていく始まりのタイミングが、きっと今。

「思想としての発酵」の可能性が花開くのはここからです。とっても楽しみだぜ。

【追記1】来年春にオープンするお店は、ムーブメントとしての発酵の拠点になるような場所にしたいと思っています。ヒカリエの発酵ツーリズム展の発展形、日本&世界各地の発酵食品がゲットできてワークショップやイベントに誰でも参加できる楽しいお店は来年4月、下北沢にオープン予定。がんばるぞ!

【追記2】「発酵ブームはいつまで続くんですか?」という質問もよく受けますが、僕としては「まだ始まってもいない」というのが答え。だって、お酒や醤油に限らず全国にめちゃユニークな発酵ブツがたくさんあって、僕がヒカリエで展覧会をやったのは、まだまだ明らかになっていない日本の発酵文化のキャパシティの凄さを可視化するためなのでした。

【追記3】次の何年かをかけてやるべき僕の仕事は、このブログに書いたことを実証すること。社会のなかで血の通った価値をつくりあげることだと思いました。「美味しい」から始まる、懐かしくも新しいムーブメント。新世紀のイノベーションは破壊(Disruption)ではなく発酵(Fermentation)から生まれるのだ…!道のり長いけど、がんばるぞ!

【追記4】それはどんな思想なのか?ということを言葉にして体系化していくには、僕だけでは足りないかなとも思っていて。同じようなことを感じている色んな領域の人(例えば情報学者のドミニクさんや、精神科医の星野概念さん、編集者の藤本智士さんのような)たちの力でより輪郭がはっきりしていくのではないかと思うな。僕は新しいものを提案する革新者ではなく、文化の継承者だからね。

【追記5】僕なりに言葉にしてきたものは、以下の著作をお読みください。

発酵文化人類学→☆
日本発酵紀行→☆

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