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『発酵文化人類学』まえがき

2017年に出版した『発酵文化人類学』。
口コミでだんだんと広がっているようなので「気になるけど、どんな本なのだろうか?」という人のためにまえがきを公開することにしました。
今年もたくさんの人に読まれますように。

発酵をめぐる冒険に、いざ出発!

02

みなさまはじめまして。発酵デザイナーの小倉ヒラクです。

「発酵デザイナー?いったいナニモノ?」

まあそうなりますよね。
僕は、目に見えない微生物の世界のナビゲーター。普段意識しないけれど、実は僕たちの暮らしを支えている発酵菌たちのエヴァンジェリスト(伝道師)として、日本はもちろん世界の東西南北あちこちを巡りながら、世界中で育まれた不思議な発酵文化を皆さまに伝える仕事をしているのです。

「伝えるだって?どんな風に?」

そのためにこの本があるのだ!
CMや雑誌の特集で見かける「発酵」というキーワード。一般的には「美味しい」とか「健康にいい」とか実利的な側面で語られることが多いけれど、実は文化的に紐解いてみるともっと奥深い魅力を発見することができる。
世間では「発酵ラブコミュニティ」のメンバーが密かに増加の一途を辿っているのだが、これは「おいしい」「健康にいい」のその奥に隠された「ひみつの扉」を開けてしまった人たちのこと。

「発酵のひみつ」をひとたび知れば、見えないはずの微生物たちと友だちになれる。
「微生物の視点」を借りれば、この社会のカタチが今までと違って見える。

この本を読めば、発酵の仕組みがなんとなくわかるのはもちろん、微生物と人間の関わり、僕たちが長年培ってきた暮らしの文化の奥深さ、日本人がどのように「見えない自然と向かい合ってきたのか」というスタンス、そして美味しさや美しさを感じる美意識のカラクリなど、いろんな「ひみつ」が見えてくる。

文化の本質は隠されている。
目に見えない自然のシンボルである微生物たちは、隠されたもの「ひみつ」をこっそり教えてくれるメッセンジャー。
微生物の目線で社会を見てみよう。そこには「ホモ・ファーメンタム(発酵する人類)」が愉快に食卓を囲んでいる姿が見えるはずだ。

発酵文化人類学とは何か?

01

それでは本編を始める前に、本書のタイトルにもなっている「発酵文化人類学」の定義をしたいと思います(なぜなら僕が勝手につくった造語だからね!)。

僕は大学時代に文学部で文化人類学を学んでいました。
十代の終わりからバックパックかついで世界中あちこち旅して、色んな文化を見て回るのが好きでして。文化人類学という学問は「なぜ世界にはこんなにもたくさんの文化があるのか」という疑問に視点を与えてくれたんですね。
僻地にせっせと足を運んで宝飾品や器を集めたり、祭りや入れ墨や建築の細かい特徴を写し取ってコレクションにしたりする。旅が終わったら書斎に戻ってきて、素材を分類して分析し、具体的なオブジェやモチーフの裏に潜む「文化のひみつ」をあぶり出す…

という文化人類学者の姿は、バックパッカーやってモラトリアムを満喫していた自分を勇気づけてくれる憧れの存在でした。

そして時は流れ、僕はデザイナー兼発酵研究家という不思議な仕事をするようになり、僻地にせっせと足を運び、お味噌だのお酒だの、醸造用の道具だの、蔵の土壁のカケラだのをせっせと収集し、自宅に持ち帰った素材を顕微鏡で覗き込みながらああだこうだと研究するようになりました。

あれっ…なんかこれって大学時代に夢中だった文化人類学の研究に似ているぞ?
と気づいた瞬間に「発酵+文化人類学」という発想が浮かんだのだな。

発酵の道は「生命工学と社会学の交差点」。
お酒が発酵する現象は、化学式に変換できる=生命工学。けれども、どうして人それぞれ好きなお酒が違うのかは、化学式にはできない=社会学。
文化人類学も同じような構造になっている。
様々なオブジェや民話をデータとして分解して共通項を再構築して体系化する=情報工学。けれども、どうして人類がこんなにも多様な文化を生み出したのかは、想像力の発露がいる=社会学。

具体的なモノからスタートし、抽象的なメソッドとして体系化する。そしてその先に歴史の奥に隠された「世界のひみつ」の扉が開く。そのドアを開けるにはクリエイティブな感性と広い視野でものを見る思考力が試される。
これはまさに、文化人類学からスタートし、デザイナーを通過し、発酵に行き着いた僕にしかできない試みではないか…?と勝手に思い込んでしまったが最後、各地で面白い発酵食品や微生物を見るたびに「僕は今、発酵文化人類学者なのだ…!」とがぜん研究モードになっているわけなのでした、

さてでは「発酵文化人類学」を暫定ですが定義してみましょう。
発酵文化人類学とは、

・ 発酵文化を通して、人類の暮らしの文化や技術の謎を紐解く学問

のこと。生命工学=バイオテクノロジーの応用研究のように、新しい技術や商品を開発するのではなく、すでにあるものを集めて編集しなおし、文化や技術の歴史に新しい視点を持ち込む。つまり、発明するものは「技術」ではなく「視点」。
「発酵」や「微生物」というキーワードによって、今まで関係ないと思われたものの関連性が明らかになったり、当たり前すぎて見落としていた文化の重要性が思いもかけないスケールで浮上してくる…そんなことを目指していきたいと思っています。押忍!

 僕が発酵デザイナーになるまで

「どうして発酵デザイナーと名乗ろうと思ったんですか?」

はじめましての人にほぼ確実に聞かれるこの質問。いつも「いやあ、微生物が好きでね〜」と照れ笑いしてごまかしているのですが、これを機に紆余曲折をちゃんと説明してみることにしようではないか。

大学時代の終わり、僕は旅の総決算として一年大学を休学してパリで美術の勉強をすることにしました(外国にしばらくの間住んでみたかったのが本音)。僕がいたのは、パリの東端ベルヴィルという移民街。フランス人よりもアフリカやアジア、東欧からの移民のほうが多いカオスな環境で楽しく過ごして帰国してみると、就職活動の時期はとっくに終わり、就職口が決まらないまま卒業。そのままブラブラしているうちに「絵を描けるんだったら、イラストやデザインの仕事もできるだろ」と細々とした仕事が来るようになり、そのうちスキンケアの会社のデザイン部門にひろわれ、そこから独立して自分で事務所を構え…
と、気づいたらいっぱしのデザイナーになってバリバリ仕事していたのが二十代半ばの頃。
(就活せずにパリで美術の勉強したのが転機になった。人生に無駄はないぜ)

無職でやることなくてブラブラしていた状況から、「どれだけやっても終わらないほど仕事がある」というのが嬉しくて、夜遅くまで働いて、その後朝方まで友だちと遊んで…というのを繰り返していたら、ある朝「あれっ?カラダが動かないぞ」というゾンビ状態になっていました。
歩いていると目眩がして倒れるし、雨が降ったり風が強いと耳鳴りがヒドい。全身に血が回っている感じがしないし、何を食べても美味しくないし、アタマも全然回らない。そのうち小さな頃の持病だった喘息やアトピーがぶり返して、咳のしすぎで夜眠れないし、首や関節の皮膚が乾いてボロボロ。
そんな頃に出会ったのが、山梨の老舗味噌屋、五味醤油の末娘(スキンケア会社の同僚)と、彼女の大学の恩師である発酵学者の小泉武夫センセイ。味噌屋の娘と小泉センセイの研究室を訪ねると、小泉センセイは僕の顔を見るなり、

「お前ッ…さては免疫不全だな。味噌汁飲め!納豆と漬物食え!」

と猛烈プッシュ。
で、それを実行してみたところ、あら不思議、だんだんと朝の低体温&低血圧がなくなり、それとともに喘息もアトピーをおさまっていったのでした。
それから小泉センセイの著作を読んで「発酵って面白いなあ」と興味を持ち始めた頃、味噌屋の末娘から「ヒラクさん、独立したんだったらウチの味噌屋のデザインやってくださいよ」と頼まれ、山梨の蔵を訪ねることに。
大きな木樽がたくさん並ぶ味噌蔵の、ひんやりと心地いい空間にしばらく佇んでいたところ、突如、

「ヒラク君…聞こえてますか…僕たち、発酵菌です…。キミの力で…僕たちのことを、人間界に伝えてほしいんだけど…今からこっちの世界に来られますか…?」

と、微生物が自分を呼ぶ声が聞こえたような気がしたんですね(たぶん錯覚だけど、思い込みが人生を変えるということもままある)。
そのお味噌屋さんの仕事を皮切りに、酒蔵や醤油蔵、ビールメーカーなど、全国各地の醸造家たちからデザインの仕事を頼まれるようになり、いつしか「やたら発酵に詳しいデザイナーがいるぞ」という噂が広まり、発酵に関わるデザインの専門家のようになっていきました。
「これはもう、普通に『デザイナー』と名乗っている場合ではないのでは?ていうかもはや本格的に微生物界に参入するしかないのでは?」
と覚悟を決め、

「自分は発酵デザイナーである。これからは発酵と微生物に関わる仕事しかやらないのでよろしく」

と宣言したのが2014年のこと。
今までの仕事に区切りをつけてヒマをつくり、三十歳を過ぎて東京農業大学の醸造科に研究生として入りなおし、改めて微生物の世界を本格的に学ぶことに。
この瞬間、世界で唯一の「デザイナー兼微生物研究家」という不思議な肩書が生まれたのでした。

「発酵をめぐる冒険」にいざ出発!

「そんなニッチすぎる肩書で仕事あるのかよ?」

と周りは思ったかもしれないけれど、僕には勝算があった。
本編のなかで詳しく説明するが、発酵産業は巨大な産業であり、日本の市場だけに限定しても、食品だけで二兆円、医療や環境技術などを含めると10兆円を楽に超える。
建設業界に匹敵する巨大なマーケットであり、その広大なブルーオーシャンにいるデザイナーは僕ひとり。
微生物の世界は、目に見えないが巨大な金鉱なのであるよ。
「発酵デザイナーです。以後よろしく」と宣言してから、予想もつかないような不思議な依頼が次々と舞い込んできた。

発酵文化を旗印にしてまちおこしをしたい自治体から。
新しい技術を開発したものの、普通の人にそれをどう伝えていいか困っている企業から。
バイオ学科の理系学生と、デザイン学科の美術系学生をコラボさせたい大学から。
パッケージやパンフレット、WEBをデザインする「いわゆるデザイナー」の枠を超えて、半分研究者、半分コミュニケーターとして、技術や文化を橋渡しするのが、発酵デザイナーの役割だった。世の中には色んなニーズがあるもんだね。

そして。
発酵文化は地方の文化でもある。依頼の大半は、東京以外の地方の小都市や農漁村から。山にも平野にも海にも川にもそれぞれの風土に育まれた発酵文化がある。
そういう場所でデザインのプロジェクトをやるためには、その土地の歴史や風俗、地質をリサーチをしっかりしないと、説得力あるデザインはつくれない。

賢明な読者の皆さまはお気づきであろう。
ここで大学時代に学んだ「文化人類学」の方法論が活躍しまくったのであるよ。郷土資料館を訪ねて歴史を掘り起こしたり、村の長老から昔の暮らしぶりの聞き取りをしたり、農業や醸造の現場を訪ねて生産過程を詳しく調査したり、文化人類学者のフィールドワーク(現地調査)のノウハウが学問ではなくデザインの現場でめちゃくちゃ有効だった。
そういう意味では、僕は発酵デザイナーになったのと同時に、文化人類学者になる憧れもいくぶんかは叶えたのかもしれない。

で。僕の身の上話はもうちょっとで終わるよ。

色んな土地に行って見聞きしたことを、自分のブログでまとめていったところ、それを読んだ雑誌やWEBメディアの編集者からコラム執筆の依頼が来るようになり、全国各地の発酵食品や郷土文化のことを文章で伝える仕事も増えていった。
すると、それを読んだ自治体の職員や食関係の仕事をしている人から「ウチの発酵食品食べに来ませんか?」という、もはやデザインとは全然関係ないオファーが来るようになった。

気づけば、民俗学者の宮本常一のように(というと大げさだけど)、各地を歩いて発酵文化と微生物を見て回ることが仕事のようになっていた。
文化人類学、美術、デザイン、発酵…といっけん回り道ばかりしているように見えた僕の人生のパーツは、味噌蔵で出会った微生物たちの導きによりひとつのパズルに組み上げられた。

本書「発酵文化人類学」は、僕がデザイナーの手で全国津々浦々歩いて拾ったものを、発酵のスペシャリストの目で観察し、文化人類学のアタマを借りて掘り下げたフィールドノートだ。人生回り道するあいだに拾った雑多な知恵と技術を「ブリコラージュ」してこしらえた登山道具で、自分を導いてくれた農大の大先輩たちの登った山のその先を超えていきたい。

何千年も人類を魅了してやまない、発酵という険しくも優しさに満ちた高い山の頂(いただき)を目指して、いざ出発!


 

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