こんにちは、ヒラクです。4月から、新しいスタッフを迎えることができました。

で。
新しい人がやってくるということは、その人たちに改めて「合同会社++とは何であるか」を説明することになります。基本的な理念はもちろん、働きかたのスタンスなんかも。

その中で僕たちが会社をつくるときに掲げた、5年後5億円30人という数字の目標を改めて考えなおすことになったんですね。
いったいこの数字は何を意味しているのか。今一度ここに記しておこうと思います。

僕たちは、大きく成長しません。

5年後5億円30人と聞いて、みなまさどう思いますか?

「ふん、そんなちっちゃい目標で満足なのかね、ヒラクくんは」

「えッ…、地営業とかいってるクセにそんなに大きくなるんですか?」

野心溢れる起業家や大きな組織で働いている人は前者のコメント。個人事業主や小さな組織で働く人はだいたい後者のコメントです。
で、++のやっていることに興味を持ってくれている人は後者が多い。ので、

「けっきょくアナタたちも飽くなき成長を追い求めているんですね」
ということになるんだけど、聞いてくれ。実は違うんだ。

これは、この組織の「限界」を示した数値なんですよ。
そう。つまり僕たちはこれ以上大きくなるつもりはないんですね。成長するとしたら、30人まで。ここがボーダーだよ、と創業する時に決めたのです。

規模を限定することで、自由に発想できる。

最初はなんとなく直感に近い感じで「30人くらいかな」と決めたのですが、実は現実的なメリットもある(←と最近気づいた)。
雇用制度とか、事業計画を立てるメソッドとか、人事評価とかって基本「無制限に成長し続けて大企業になる」前提でテンプレートになっています。

えーと。具体的にはこんな感じじゃなかろうか。
毎年物価がインフレし、市場が大きくなるからサービスの需要が自動的に大きくなり、だからどんどん人が増えて気づいたら1000人になってた。
そうなると、一人ひとりと面談して給料とか働き方とか決めるの手間がかかりすぎるし、20個ある事業部の計画づくりはある程度共通フォーマット化しないとだしなあ…となるわけです、普通は(規模が大きくなってもそうじゃない会社もあるけどね)。

で、今は何が起きているかというと、制度を設計する前提が変わった。
物価はどっちかというとデフレだし、市場は全体でいうとシュリンクしているし、全体的に「超安パイな必勝ビジネスモデル」は無いよね。
だから状況は変化が激しくなり、流動的になる。

ルールを設計するのは難しくないけど、そのルールを撤廃するのは難しい(作るために頑張った人の反発もでてくるし)。
でも状況はどんどん変わり、ルールは陳腐化する。

…としたら、ルールはなるべくシンプルにゆるくしたほうがいい。
そして、「シンプルでゆるく」が通用するかどうかは「規模」に関与してくる部分が大きい。
1000人で「シンプルでゆるく」はすんごくハードル高そう。でも30人はどうよ?結構イメージできるんじゃない?
…なーんて思うんですよね。

今、日本の経済構造で何が起きているかというと、制度設計の前提のミスマッチなのではないかと。
使えるテンプレが、windows XPのバージョンまでしかリリースされてないんだけど、現実使っているのはWindows8.1でタッチパネルだよ、みたいな(でもお役所とか金融機関のシステムはまだけっこうXPという状況)。

このミスマッチを避けるためには、「規模を限定する」のはひとつの有効な戦略なのです。

(なんてビシッと断言すると「コイツよく考えてるわ〜」みたいに見えるけど、
実際は「たまたま」です。( ー`дー´)キリッ)

『自律した30人の組織』が目指す理想型だッ!

さて。そして30人に限定するもう一つの理由。
それは、『みんな自律して仕事できそうな数』だってのがあるのです。

このエントリーでも書いたように、合同会社++は「合同会社」という枠組でできた会社なので「水平構造」で物事が動き、フラットな組織を志向することが宿命付けられています。

でもね。このやり方にも「前提」がいるんですよ。
それは何かというと、「一緒に働く人を信じる」ということです。

「出たな、キレイ事!」ってな話ですけど、いや本当そうなんですよ。
今の雇用制度(タイムカード押してね、とかさ)って、「従業員性悪説」が前提だそうな。だから、「一緒に働いているアイツは信用ならん」ということになり、時間を縛り、働き方をしばり、身分も縛ることになる。

これって、「大きな規模の組織」だったら必然的かもしれない。
社長が全部のスタッフの働きかたを見られないし、組織のパフォーマンスを維持して売上目標を達成して株主を満足させるためにはねえ…
というロジックになる(それでもその中で違う仕組みをつくろうという大きな会社もあるけど)。

しかし!ここでまた葛藤が起こることになります。
働いている人(←創業者以外)が「自分のしている仕事の意味付けを自分ですることができない」というジレンマですね。これはもう説明不要で、「いったい自分の仕事の意義が何か」ということで悩む人は多い。
そして、(僕の仕事の経験の範囲ですけど)経営者側もジレンマを抱えている。「新しいビジネスモデルやサービスができなくなってヤバい」という焦燥感です。今までと違う視点のものは、「縛られている仕事」からはなかなか生まれない。でも、前述したように「いったん作った仕組みを変えるのは簡単じゃない」というところでめっちゃめちゃ悩む。

…さて。じゃあ僕たちはどうしよっか。
と考えたときに「従業員性善説」がキレイ事として現実に通用しそうな範囲はどのくらいか、と想像したときにやっぱり「30人くらいかな」と。
これぐらいなら超システマティックな仕組みでなくても、個別に相談したら人事評価も一人ひとりにあわせてできそうだし、フットワーク軽く、個の力とチームプレイのバランスも取れそうだし、情報だけでなく「モノ」も最低限動かせる(←ココ大事)。

30人くらいなら、「自分の仕事の意義は何ぞ」という不条理を感じることなく、社会的な課題解決を示すアクションも起こせて、基本朗らかで「良い感じの組織」になってそう。「自律した30人の組織」ができそう!…という算段なわけよ(とはいえ簡単じゃないと思うけどね)。

自分で事業やるようになってわかったけど、僕にもやっぱり「オラオラ!」な願望があるわけです。
事業を大きくしたい、とかでっかくしたらカッコいい、とかね。そういうのが自分にもあるんだなと。だから、「水平構造」の手間のかかる感じとか、フラジャイルな感じに「大丈夫かいな」と思うのです。

思うんだけど、その時にいつも戻ってくるんです。

「いや、これでいいんだ。だって、30人までだもん。僕にとっての成功は、幸せかつ多様性溢れる30人の生態系がつくることなんだ」

「なるほど。となると、今度はその30人とどうやって出会うか、という問題になるわけだ」

「で、出会う…??とは?」

「ふふふ…。教えてやろう。それは『採用』だ。」

「………!?、そしてアナタはいったい…?」

(To be continued…)