新著『僕たちは伝統とどう生きるか』。本当にたくさんの事前予約をもらい(4/4時点で1300冊超)、今日からVALUE BOOKSでの事前予約の本が届き始め、発酵デパートメント二階の本屋B&Bでの出版記念イベント&先行販売も始まりました。
そう。ついに世に出てしまったんだよ、新著が。
実物をパラパラめくっていたら訂正&補足せねばいけないところに気づいてしまいました。校了ギリギリまで書き直し続けていたので、ちゃんと確認できなかった…不甲斐ない….。
ということで。事実誤認や混乱がないように、初版(4/4リリースぶん)の時点で僕が気づいた訂正&補足をこのブログにまとめていきます。ポッドキャスト #ただいま発酵中 リスナーおなじみの懺悔を、本でもやります。
幅広いトピックスを取り扱うと勘違い、思い違い、理解不足が出てくる。僕は智者としてのプライドないので、先回りしてみんなに懺悔する…!至らない僕だが、明日にはほんのちょっとでも良い人間でありたい。
『僕たちは伝統とどう生きるか』訂正&補足
※2026.4/4更新↓
p.168 第四章
【訂正】岡本太郎は美術作品のことを「うんち」と呼ぶ。
→岡本太郎は「うんち」とは呼んでません!これ僕の完璧な勘違い。なんでこんなこと書いちゃったんだろう…と思い返したら、大好きなタナカカツキさんの漫画『オッス!トン子ちゃん』の影響でした。
この漫画の第一巻で、主人公のトン子ちゃんが岡本太郎美術館の中で「ここにある作品のことをみんなウンコだと思ってごらんなさい」というページがあるんです。このエピソードが好きすぎてやらかしてしまったことです…(しかも「うんち」じゃなくて「ウンコ」)。
なお岡本太郎自身の発現では、芸術は「きれいであってはならない」、「内にあるすべてのものを、目、耳、口、そして全身の毛穴から吹き出さしてしまうのです」と言っていて、本書の文脈とは大きくかけはなれないかなとは思っています。
『オッス!トン子ちゃん』好きで何度も読み返しすぎて自分の無意識に刷り込まれておりました。僕の本の後半部が面白いと思った人はぜひ読んでみてね、トン子ちゃん(『サ道』だけじゃないんだよ)。
p.208 第五章
【補足】鵜匠の写真は木曽川
→キャプション的には間違っていないのだけど、本文では基本的には長良川の鵜飼の話をしているので混乱のないよう補足。この写真は長良川の一本向こう側の水系の木曽川の鵜飼の写真。鵜飼は長良川だけでなく日本全国でやっているのです。僕のホームである山梨では舟を使わない珍しい鵜飼を夏限定でやってます。
長良川だったら文脈的に違和感ないけど、この写真ほんと最高なんだもの…!
※2026.4/22更新↓
p.72 第二章
【訂正】ガダマーが解釈学を学んでいた 19 世紀前半→20世紀前半
→これも僕のうっかり。ガダマーは1900年生まれなので、解釈学を学んでいたのは20世紀前半でした。それに際してもう一点。補足。注釈入れようかどうか迷って結局見送ったのですが、ガダマーがこの頃に学び、乗り越えようとしたのはヘルダー本人(18世紀後半)ではなく、ロマン主義的な歴史意識をベースにした解釈学を展開していた19世紀の先輩たち。とりわけガダマーが言及しているのがシュライアーマッハー(18世紀後半から19世紀後半)続くディルタイ(19世紀中頃から後半)。解釈学の解説本じゃないので割愛しましたが、18世紀後半のロマン主義勃興から解釈学の発展やドイツ観念論の発展(と批判)とともにガダマーの思想がかたちづくられていきます。
なおガダマーは五章に出てくる和辻哲郎と同じくハイデガーに大きく影響を受け(ていうか教え子)、その後師を批判的に乗り越えようとした人でもありました。
ちょっと哲学の話になっちゃいますが、二章のガダマーと五章の和辻哲郎はともに、あるい意味ヨーロッパの伝統的哲学の頂点を極めたハイデガーの超越的主体とは違うアイデアを持ち込んだ思想家でした。ガダマーは「解釈し続ける人の連なり」に、和辻は「風土」に。世界を俯瞰する「個の意識」とは違う、個の意識を越えたフィードバックによって生まれる世界の意味をそれぞれの専門で考え続けたのです。
他に大きいものに気づいたらここに記載していきます。
増刷する時に順次なおしていくので記録用に。
それでは新著『僕たちは伝統とどう生きるか』お楽しみください。
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