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発酵の反対は呼吸?エネルギーの観点から発酵を捉えてみる

『発酵文化人類学』の出版記念企画として、雑誌ソトコトの連載バックナンバーを無料公開!  なぜそんなことをするかというと、書籍版は過去の連載記事を全部無視した「完全書きおろしREMIX」だからなのだ!

▶発酵の反対は呼吸?エネルギーの観点から発酵を捉えてみるソトコト16年10月号掲載

突然ですが問題です。「発酵」の対義語は何でしょう?

「えっ、腐敗に決まってるじゃん」

うん。そうなんだけど、実はもう一個答えがある。それはなんと「呼吸」なのさ。前回宿酔いのサイエンスに引き続き発酵という現象をさらにディープに掘り下げていきたいと思います。押忍!

生物は呼吸でエネルギーを得る

伝説の潜水夫ジャック・マイヨールでも10分間呼吸をしないと死んでしまう。僕たち人間をはじめ、ほとんどの生物は酸素を呼吸することで生きている(魚だってエラで水中の酸素を呼吸している)。生物学的に見てみると、呼吸はめちゃ効率のいいエネルギー獲得テクなのだね。
食べたものを酸素と反応させることで高速かつ徹底的に分解し、その過程でATP(アデノシン三リン酸)と呼ばれる、生物界における「ドル札」を大量生産する。なぜドル札と表現するかというとだな。ATPは身体中の細胞に持ち運び可能で、必要な時に必要なだけエネルギーに交換することができる。エネルギーを溜めたり使ったりできる便利な存在なのだね。しかも異なる細胞や生物種のあいだでも共通で使えるから、共通通貨=ドル札なのさ。

発酵の効率の悪さが役に立つ

呼吸が酸素を使って効率良くエネルギー(ATP)を得る現象だとすると、発酵はその逆。酸素を使わずに、その生物の消化酵素だけで分解してエネルギーを得る。地球上に酸素がなかった時代からサバイブし続けている微生物たちは、酸素も太陽の光もなくても発酵することによって生きていくことができる。
これが生物学的な発酵の厳密な定義だ。(別にこんなこと知っていても合コンではモテないけどね)

便利な酸素という触媒を使わないので発酵のエネルギー獲得は効率が悪い(呼吸の1/16のATPしかつくれない)。
しかしこの「効率の悪さ」こそが、発酵が僕たち人間にとって役立つ理由なのさ。呼吸は取り込んだ物質をほとんど分解し尽くすが、発酵はちょっとのエネルギーを得るかわりにたくさんの余剰物を排出する。つまりなんだ、山盛り食べても速攻トイレ行って全然太らない大食いギャルタレントみたいなヤツなんだよ、発酵菌は。

でね。この大量の余剰物ってのが「乳酸=ヨーグルト」とか「アルコール=お酒」のこと。発酵食品とは「菌が消化しきれずに排出したウンチとかオシッコを人間がありがたく頂いているもの」のことです。

そこのアナタ、嫌そうな顔しないッ!

醤油や酒を撹拌する理由

よく醤油蔵で職人が桶のなかのもろみをかき混ぜていたりするでしょう。これは何をしているかというと、微生物の発酵と呼吸をスイッチしているんだね。もろみの表面には酸素があるので、ある種の発酵菌は呼吸することができる。でもそれだと人間に役立つ物質ができないから、そいつらを酸素のないもろみのなかに引っ張り込む。そうすると菌たちは「酸素なくなった!しょうがない、発酵するか〜」と代謝を切り替え、わずかなエネルギー(ATP)と引き換えに、せっせと人間サマが喜ぶ物質を献上するわけです。

…と書いているうちに、人間が発酵菌を薄給でこき使うブラック企業の経営者のように見えてきてしまったではないか。困ったもんだ。

【追記】呼吸と発酵におけるエネルギー(ATP)獲得方法の比較。酸素を使うことで分解を促進、複雑な代謝回路を経て多量のエネルギーを得ることができる。対して発酵はめっちゃシンプル。


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