僕は作家だったのだ。世界に飽きず、面白く生きる。

こないだスープ作家の有賀さんが浦和PARCOの催事に立ち寄ってくれた時のこと。
僕の新著について嬉しい感想を伝えてくれました。

出版から二か月、これまで体験したことのない反応をもらっています。
醸造や食の業界に留まらず、工芸はじめものづくり全般、ビジネス領域、政治や哲学、さらには時事ニュースまで。発酵の本を書いていた時にはあり得ない、広範囲からの声が届いている。

例えば。
竹細工のつくり手からの「自分のやっていることは小文字の伝統です!」という共感。
麹屋さんや酒蔵からの「これからのものづくりの指針にしたい」という嬉しい感想。

特別番組をご一緒した斎藤工さんからは「この本を読んでから、映画に関わる意識が変わりました」という言葉が印象的でした。

哲学者の知人、下西風澄さんからは「戦後、日本のリベラル層が向き合ってこなかった課題に挑んでいる本ではないか」とコメントがあり、

批評家の宇野常寛さんからは「この本は和辻哲郎の風土論をアップデートしうる可能性がある」とめちゃ褒めてもらいました(宇野さんふだん辛口だから嬉しい)。

生物・自然科学領域の先輩からの声も届いてこれもとっても嬉しい。

お寺の住職から「最近お墓を放棄する人が増えている時代に、受け継ぐとは何かを考えさせられました」という声があったり、林業関係者から「ぜひ林業に携わる人たちにもヒラクさんの話を聞いて欲しい」と講演会のお誘いがきたり。

デザイナー時代にお世話になっていたデザイン振興会からも登壇のお誘いがきました。

他にも友人のデザイナーから「この本をテーマに読書会しました」という声もあって、醸造業界とならんでデザイン業界に刺さっているようです(ありがたし)。

他にも紹介しきれないほど本当にたくさんの声をもらって、著者である僕も「こんな伝統の世界もあるんだ」「こんなところにも小文字の伝統が流れているんだ」と興奮しっぱなしです。

改めてみなさまありがとうございます。

僕は作家だったのだ。

冒頭の有賀さんの話に戻るとだな。
この本を書いて、たくさんの声が返ってきて、(ほんの少しだとしても)社会の価値観を動かしている。その状況を見て、

「僕はもう、作家と名乗ってもよいのでは?」

と自然に思えるようになりました。
これまで何冊も本を出し、展覧会やったり名目上アーティストとして作品展示したりしてきましたが、作家と名乗ったことはなかったんです。
僕は発酵や地域の文化、サイエンスやデザインの「ナビゲーター」であり、主体的な表現を追い求めるのが領分ではないと思っていたので。

なんですがスープ「作家」と名乗っている有賀さんから、

「作家とは肩書でなく状態である」

という言葉を聞いて、腑に落ちることがありました。
こないだポッドキャストのNews Connectで、小説家の岩井圭也さんと今村翔吾さんの対談を聴いていました。

この中で今村さんが作家を続けていくには「魂を燃やさないといけない」というような話をしていました。今村さんにとって、作家でいることは目的ではなく、魂を燃やすことが目的。そのために作家という状態でい続けている。

なるほど。僕もそうだ。
僕がデザイナーをドロップアウトして微生物の世界に入ったのも、そこが未知のフロンティアでかつ僕のようなことをする人がいなかったので、とにかく面白かった。魂が燃えていた。それが原点。

新著を書く前まで、実は僕はちょっと燃え尽きていました。
それは単に忙しかっただけではなく「社会に求められるもの」を優先しすぎていて、魂の火が消えかけていたのが原因。

新著も、最初はものづくりの危機に対してどうするか…!という使命感から書き始めましたが、未知のテーマに挑む難しさや面白さを感じて、最後はヘロヘロになりつつ生きてる実感を感じていました。

過去の自分を更新する。未知に挑戦し、世界を変える価値をつくる。何より世界を面白がる。
作家とは「どこまでも世界に飽きない状態」だ。

新著『僕たちは伝統とどう生きるか』をもって、自分は作家であると宣言するぞ。
使命を持ちながら使命に潰されず、面白く生きます。

Published by

小倉 ヒラク

発酵デザイナー。1983年、東京都生まれ。 「見えない発酵菌の働きを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、全国の醸造家や研究者たちとプロジェクトを展開。下北沢「発酵デパートメント」オーナー。著書に『発酵文化人類学』『日本発酵紀行』など多数。