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設計図を超える美を目指せ!新政に見る攻めの酒づくりの秘密<前編>

右から司会ののんびり編集長藤本さん、新政の杜氏古関さん、僕。

ちょっと前のことだけど、新政のおはなし。

去る4/5、秋田駅近くの市民市場で、秋田の銘酒『新政』の杜氏(←酒造りの棟梁)古関さんとトークイベントをしてきました。で、これがとても面白かったのでブログで感想をまとめておくぜ。

・新政酒造の杜氏・古関弘と発酵デザイナー・小倉ヒラクの対談!〈なんも大学〉| COLOCAL

新政は近代日本酒のルーツだ!

まず新政について。
新政は、日本酒の近代以降の歴史においてエポックメイキングな酒蔵なんですね。
なぜかというと、明治時代にここの酒蔵から『きょうかい6号酵母』という酵母が分離されたのであるよ。

ちなみに酵母(菌)は、アルコールとガスをつくる=酒をつくる発酵菌。
世界中、全ての酒はこの酵母の発酵によってつくられる。

日本酒づくりにおいて、ほとんどの酵母は業界標準の『きょうかい酵母』というものを使う(パンづくりにおけるカメリアとかホシノ酵母をイメージしてください)。かつては各蔵に住みついていた野生酵母を使っていたのだけど、安定した酒造りができないので、どの蔵でも標準で使える酵母を国税局が開発・販売するようになったのだね。

で。現在使われているほぼ全ての『きょうかい酵母』のルーツは、新政の蔵に住んでいた酵母なのであるよ。

「ということはなんだ、今私たちが飲んでいる酒の祖先は新政だってことかい?」

そうそう。そうなんです。
でね、僕も実験で新政の6号酵母を取り扱ってみたことあるんだけど、現在メインで使われている7号酵母や9号酵母(どっちも6号の子孫)よりも、ワイルドというか、野生に近い性質を残した酵母なんですね。

新政の酒は、近代日本酒のルーツとなった蔵付き酵母をずっと使い続けている稀有な蔵。そしてこのワイルドな酵母をどうやって手なづけているのかを知りたかったわけさ。

超攻めの日本酒づくり

新政の酒づくりのルールは「県産米・純米・生酛」の3つ。
こうやって書くと別になんてことないのだけど、日本酒業界関係者からするとパンク極まりない原則なのよ。

▶まず①の県産米。
日本酒づくりに使われる米(←酒造好適米と言う)は、兵庫の山田錦、岡山の雄町、新潟の五百万石あたりのメジャーなお米がほとんどのシェアを占める。しかし新政は外のブランドに頼ることなく、ローカルなお米にこだわる。これはもともと新政酒造が災害対策用の備蓄米の運用から始まった組織であることに起因する(たぶん)。

▶次に②の純米。
これは「お米と水だけを使って酒をつくる」ということだ。いっけん当たり前のように見えるが、実は日本で流通している日本酒の7〜8割は醸造用アルコールを添加してつくられている。つまり、味を整えるために工業的プロセスを取り入れているのだが、新政はあくまでも本来の酒づくりにこだわっている。

…と書くとよくある「匠のこだわり」的な話に着地しそうだが、実は純米しかやらないというのは大変な英断なのであるよ。なんでかというと、日本酒のメインカスタマーである「50代以上のおじちゃん」が飲んできた日本酒はほとんどが「アルコールを添加した酒」だ(黄桜とか大関とかのパック酒を思い起こしていただきたい)。彼らにとって純米の酒というのは「高級で落ち着かない味」になる。

・真のセンスとは「見えない定規」を見つけること。

つまり「純米酒しかつくらんぜ」ということは、日本酒のオールドファンに見放されてもかまわない、ということだ。年代が下れば下るほど日本酒を飲む層は減っていくが、それでも未来のほうを向くという決断なのであるね(この決断ができない酒蔵は日本中にごまんとある)。

▶最後に③の生酛。
発酵デザイナー的に言うと、これが一番の冒険。
江戸時代に確立した日本酒づくりのオリジナルレシピでは、酒づくりの初期段階で『山卸(やまおろし)』という、蔵に住む乳酸菌(ヨーグルトにいる発酵菌)をおろしてきて、酵母が育つ環境を整えるというオペレーションがある。
しかし、明治後半にかけてこのオペレーションを省略する『速醸(はやく発酵させる)』という方法が開発された。これにより酒づくりが高速化され、しかも菌が暴走して味が酸っぱくなったり腐ったりする事が回避されるようになった。
なんだけど、新政はこの速醸を使わず、江戸時代の生酛の方法を選んだ。しかも全てのラインナップぜんぶ(生酛も部分的に作っている酒蔵はいっぱいあるが、生酛だけは珍しい)。

生酛だけ、というのはめちゃリスクが高い。なぜかというと、もし雑菌の汚染があったら蔵の酒全てを捨てなければいけないからだ(昔はよく汚染で酒蔵が倒産していたらしい)。
しかしメリットもある。蔵付きの乳酸菌を活かす酒づくりは、個性が出しやすい。工業技術によって製造プロセスを標準化した結果、日本酒の味が平均化してしまったことに対するアンチテーゼだ。

・「◯◯っぽいもの」が文化を終わらせる。イノベーションは「人間らしさ」のために

上記のように、新政の酒づくりはリスク×リスク×リスクという、リスクの3乗をかけ合わせた攻めの酒づくりであり、サッカーで言うところのビエルサ監督が率いたチリ代表かアスレチック・ビルバオみたいなクレイジーさであるよ。

…と細かく解説していたら長くなってしまったので続きは後編。
なぜ新政はこんなに攻めるのか?次回に続く。

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