黒糖焼酎をめぐる、アジア的蒸留酒のミステリー

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▶黒糖焼酎をめぐる、アジア的蒸留酒のミステリー ソトコト17年6月掲載

こないだ奄美大島を訪ねてきました。目的は黒糖焼酎の醸造現場を見に行くこと。奄美諸島で育まれたこの不思議な発酵文化を紐解くことで、アジアにおけるお酒のルーツが見えてくるのではないか…?と期待して足を運んでみたら大当たり。黒糖焼酎を通して、東アジアへの「発酵の海道」が見えてくるのでした。

そもそも黒糖焼酎とは何だろうか

それではまず黒糖焼酎の説明をしよう。米でつくった麹を水に漬けて発酵させ、もろみ(酒母)をつくる。次にそのもろみにサトウキビを精製してつくった黒糖と水を足し、チョコレートのようなどぶろくをつくる。そのどぶろくを蒸留器で何度も蒸留(液体を蒸発させ、アルコール分を取り出す)、アルコール度数25~40度の酒を取り出したものが黒糖焼酎。もろみに米を足すと米焼酎、芋を足すと芋焼酎、黒糖を足すと黒糖焼酎になるんですね。

そしてだな。麹をつくる時の麹菌の種類も特徴的。日本酒をつくる黄麹菌でも、焼酎をつくる白麹菌でもなく、泡盛をつくる黒麹菌でつくる蔵がけっこうあります。全国に流通している大手のメーカーは焼酎用の白麹菌で飲みやすく仕上げているが、地元の小さな蔵には泡盛のような方法論で黒糖焼酎をつくるところがある。これらのローカル黒糖焼酎は、九州の焼酎文化とは一線を画す、僕なりに表現すれば「ものすごくオリエンタルなパンチのある風味」を持つ蒸留酒なんだね。

黒糖焼酎のルーツは琉球由来?

これは地理的に見れば納得の話で、奄美諸島は鹿児島県なのだけど文化的には琉球のルーツが色濃い。

黒麹菌で仕込んだ黒糖焼酎の発酵中のもろみを舐めさせてもらったのだけれど、コクと苦味と濃厚な甘みと酸味をあわせもった複雑精緻な旨味が醸し出されていた。淡麗な日本酒やスッキリとした焼酎をつくるときに複雑な風味は雑味として嫌われることが多いのだけど、南国のノラカビとしてサバイブしてきた黒麹菌(ルーツとされる菌は学名でアスペルギルス・リュウキュウエンシスという)独特の酸味と苦味が、黒糖の力強い甘味とバッチリはまるのだな。

焼酎×泡盛×ラム?

黒糖焼酎の原料になるサトウキビは、実はラム酒の原料でもある。なぜ一度麹でもろみを作ってからわざわざ黒糖を発酵させる必要があるのだろうか?最初から黒糖のみで酒をつくることも可能なのに。…と現地に行くまで不思議で仕方なかったのだけど、答えはシンプルでした。奄美には元々琉球から伝わった焼酎文化があり、離島では穀物や芋などの主食を原料とするよりも黒糖のほうが作物として合理的だったんだね。醸造工程はややめんどくさいのだが、その変わり焼酎と泡盛とラムのいいとこ取りをしたような個性的な酒ができあがった。僕のお邪魔した小さな蔵では、ラムのように樽で長期熟成させる琥珀色の黒糖焼酎の実験をしていた(色が透明じゃなくなると厳密には焼酎と呼べなくなってしまうのだけど)。これは奄美諸島以外に類を見ない、ものすごいキャパシティを持つ酒文化なんですよ。小さな島々に異なる文化の醸造技術が流れ込み、この地域独特の気候と作物とケミストリーを起こすことで、他の何物にも似ていない官能性を育て上げた。

黒糖焼酎のルーツを西へと辿っていくと、琉球王朝、台湾、そして東アジアの大陸へと行き着く。そう。奄美諸島はアジアにおける「蒸留酒の海の道」の東端なのであるよ。

【追記】黒糖焼酎のお供に欠かせないのが、奄美の島唄。みんなで歌い踊りながら黒糖焼酎を楽しむのが、奄美の最高のエンターテイメントなのです。


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