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名編集長はおばちゃん化する仮説。

美術手帖編集長と銀座で対談してきました。

こないだ発売された「新しい食特集号」の出版記念イベントでお呼ばれして、編集長の岩渕さんとなぜ美術のメディアが食に注目するのかをあれこれ掘り下げました。

日本各地で開催されている芸術祭に郷土食が欠かせないこと、コミュニケーションをテーマにした現代美術のトレンドに食がマッチしていることなどなど、アートと食のシンクロっぷりがよくわかりました。

名編集長は、おばちゃんである。

でね。
岩渕編集長とははじめましてでした。アート雑誌の編集長と聞くと、ウッディ・アレンの映画に出てきそうなひねくれインテリメガネの優男みたいな人が出てきそうですが、予想に反して岩渕さんは素朴かつ実直な佇まいのおにいさん。話も気取ったところがなくとっても聞き上手でした。めっちゃ気さくでオープンハート!

イベント終了後、美術手帖編集部とご飯食べにいってワイワイ話しているなかで、予想外の岩渕さんの気さくっぷりについて言及したらば、

岩渕「ヒラクさん。いい編集長を目指そうとすると、おばちゃんになるんです。」

えっ、いい編集長は、おばちゃん…ですか?

岩渕「だって初対面の人と仲良くなって色々話を聞かせてもらうわけでしょ。だからアタマ良いふりしちゃダメだし、誰でも気さくに気持ちよくコミュニケーションできなきゃダメ。それってつまり、おばちゃんでしょ」

確かに…!地方で会う徳の高いおばちゃんの特長だ!それ。

最近出会った編集長を思い返してみれば…
ソトコトの指出編集長…おばちゃん!
OZマガジンの古川編集長…おばちゃん!
のんびりの藤本編集長…おばちゃん!
美術手帖の岩渕編集長…おばちゃん!

みんなめちゃ腰低い!気さく!謙虚!でも信念ある-!
徳高いおばちゃんの条件兼ね備えてる~!!!!

考えてみれば『暮しの手帖』伝説の初代編集長の花森安治さんなんて見た目からしておばちゃん的。そうか、名編集長はおばちゃんなのか。

皆さま、この驚くべき事実をご存知でしたか?
(僕は昨日まで知りませんでした)

【追記1】「徳高いおばちゃん」は「話聞いてもらえるおじさん」の対極をいくスタンスだと言えますね。

・話聞いてもらえるおじさん

【追記2】女子編集長もやはり徳高いおばちゃんに帰着するのでしょうか?まさか「話聞いてもらえるおじさん」になる傾向があったりして。

【追記3】編集長各位、失礼いたしました。お話できて嬉しかったデス。

パック酒は美味い!純米大吟醸だけが日本酒の快楽じゃない。

こんにちは、ヒラクです。
このブログの場を借りまして、日本酒好きの皆さまに言いたいことがあります。

パック酒(普通酒)を侮るなかれ!パック酒は美味い!!
こだわりの純米大吟醸ばっかり飲んでも、日本酒の真髄はわからない〜!!!

ということを最近身をもって知ったので改めてノートしておきたいと思います。

灘酒という高倉健的カッコ良さ

こないだイベントで兵庫に行ったときに地元の灘の酒を飲みまくりました。
近年のモダンな日本酒ブームのなかであんまりイメージ良くない灘の酒ですが、僕は好きです。菊正宗とか剣菱の昔気質の純米とか本醸造をビシっと燗つけて飲む快楽はハンパない。
なんなら普通種のパック酒でもいい。繰り返しますが灘酒最高

日本酒飲みなれてきた頃は「灘酒なんて飲まねえ〜!」と生意気言ってましたが、日本酒への愛が深まるとともに灘酒の老舗の酒の素晴らしさに目覚めていきました。喉にスッと落ちていかないクセのある辛味、ジョン・ボーナムのドラミングの如く絶妙にモタっとしている香り、これは灘が開発した最高の快楽。

灘酒の良さは例えてみるならサウナ。
なんでおじさん達が苦しげに熱風に蒸され、水風呂でカチコチになっているのか。

「そんなに風呂上がりのビールが美味いのか」

と、若者には理解できません。しかしサウナをバッチリキメるとビールよりも強烈な快楽があるわけなんですね。おじさんだけが知る快楽の秘密のドア、それが灘酒

灘酒がシブいのは「アルコールの辛味を隠そうとしない」点にあります。酵母がつくるアルコールはほんとは無味ですが、辛さを感じる味覚センサーを誤作動させます。最近のトレンドの酒は甘味によってこのアルコール特有の辛味を隠そうとする。でも灘酒は誤作動による「痛辛い幻覚」をむしろ強調します。

「酒を飲む」という行為は、突き詰めれば認知感覚のバグを楽しむ文化なわけです。
要は「ほんとはいらないもの」なわけで、灘酒はこのあたりの「いらんことするから楽しいんじゃい!」というスタンスは激カッコよく、同時にソフィティスケートされた味覚に慣れた世代にはとっつきにくい。つまり高倉健

普通酒の快楽

日本酒に興味ある若い人に言いたいのが「パック酒(普通酒)は美味い」ということ。

※普通酒って何?という方は↓のコラムを参照。
・日本酒に貴賎なし!磯の食堂でおじさんたちがウニ味噌と熱燗を囲む幸せを語ろうか。| アマノ食堂

先入観を取っ払って灘とか伏見の大手酒蔵がつくる普通酒パック酒をレンチンして燗酒で飲むと問答無用に美味いです。顆粒だしをバッチリ入れた昔気質の街場のラーメンが美味いのと同じように。

これは戦後のおじさん達を虜にした「快楽の究極系」なんすよ。
パック酒をレンチンする快楽は奥深い。超ピュアな純米大吟醸が現代アートだとすると、レンチンパック酒は初期スピルバーグのアクション映画みたいな楽しさがあります。
ヌーベルバーク好きなシネフィルがサム・ライミを偏愛するように日本酒ラバーはレンチンパック酒を愛でるのです。だって美味しいんだもん。

 

【追記1】灘と伏見の酒以外で美味しかった普通酒/本醸造は、宮城の浦霞、新潟の吉乃川、石川の菊姫のにごりと宗玄、長野の七笑、高知の酔鯨などなど(もちろん他にも日本津々浦々いっぱい美味い普通酒がある)。

【追記2】農大で学んだ僕の師匠、穂坂教授は古今東西の酵母と酒を知り尽くし、日本酒の品評会の審査員をやる立場にも関わらず一緒に飲みいくと普通酒をニコニコしながら飲んで「酒に貴賤なし!」と言い切る哲人でした。深ぇ…!

【追記3】ボディがしっかりしている普通酒はいったん60℃くらいまで温度上げてそこから40℃前後ぬる燗まで温度落ちた時が格別に美味しかったりします。
最初からぬる燗よりも、一度ガン!と上がった後にじわじわ冷えていくのが味がまろやかになります。通は一度熱した徳利を氷で急速冷却して再度燗にしたりするんだよね。

【追記4】夏に飲む燗酒は美味しい。冬だと「あったまる〜!」というほっこり感が先に来るけど、夏だとちゃんと味がわかります。夕涼みしながらうっすら汗かきながら夏燗酒も乙なものですよ。乙!

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©山田芳裕 へうげもの

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【新規案件停止のお知らせ2017】僕は山に籠もって菌になります。

ヒラクです。こんにちは。秋がやってきましたね。

秋といえば、仕込みの季節。
夏に元気すぎて暴走気味だった菌たちを冷蔵庫から取り出して、発酵食品の仕込みや菌の培養を再開できるナイスな季節です。

すると当然、人間界から離脱して微生物界に没入することになるわけですよ、奥さん。

「これってもしや、いつものもう仕事しないぜ宣言…!?」

ご明察。今年の夏は人生で最高峰に人間界で頑張ったので、そろそろ限界です。

・【発酵文化人類学】全国縦断55ヶ所、2000人に本を届けた出版ツアーの成果発表!

2017年秋、僕は山に籠もって菌になります…!

来年春までやることいっぱい!

出版ツアー終わって一息ついたのもつかの間、カレンダー見たら来年春までスケジュールが埋まっているではないか!イベント登壇とか、講座とか、研究会や学会の参加とかフィールドワークとか、気づけばいっぱい予定が入っている〜!

人前出たりどこかに行く用事のほかに、お家に籠もって研究したり仕込みしたり、デザインしたり物書きしたりする時間もいっぱい必要。あと語学や生物学の勉強もしたい!
つまりもう追加で仕事する余地ない!

さらに。来年春までに完成させなければいけない超大型案件が2件くらい入っている(そのうち一つは魔のアニメ制作)。
しかも。今月から家の敷地にセルフビルドで発酵ラボも建て始める予定。

もうムリ〜!もう限界〜!
というわけで…

山梨の山の上に篭もることにします

以下、いつものテンプレですが、新規案件停止のお知らせ。

2017年秋〜2018年冬にかけて、発酵デザイナー小倉ヒラクは山に篭もって研究を深めることにしました。したがって、仕事を大幅に制限することにします。

新規のイベントと原稿の依頼は受けません。

トークイベントの登壇も司会業もファシリテーションも講演もやりません。WEBや雑誌の新規連載や著作の出版も現状話が進んでいるもの以外やりません。これからやる仕事は、研究(=発酵)と設計(=デザイン)のみです(←発酵デザイナーだから)。

もうすでに約束したお仕事以外は、大変ワガママを言って恐縮なのですが、2018年5月以降までお待ちいただければ幸いです。

「どうしても、どうしてもヒラク君にお願いしたいことがある!」という人は、以下の3つの抜け穴のうちどれかを通ってご依頼ください。

・仁義に訴える  ex: 義兄弟のよしみでここは一つ…的なのれんに腕押し作戦
斜め上に面白い企画  ex: ダライ・ラマ14世と発酵について語る企画
・微生物の世界に参入 ex: こうじづくり講座で麹菌を培養する

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取材や打ち合わせ等で家を出ることもなるべくしたくないので、どうぞ我が家まで来てください。おいしいお茶を用意して待ってます。

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運が良ければステキな雲海も見られますよ。

「ヒラク君、なぜせっかく引き合いの多いこのタイミングでそんなワガママを言うのだい?」
「ここで世間に出ずに、いったいいつ出るんだね?」

なるほど。そういう考えもできなくはない。しかし。僕はこの2〜3年を自分のピークとするつもりはない。
なぜなら僕は世界一の発酵デザイナーになるという山を一生かけて登ることに決めたから。バックミンスター・フラーと高峰譲吉をハイブリッドにした唯一無二の存在になるためには、ノイズを消して研究を深めまくる必要がある。

やがて発酵デザインという概念が世界に浸透し、各国の俊英たちが活躍し始めてもなお「やっぱオリジネーターはヤバい」と認めてもらうために、2017年は山にこもって菌たちと生きることにします。

というか、僕はもう菌になります(何度も言ってるけど、今回こそは本気だぜ)。
それではみなさま、ごきげんよう。

yameruyoB

 

【追記1】すでに約束した、あるいは継続している仕事については頑張ります。お声がけしてくれた皆さま、ありがとうございます。

【追記2】「出版ツアーに集中したいんで仕事しないよ!」モードが終わったら今度は「研究したいんで仕事しないよ!」モードなので僕はいったいいつ仕事しているんでしょうか?

【追記3】「そんなこといってどうせ依頼きたら受けちゃうんでしょ?」と鼻で笑われないように、問い合わせフォームの導線を削除しました。奥さん、ぼかぁ本気です…!
(心のキレイな人のみが問い合わせフォームに辿り着くことができます)

【追記4】なんて生意気なヤツだ!と怒られそうですけど、違うんです。僕、ほとんど病気レベルで仕事サボりたい欲が溢れまくってるんです(たぶん前世で過労死したんじゃないかな)。詳しくは↓の関連記事をどうぞ。

話聞いてもらえるおじさん。

あなたは「話聞いてもらえるおじさん」をご存知だろうか?
言うまでもなく、あなたは「話聞いてもらえるおじさん」のことは知らないだろう。なぜなら僕の造語だからね!

最近イベントで話したりSNSでつぶやくたびに静かに世間をザワつかせている「話聞いてもらえるおじさん」現象についてちゃんとまとめておかねばなるまい。

話聞いてもらえるおじさんとの邂逅

初出はこちら。

「いいい、いるいる〜!村のはずれの橋のたもとで見たことある〜!」

とハードコアパンクのヘッドバンキングのように頷く人も多いことでしょう。イベント会場や打ち合わせ、飲み屋の席で「だからさ、いつもみんなに言ってることなんだけどね…」と後輩やファンに格言調のエピソードを披露しているおじさんは、確かにこの世に存在しています…!

僕が「話聞いてもらえるおじさん」の存在に気がついたのは、とあるトークイベントの場でのこと。そのおじさんの話は巧みで、破綻がなく、気付きも学びも確固たるスタンスもある。

しかし、グッとこない。心、揺さぶられない。

「あれ、いい話聞いてるはずなのに、なんだろうこの違和感は…?」

と強烈な感じたわけです。これは一体いかなる現象なのか?と落ち着いて考えてみるに、言葉の使い古し感が僕に違和感を抱かせた原因ではないかと。
トークイベントが盛り上がる時って「話している本人もかつて口にしたことのなかったような新鮮な言葉や着想」が生まれる瞬間。つまり「ライブ」であり「フレッシュ」な瞬間に「これぞ「トークの醍醐味!」と感動がある。

・トークイベントはエンターテイメントだ!大御所バンドのツアーに学ぶ、お勉強イベントをエンタメに変える方法論

「内容」だけではなく「今そこに何か新しいことが生まれている気配」が人の心を動かす、はずなんだけど、人はキャリアのある時点においてこの「新たなものを生み出すスリル」を手放すことがあるのかもしれません。

話を聞いてもらえるおじさんの誕生

ちょうど同じようなタイミングで、今度はとある高名な評論家おじさんのワークショップを書籍化した本を読んでいたら、やはり同じように感じることがあったわけです。

「悪いこと言ってないんだけど、なんか押し付けがましい…。バブル期に栄えたリゾート地にあるログハウス風の喫茶店で飲む800円の水出しコーヒーみたいなフレーバーがする…!」

ここでもやはり「過去に自分のアイデンティティを確立させたエピソードを切り貼りしてる感」がスゴい。しかも本人もうっすら自覚しているのかワークショップに参加しているお客さんに「君たちの世代はこういうこと勉強しないと思うんだけど、ダメだよそれじゃ。頑張んなさいよ」と説教モードになることで己へのツッコミをブロックしていたりする。

しかるべきキャリアを積み、属する業界でそれなりの地位をゲットし、後輩に教え育てる立場になると「過去」への接し方が変わる。おじさんがキャリアを形成する過程において「過去」は「挑戦し乗り越えるもの」だったはずが、ある程度キャリアが形成されると「自分に利益をもたらすもの」になる。

すると過去の自分の武器であった「挑戦するメリット」が「失敗を犯すデメリット」に転化し、今の自分の武器である「型をなぞるメリット」とぶつかり合うことになる。このシーソーが「過去を守る」ほうに傾くと、悪い意味で己の「古典芸能化」が始まる(スゴい古典芸能は常に挑戦しているのだが)。

するとどんなに良いことを言っても、言葉のはじっこが腐っていく。
自分が「腐っていく」ことを自覚するのはツラいので、おじさんは「腐敗検知センサー」の電源を抜いて、物置にそっとしまう。そして前述の「過去の鉄板エピソード」の無限リピートに耐えられるようになる。

「話聞いてもらえるおじさん」は惰性の産物ではなく、努力の結果だ。そして費用対効果の良さでいえば非常に合理的なキャリアのピークでもある(既存のものの再生産なので効率がいい)。

しかもそこにはそれなりの「需要と供給」が存在する。「自分の青春を彩った本のエピソードを肉声で聞きたい」と願うカルチャーおばさん/おじさんが一定数存在し、トーク会場の前のほうで熱心にメモを取るのだが、しかしその内容はすでに過去の本に書いてある…!

このように「話聞いてもらえるおじさん」にはある種のサステナビリティがある。「ある種」というか、完成度かなり高い…!「前線で頑張ってる感」を失うかわりに得るものがいっぱいあるので「話聞いてもらえるおじさん」は拡大再生産されるのだね。

鶴見俊輔に見る「話聞かせてもらえないおじさん」という境地

最後に「話聞いてもらえるおじさん」としてのキャリア形成の対極の例として、哲学者の大御所、鶴見俊輔さんの例を挙げよう。

編集者の後藤繁雄さんの著書に『独特老人』というインタビュー本がある。吉本隆明さんや淀川長治さんなどの「各界の重鎮」に著者が話を聞きに行く、という体裁なのだが鶴見俊輔さんだけはインタビューではなく「対談形式」になっている。ていうか実際読んでみると「逆インタビュー」だ。鶴見俊輔さんが後藤繁雄さんに「自分の話はいいんだ、俺は若いあんたの事にに興味がある」と質問しまくるんだね。

これはスゴいことだ。鶴見俊輔さんは本の刊行当時80歳くらいのはずだけど、いまだ自分を「教える側ではなく、学ぶ側」だと信じている。つまり「これから変わる存在」だと信じている。か、カッコいい…!

キャリアを積み重ねていくある時点で「話聞いてもらえるおじさん」へのルートの分岐点に差し掛かる。自身を「チャレンジャー」と見なす道と、「成功者」と見なす道の分岐点だ。

 

【追記1】ちなみに僕は「話聞いてもらえるおじさん」になりたくないんですけど、これを目指すべきキャリアの終着点とする人ももちろんいるはずなので、選択は人それぞれ。

【追記2】男子だけザワつかせるのはフェアではないので、そのうちトーク会場の前のほうでメモを取る「元・才女おばさん」の問題についても取り上げる(予定)。

【追記3】下記の関連ブログもどぞ。

・東大生がバイトするなら、家庭教師よりもスタバのほうがいい理由。

・「話聞いてもらえるおじさん」になってはいけない。

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新しいデザインの美意識の話をしよう。リビセンの本を読んで考えたこと

諏訪のリビセンから本が届いた。
東野唯史・華南子夫妻はじめリビセンチームが手づくりでつくった”ReBuild New Culture”がとっても良い本だったので考えたことをまとめておくぜ。

課題先行ではなく、文化先行

「Rebuild New Culture(新しい文化をつくりなおす)」というタイトルがまず彼ららしいし、僕たちの世代の価値観を端的に現しているいいキャッチコピーだよね。
本来、”Re”と”New”って矛盾してるわけじゃん。だから「新しい文化をつくる」か「あるべき文化をつくりなおす」のどちらかが正しい、のだけどリビセンの活動を見ているとまさに「新しいもの」を「つくりなおす」ことで生み出そうとしている感じがある。

「ピカピカの新品がいい」「全てプロのメーカーが用意した高品質なレディメイドがいい」という価値観自体が新しい世代(特にローカルに住むヤツら)にとって「古くて色あせて見えるもの」だ。「もうすでにあるもの」に「自分たちの手で新たな価値を加えていくこと」にワクワクする。そんな価値観を「新しい」と思う。だから「新しい文化をつくりなおす」だし、なんなら「つくりなおすことで生まれる新しい文化」と解釈してもいい。

リビセン(REBUILDING CENTER JAPAN)を知らない人に軽く説明しておくと、解体される建物から回収した建材を売るリサイクルショップで、そこにデザインコンサルや施工サービスが付随している。自分でDIYできるお客さんは建材だけ買って自分でアレンジすればいいし、工務店のように施工サービスを頼むことができる。だけどサービスを頼むとしても完全お任せではなく、施主自身もDIYすることが前提になる。

つまり古材リサイクル+DIYのナイスなホームセンターだ。オーナー夫妻がデザイナーだからそこに素敵なデザインもある。

設立経緯を読んでみると、リビセンがつくられる背景には地方における空き家問題と技術継承という「社会課題」があるわけなのだけど、課題を解決するためにつくった事業なのかというと僕はそうではないと思う。

課題先行ではなく、文化先行。
「こういう美意識の、こういう文化をつくりたい。なんならそれをたくさんの人とシェアしたい」というクリエイティビティや好奇心がまずあって、そこに課題解決がくっついている。

エゴイスティックなデザインからの離脱

僕がこの本を読んで、東野夫妻の言葉から考えたのは「新しいデザインの美意識」のこと。特に後半のR不動産の馬場さんの対談に示唆的な言葉がいっぱいある。ちょっと引用してみると

馬場「リビセンの空間って何かを寄せ付けない感じではなくて、いい感じの隙みたいなものがあるんだけど、きっとプロじゃない人達が関わっていることによる色々な隙が、知らず知らずのうちに安心感や心地のよさみたいなものをつくっているんだろうね」

東野「デザイナーが入りすぎると面白くなくなるってことをある時から思うようになってきたんです」

華南子「これでいいんだ、これなら自分にもつくれるかもって思える隙があるのはリビセンとしていいなって思ってるんです。私は文学部卒で建築も全く勉強したことなかったし、ものが何からつくられてるって考えたこともなかったんです。極端なことを言えば、肉じゃがは肉じゃがだし、机は机、それ以上わからない。(中略)でも私が、東野さんと一緒になったら、どうやら世の中はもっと因数分解して見ることができるぞって気がついた。(中略)もし東野さんが神経質で『華南子それじゃダメだ。俺がやる!』みたいな感じだったら『つくるのマジつまなんない』みたいな感じになってたと思うけど、そうじゃなかったから楽しめた」

「わかる、めっちゃわかる〜!」と思う人、多いんじゃないでしょうか。
このやりとりって「デザインに対する意識の変容」なんですね。この本のボキャブラリーで言えば、「構築的」なものより「工作的」なもの。「作品のデザイン」ではなく「状況のデザイン」。デザイナーのエゴからデザインがふわっと離れていって、社会を改善するツールになる。

この「状況をつくりだす、ツールとしてのデザイン」という美意識に、古材リサイクル+DIYというリビセンの方法論がバッチリはまっている。課題が美意識を生み出したのか、美意識が課題を解決しているのか、「卵が先か鶏が先か?」的な状況だが、とにかく時代の追い風がめっちゃ吹いている。

(いちおう)僕もデザイナーなので、なぜこのような意識の変容が起こったのか考えてみるとだな。まず「デザインというものがあるていどまで浸透した」という時代背景があるだろう。30年前よりも圧倒的にデザインが身近なものになり、デザイナーという仕事も市民権を得て、デザインされた雑貨やインテリア用品のセレクトショップも増えた。ちょっとしたイベントのチラシも地方の物産品にもこなれたデザインが施されている。

つまり20代〜30代のデザインリテラシーは30年前よりも相対的に高まっている(たぶん)。すると「作品としてのデザイン」をそれほど必要としなくなってくる。つまりデザインを「崇めて鑑賞するフェーズ」から「自分なりの使いこなすフェーズ」に移行する。

もし「鑑賞する」なら教科書的に完成度の高いデザインがいいのだが、「使いこなす」なら余白が多いほうがいい。なんなら完成品よりも半完成品のほうが応用が利く。手に馴染むもの、ふだんの生活感覚にあったものがいい。理想に近づけるデザインよりも、現状をより良くするデザインがいい。そのためのツールとアイデアとネットワークが欲しい。

リビセンの言う「新しい文化」とはツールとアイデアとネットワークからなる「コミュニティ」のことなのであるよ。

東野夫妻、素敵な本ありがとう。近々遊びに行きまーす。

【追記】ワタシもこの本読みたい!という方はこちらからどうぞ。

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カルピスに受け継がれる、遊牧民族の発酵健康ドリンクの系譜

いつの間にか3年目を迎えた食のWEBマガジン『アマノ食堂』の連載。
今年6月に掲載されるはずが、僕の出版ツアーのドタバタやらメディア運営元の社内事情やらが重なってお蔵入りになった記事を僕のブログで蘇らせることにしました。

出版ツアーが落ち着いたので連載も再開しています。最新回は以下(外部リンク)。

【第26回】ミャンマー・シャン族のローカル納豆に見るアジア的発酵薬膳のルーツ
【第27回】胃弱ボーイズ&ガールズに朗報!「フランスの外食重たすぎ問題」攻略法

アマノ食堂さん、これからも引き続きよろしくどうぞ。

カルピスに受け継がれる、遊牧民族の発酵健康ドリンクの系譜

味噌汁飲んでますか?発酵デザイナーの小倉ヒラクです。
僕の住む山梨では、梅雨が来る前に真夏が到来してしまいました。皆さま夏風邪など引いていませんか?

さて。今回のテーマは編集部からお題をもらいまして「カルピス」です。
誰しも子どもの頃に一度は飲んだことがあるであろう、あの水玉のパッケージの甘酸っぱい飲み物。

ちなみにカルピスをつくっているカルピス株式会社はこのWEBマガジンを運営母体の関連会社(アサヒグループ)。つまり、

「ヒラクさん、カルピスのPRプリーズ!」

というお願いなのですが、僕はこの連載では特定の商品をアピールすることは原則しないことにしています。なんだけど。このカルピスの文化ってのは大変に奥深くかつ面白いので、

「好き勝手にカルピスのこと書いてOKならやりますよ!」

という了承のもと。カルピスの秘密を紐解いてみることにしました。
さあそれでは行ってみよう!

乳酸菌マニアのメチニコフと日本の乳酸菌ブーム

いきなり壮大な話になって申し訳ないのだが。カルピスを語るためには、日本における近代の黎明期から語らねばならない。

パスツールやコッホと並ぶ、微生物界における巨人の一人にメチニコフという超奇人の学者がいます。彼は免疫システムの存在に気づいた先駆的な生物学者なのですが、晩年はヨーグルトにめちゃくちゃハマっていました。

当時ブルガリアのローカル発酵食だったヨーグルトを「これを食べれば乳酸菌が腸内を腐敗させる菌が繁殖しないようにさせる。つまり不老長寿食である!」と大絶賛し、世界各地に「第一次乳酸菌ブーム」を巻き起こしました。

このブームの余波は日本にも及び、1912年には大隈重信の強力プッシュのもとメチニコフの論考を『不老長寿論』というタイトルで翻訳。「日本人の健康を乳酸菌で健康にするぞ!」と気合を入れたのか、1914年には大隈重信は首相に返り咲き、日本における乳酸菌ブームを推進していきます。

20世紀初頭のこのムーブメントに前後して誕生したのが、後の日本の健康食を支えることになる国産ヨーグルト、そして乳酸菌飲料の代表格であるカルピスなのでした。

みんな、知ってた?カルピスって歴史ある発酵食品なんですよー!!

カルピスのルーツ

カルピスのルーツを辿ってみると、創業者の三島海雲さんが内モンゴルでたまたま見かけた乳酸食品がヒントになっているそうな。

これは馬の乳などでつくられる、アイラグ等と呼ばれる乳酒の一種(酒といってもアルコールはほとんどない)を加工してつくられる酸っぱい乳製品。
カルピスに含まれる微生物及び発酵プロセスの詳細は公開されていないのですが、この乳製品の文化を詳しく見てみるとカルピスの謎がちょっとだけわかりそう。

アイラグを加工してつくる乳製品は、家畜の乳を乳酸菌と酵母菌で発酵させて健康機能を高めた乳飲料。ポイントは関与している菌が乳酸菌だけではないこと。ヨーグルトでは通常乳酸菌しか関わっていないのですが、ここでは10種以上の乳酸菌の他に、乳に含まれる糖分をエサにする複数の酵母菌も加わって複雑な発酵が行われます。

酵母菌が発酵すると、かぐわしい香りと味のコクが加わります。これが乳酸菌のつくる爽やかな酸味とあわさることで、ヨーグルトとは明確に違う風味をつくり出すのだな。

この乳製品には様々な健康機能があるとされていて、モンゴルや中央アジアの国々では肺炎などの呼吸器系の疾患や生活習慣病などに効き、発酵菌たちがつくる多量のビタミンCが含まれるため、野菜を豊富に取れない遊牧民の滋養強壮ドリンクとして重宝されてきました。

ただし欠点もあります。それは「保存がそんなに効かない」ということ。牛乳そのものよりは長持ちするのですが、しばらくすると味が劣化し、雑菌の混入(コンタミネーション)が起きてしまう。だからアイラグのようなものは遊牧文化特有のローカル発酵食品なのですね。

さて。ではカルピスはどうなのかしら?
乳の種類の違い(馬or牛)はあれど、乳酸菌と酵母菌を両方働かせるあたりモンゴルの乳製品と同じような機能を持っていそう。牛乳を最初に脱脂(油分を取り除くこと)するので、口当たりはマイルドというか生臭くない。

そして大きな違いは保存性。スタンダードカルピス(原液濃縮タイプ)の成分表示を見てみると、酸化防止量や保存料は入っていない。しかし室温で何ヶ月も持つ(開封しても冷蔵庫ならけっこう持つ)。この保存性の高さは、

・ 出荷時に加熱・密封して発酵菌の働きを止める(風味が変質しにくい)
・ 高い糖分によって腐敗を防ぐ(ジャムと同じ原理)
・ 乳酸菌の出す酸によって雑菌の混入を防ぐ(ヨーグルトと同じ原理)

などのオペレーションによって担保されている。カルピスは原液を割って飲むのが基本のスタイルなのだが、そこには保存料を使わずに腐敗を防ぐという工夫があったわけだ。よくできてるねえ。そもそもカルピスが発売されたのは今から100年前のこと。今のように発達した保存技術はなかったので、発酵の知恵によって防腐機能を持たせたんだね。

菌が生きてないと意味がない?

「えっ、そもそもカルピスって発酵食品なの?」

と驚いた人も多いと思いますが、このコラムを読んで

「えっ、乳酸菌生きてないんだ!」

と思った人も多いことでしょう。そうなのよ。ヨーグルトやヤクルトをはじめとする乳酸菌飲料と違って、カルピスのなかに生きている菌はいない。

「じゃあ発酵の意味なくない?」

と不安になるかもしれないが、そうではないのさ。
発酵菌がいなくなっても、発酵菌が作り出した有用物質が入っていることが大事なんだ。乳酸菌や酵母がつくり出す有機酸やアミノ酸、ビタミンやペプチドなどが入っているカルピスは、発酵食品ならではの健康機能を持っている(たぶん)。

過去の乳酸菌に関するコラムでも説明した通り、大事なのは「お腹のなかが元気になること」で、そのためには発酵菌が必ずしも生きて腸に届く必要はないんだね。

【第24回】乳酸菌は腸内の『怒りのデスロード』を疾駆するマックスだ! | アマノ食堂

僕もこのコラムを書くために久しぶりにカルピスを飲んでみたのだけど、思っていたよりずっと爽やかで美味しくてビックリ。スタンダードな濃縮タイプを炭酸水多めで割って飲んでみたら、こないだのジントニックのコラムのような「オトナのカルピスソーダ」になっていたので、休肝日はカルピスでキメたいとおもいます( -`д-´)キリッ

【第25回】ジントニックを飲めば、バーの哲学がわかる?奥深きシンプルカクテルの真髄 | アマノ食堂

いやはや、実に奥が深いカルピスの世界。小さい頃は「甘酸っぱくておいしー!」と無邪気に喜んでいたものですが、ここにも発酵のチカラが働いていたとは…
カルピスの皆さま、今度ヒラクに色々教えてくださいね。

それではごきげんよう。

【追記1】ちなみにメチニコフの「乳酸菌不老長寿説」ですが、20世紀半ばまで「菌が人体のなかで生きていけるわけないだろ」という理由で「トンデモ学説」扱いされていましたが、ここ最近の解析技術の超発達により乳酸菌が腸内細菌の生態系に良いフィードバックをもたらすことがわかり、あらためてメチニコフすげー!ということが証明されました
(余談ですが、酒もタバコもやらずヨーグルトを食べまくったメチニコフは、71歳という微妙な歳でこの世を去りました。言っとくけど、発酵は万能じゃないからね!)

【追記2】ちなみにアイラグをはじめモンゴルの乳製品に詳しく知りたい人は、石毛直道さん他著の『モンゴルの白いご馳走 大草原の贈りもの「酸乳」の秘密』(チクマ秀版社)をどうぞ。

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【発酵文化人類学】全国縦断55ヶ所、2000人に本を届けた出版ツアーの成果発表!

『発酵文化人類学』の全国出版イベントツアー、無事終了!

2017年4月から始まり、五ヶ月かけて北は北海道、南は沖縄まで日本縦断して全国各地のコミュニティに本を届けにいきました。予想していたよりはるかに盛り上がり、愛に溢れすぎていたツアーの成果発表をお届けしたいと思います。押忍!

出版ツアーの結果報告アウトライン!

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イベント回数:55回 クローズドのお話会&ワークショップ含む
回った都道府県:24都道府県
北海道/秋田/山形/宮城/長野/山梨/千葉/東京/新潟/愛知/大阪/京都/兵庫/滋賀/三重/広島/岡山/鳥取/島根/福岡/佐賀/鹿児島/熊本/沖縄
動員人数:ざっくり2000人※そのうち100名超え×5回
一緒に話した人:62名 醸造家24名、専門家15名、クリエイター23名
メディア掲載数:50以上
全部把握できていないので、もしかしたら60〜70くらいあるかも。掲載メディアの種類は、多い順から 新聞>雑誌>テレビ・ラジオ>WEB

▶インディーバンドのレコ発ツアーもびっくりなイベント三昧!
ツアー期間が5ヶ月=150日。そのうち20日は海外に出張にいっていたぶんを差し引いてカウントしてみると2.5日に1回全国を移動しながらイベントをやっていた計算になります。特にイベントが集中していた7月は1.5日に一回というインディーバンドのレコ初ツアーみたいな状態になっていました。よく身体が持ったぜ…!

▶五ヶ月のあいだ通常業務凍結!お金は大丈夫…?
ツアーをやりきるためにデザインの仕事やコラム執筆などの仕事を凍結し、期間中はほぼイベント出演と取材対応に集中しました。そのあいだ当然現金収入がないわけで、ツアーが終わるころには無一文になるのでは…と思っていたのですが、通帳の残高がなぜかほとんど減っていないという奇跡!これも各地でイベント企画してくれたホストの皆さまの気遣いと、毎回満員御礼で迎えてくれた参加者の皆さまのおかげ。ありがとう!

▶色んなメディアにいっぱい掲載されたよー!
ツアー期間中に『発酵文化人類学』及び発酵デザイナーの活動を取り上げてくれたメディアは軽く50以上。ふだんはWEBメディアが多いのですが、今回は圧倒的に新聞や週刊誌、文芸誌、テレビ・ラジオなどのいわゆるマス媒体が多かったようです。昔から本を愛読してきた高野秀行さんや小田嶋隆さんのような作家や、往来堂書店やTitle、恵文社のような本の目利きのプロにもオススメしてもらって励みになりました。わーい!

・最近の発酵デザイナー&発酵文化人類学のメディア掲載まとめ【2017 8〜9月】

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▶地元山梨でベストセラーに!
YBSラジオ/テレビや山梨日日新聞に大きく取り上げてもらったり、本にも登場する愉快な醸造家たちとイベントで盛り上がったり、ヒラクの地元山梨にいっぱい応援してもらっています。甲府の春光堂書店では100冊以上の売り上げを記録し、全書籍中ぶっちぎり年間1位のベストセラー確定だそうです。岡島のジュンク堂書店でもフェアを開催してもらっています。これはほんとに嬉しいぞ〜!

ツアーをやるにあたっての方法論

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ツアーを企画する時にいくつか考えたことをメモ。そもそもの出版プロジェクトの概要はこちらをご一読あれ。

・【発酵文化人類学】一週間で重版出来!の舞台裏。マーケットではなくコミュニティに届ける。

▶地方優先
開催されたイベントの大半が、首都圏外の地方。『発酵文化人類学』は地方に暮らすみんなのために書いたので「集客楽ちんな東京でしかやりません」というのはあり得ない。地方の、小さな町や離島のコミュニティに会いにいってこの本を届けねば…!というのが最初に強く願ったことでした。

▶採算度外視
なぜ一般的に地方で出版イベントが開かれないのか。理由は ①集客が難しい ②出張費がかかる、の2つ。そこで今回の出版ツアーでは「採算度外視」「お客さんの多寡は問わない」というスタンスを取ることに。上手くいけば旅の予算を稼げるし、そうじゃなくても気にしない。採算度外視、赤字覚悟ッ…!

▶個人でブッキング
ふつう出版イベントは出版社の担当スタッフが企画するのですが、採算度外視の責任を出版社に取らせるわけにはいかないので、ほぼぜんぶ自分で勝手にブッキングし、自分ひとりで本を売るという方法を取りました。よく本代のお釣りが切れて、イベント参加者の皆さまの親切に救われました。ありがとう…。

▶誰かと一緒に話す
数十回のイベントをやりきるにあたって大事なのは「自分が飽きない」こと。そのためには、誰かと対談スタイルにするのが一番!ということで、今回のイベントでは醸造家はもちろん様々なジャンルの人たちとトークをしました。発酵界において、これほど異種格闘技戦をしているヤツはいないのでは…?
(詳細は後半のリストを参照くだされい)

▶地域の価値の再発見
沖縄や北海道、愛知や滋賀などで開催したイベントのテーマは「地域の発酵文化の再発見」。その土地に伝承されてきた発酵文化を参加者や醸造家のみんなとじっくり掘り下げ、愛でまくりました。

ツアーのハイライトをピックアップ!

どのイベントもそれぞれとっても感慨深かった…!なかでもツアーのハイライトになったイベントをいくつかピックアップ!

▶4/15 山梨県甲州市 “発酵兄妹のCOZY TALK in 塩の山ワインフェス”
キックオフはもちろん山梨から!僕の地元甲州市で開催されたワインフェスで、発酵兄妹の三人で公開ラジオ収録&出版トーク。

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▶4/24 愛知県日進市
愛知の発酵チームと盛り上がりまくったイベント by りんねしゃ。三河みりんや澤田酒造、種麹メーカーのビオックの若旦那たちが集まって「愛知の発酵おもしれー!」と参加者みんな大興奮。

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hoto by Rehink Fukuoka Project

▶5/16 福岡県博多 “贈与と協同の人類学”
福岡のRethink Booksにて家入さんの対談イベント。フィンテックやIT技術による贈与経済やアナーキーな性善説などについて話しました。この時話されたことはpolcaによって現実になりました。家入さんすげー!

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photo by アイデアにんべん

▶5/23 沖縄県宜野湾 “沖縄の発酵文化人類学”
沖縄宜野湾のカフェユニゾンで開催された『沖縄の発酵文化人類学』。たぶんこの回が全ツアーを通しての参加者最高記録。泡盛の老舗、崎山酒造廠や沖縄きっての凄腕パン屋宗像堂、琉球大学の外山博士まで加わってこちらもとんでもないお祭り騒ぎに。アイデアにんべんの黒川さん、ユニゾンの三枝さんお世話になりました―!

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▶6/5 北海道札幌市 ”バックパッカー的発酵人生のススメ”
札幌ヒシガタ文庫では、地元の食や農業に関わるキーパーソンとともに和気あいあいと盛り上がりました。企画は大学時代からの親友、UNTAPPED HOSTELの神くん。トークが60人強で、二次会が50人以上だったので、こっちも合計100名以上。札幌コミュニティはアツかった…!

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▶6/10 秋田県秋田市 8/27 兵庫県神戸市  ”トージ・コージ!”
『発酵文化人類学』後半のハイライト、新政酒造杜氏の古関さんとは秋田市と神戸三宮で二回トーク。合計200名近くの人がディープな日本酒トークに駆けつけてくれました。二次会では若い蔵人たちが泣きながら仕事への情熱を語る会で、なんか青春だった…!

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photo by のんびり

ツアー中、イベントの中日は各地の醸造どころを訪ね歩きました。写真は秋田県横手市の羽場糀店の麹室。全量こうじ蓋で製麹するというとんでもない麹屋さんでした。そんじょそこらの酒蔵が叶わないほどのハイクオリティ。

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▶7/2〜3 鳥取県智頭 ”タルマーリーのひみつ”
このブログの読者にはおなじみタルマーリーでもトーク&ワークショップを開催。格さんが採取した野生の麹菌を使ってみんなで麹づくりにチャレンジ。トークも大盛況で最高すぎました。

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photo by スタンダードブックストア

▶7/19 大阪府心斎橋  ”のんびりおじさん、ジモトをヒラク!”
毎回とんでもない盛り上がりを見せた関西の出版イベント。スタンダードブックストア心斎橋でのジモコロ柿次郎さん&のんびり藤本さんとの鼎談イベントも100名超えの大フィーバー。関西人の話芸に負けてなるものか…!と東の意地を見せました(たぶん)。

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▶7/20 京都府京都市  ”論語と発酵で読み解くあわいの時代”
京都丸善本店では能楽師の安田登さんと対談。古代漢字を紐解きながら論語や能、さらに発酵の起源を読み解くという謎すぎるトークの行方は、やがてシンギュラリティや人類の未来にまで辿り着くという全イベントのなかでもっとも深淵な内容でした。

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hoto by ロフトワーク

▶7/21 東京都渋谷 ”謎発酵”
東京で屈指の盛り上がりを見せたのは、渋谷ロフトワークでの情報学者ドミニク・チェンさんとの対談イベント。空海の話から始まり、ホモ・ファーメンタム(発酵する人間)の起源や一神教文化の限界、糠床とウェルビーイングに至るまで次から次へと情報が溢れ出てくる刺激的すぎる時間でした。予約開始即日でソールドアウトでびっくり!この日も模様は今度wired上で全文書き起こしが公開されるのでお楽しみに!

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▶8/1 広島県広島市 ”日本酒から見える社会のミライ!?
広島では中国・山陰の日本酒の雄、竹鶴酒造の石川杜氏と日本酒真剣勝負。前から噂には聴いてはいたけれど、石川さんはとんでもない醸造家でした…!前列にはお洒落な若者、後列には醸造業界の重鎮たちが並ぶ地方ならではの客層でした。

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▶9/10 千葉県神崎町 “寺田本家の蔵出し祭り”
ツアー終盤のハイライトは、寺田本家の蔵出し&ライブ&出版イベント。発酵好きコミュニティとパラダイスすぎる夏の終わりの夕べをエンジョイしました。

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ツアー千秋楽は島根県石見銀山の群言堂。イベント終了後に出雲へヤマタノオロチのお参りへ(『発酵文化人類学』はヤマタノオロチの話で始まりヤマタノオロチの復活で終わるからね)。本をお供えして旅の無事を感謝しました(日差し強くて無礼にも帽子かぶりっぱなし…汗)。ベストセラー祈願!

ツアーでご一緒した皆さま

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hoto by BEEK

ご覧のとおり本当にたくさんの人に助けられてツアーをやり遂げることができました。
関わってくれた人リストは以下(敬称略)。

▶醸造家
五味仁&洋子(五味醤油)
萩原弘基(塩山洋酒)
土屋幸三(機山洋酒)
村井裕一郎(ビオック)
澤田英敏(澤田酒造)
なかじ(発酵研究家)
鈴木順子(ソレイユワイン)
若尾亮(マルサン葡萄酒)
三角祐亮(角谷文治郎商店)
崎山淳子(崎山酒造廠)
宗像誉支夫(宗像堂)
冨田泰伸(七本鎗)
柴田千代(チーズ工房【千】)
城慶典(ミツル醤油)
古関弘(新政酒造)
渡邉格&麻里子(タルマーリー)
藤井栄作(菊孫商店)
助野彰彦(菱六)
本地猛(東海醸造)
石川達也(竹鶴酒造)
太田真(太田與八郎商店 )
寺田優(寺田本家)

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▶食の専門家・研究者
安斎伸也(たべるとくらしの研究所)
石田香織(嬉楽)
大島幸枝(りんねしゃ)
中村優(料理家・台所研究家)
服部吉弘(LaLaLa Farm)
中島デコ(ブラウンズフィールド)
森本桃世(発酵料理家)
鈴木研三(熱燗DJつけたろう)
真野遥(発酵食研究家)
マツーラユタカ(つむぎや)
梶晶子(HAPPY DELI)
小川さやか(文化人類学者)
外山博英(琉球大学微生物学者)
ドミニク・チェン(情報学者)

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▶クリエイター・起業家
指出一正(ソトコト編集長)
遠藤一郎(未来芸術家)
橋本安奈(発酵文化人類学担当編集)
家入一真(CAMPFIRE)
アサダワタル(コミュニティ難民)
宇田川裕喜(BAUM)
藤本智士(Re:s)
徳谷柿次郎(ジモコロ編集長)
黒川真也(アイデアにんべん)
周防苑子(ハコミドリ)
土屋誠(BEEK)
小林直博(鶴と亀)
柳下恭平(かもめブックス)
イワサキケイコ(sagyo)
鈴木ナオ(greenz編集長)
磯木淳寛(小商い編集者)
りょうかん(ホンバコ)
井尾さわこ(emorv)
安田登(能楽師)
田中辰幸(ツバメコーヒー)
伊藤菜衣子(暮らしかた冒険家)
竹内昌義(みかんぐみ)
里花(シンガーソングライター)
古川誠(OZマガジン)

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▶お世話になったオーガナイザー
但馬武&山川知則(HOME)
吉田創(阪神百貨店)
皆藤将(美学校)
北見晏穂(中目黒蔦屋書店)
山下優(青山ブックセンター本店)
榊原雅樹(コロボックル)
神輝哉(UNTAPPED HOSTEL)
中川和彦(スタンダードブックストア)
高橋かおる(茅野 Cafe ZO)
MOTOKO(写真家)
森田真佐美&鈴木秋香&草柳翔(四角大輔コミュニティ)
西村史之(artos Book Store)
宮川大輔(春光堂)
高橋祥子(emorv)
井上英司(広島 T-SITE)
梅田久美(HOSTEL NABLA)
野村マイ(Knotwork)
発酵サミットin犬山チーム
石塚千晃(バイオクラブ)
岩井 巽 (東北スタンダード
黒江 美穂 (D&DEPARTMENT)
細貝太伊朗(ツバメコーヒー)
木村淳子(ぼでが)
久保山義明(佐賀基山町世話役)
三浦類&小森ミサ(群言堂)
全国のCOOPのみなさま
塩の山ワインフェス企画チーム
かもめブックス
Rethink Books & Dice project
CAFE UNIZON
捏製作所
りんねしゃ
BAUMチーム
秋田のんびりチーム
いすみ平和道場&ブラウンズフィールド
NONAME PRODUCE

メディア掲載リスト

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▶新聞
朝日新聞日曜版
毎日新聞全国版
毎日新聞山梨版
山梨日日新聞
中国新聞
週刊読書人
読売新聞山形版
山陰中央新報
北海道新聞
赤旗新聞
公明新聞
山陽新聞
岐阜新聞
佐賀新聞
神奈川新聞
福井新聞
宮崎日日新聞
四国新聞
東奥日報
岩手日報

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▶雑誌
ダ・ヴィンチニュース
週刊新潮
週間朝日
週刊読書人
BIGISSUE日本版
AXIS
美術手帖
la la begin
天然生活
クーヨン
伊勢丹FOODIE
OZ TRIP
Kotoba
婦人之友
anan SPECIAL
文藝春秋

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▶WEBメディア
アットリビング
ウーマンエキサイト
早稲田weekly
菌トレ!
MTRL(ロフトワーク)
Reallocal
OTOTOY
Videlicious

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▶ラジオ&テレビ
フジテレビ 「ホウドウキョク」
YBSラジオ山梨放送 「キックス」
YBSテレビ 「てててTV」
広島ホームテレビ「ぽるぽるTV」
全国FMネット 「サードプレイス」
J-WAVE 「ブックバー」、「ロハストーク」
Tokyo FM 「Time Line(佐々木俊尚さんナビゲート回)」
Tokyo FM 「Time Line(小田嶋隆さんナビゲート回)」

※これ以外にも掲載見つけたらご一報ください!

ツアー振り返りとベストセラーに向けての展望

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ということで。五ヶ月間に渡って全国を縦断した『発酵文化人類学』の出版ツアー。実際にやってみてどんなことが起こったのでしょうか?振り返ってみると…

▶『発酵文化人類学』からのスピンオフ企画が誕生!
今回の出版ツアーがきっかけになって色んな企画が生まれていきました。沖縄では発酵をテーマにしたテレビ番組が生まれ、愛知では市民大学の発酵講座が生まれ、安田登さんやドミニク・チェンさんとの出会いからまた新たな研究企画が生まれ…と新たなプロジェクトがどんどんスタートしています。僕が関わっているものもあれば、僕関係なくその土地の人でスタートしたものもあります。すごいことだぜ!

▶地域コミュニティの新たな結びつきもできた!
愛知や滋賀、札幌など、イベントに参加したジャンルの違うコミュニティ同士が顔を合わせて交流が始まるケースもけっこうあるみたいです。食や健康にとどまらず、ソーシャルデザインやイノベーション、デザインなど様々なトピックスを扱う本だからこその面白いつながりだな〜と嬉しく見ています。

・出版ツアーの折り返し地点の振り返り。発酵でつながるコミュニティ

▶ほんとに「カルチャーとしての発酵」が認知されつつある…!
『発酵文化人類学』を出版してから、アートやデザインの雑誌に特集してもらったり、文芸誌に取り上げてもらったりと従来のカテゴリーを超えた「カルチャーとしての発酵」が認知されつつあるのを感じます。イベントに参加してくれる人の裾野も圧倒的に広がっていよいよ「ブームからムーブメントへ」の流れを実感してきているぜ。

4月末の出版から何度も増刷を繰り返し、現在5刷目を控え20000冊に届くところまで 部数を伸ばしている『発酵文化人類学』。ここからどこまでベストセラー街道を歩むことができるのでしょうか…?

全国各地のイベントに参加してくれた皆さま、イベントを企画してくれた皆さま、ほんとにほんとにどうもありがとう!編集チーム一同まだまだ頑張りまーす。

 

【追記1】僕が著者として頑張れることは力を尽くしてみたので、ここから先のブレイク具体は編集チームのハシモトさんとハヤノさんにかかってきます。出版社のビジネスモデルは増刷からがほんとに儲かるんだよ。頑張って〜!

【追記2】2017年末に、同じく全国出版ツアー中の編集者藤本智士さんと「めっちゃローカルな本の売りかたやってみてどうだった?」イベントをやる話が出ています。詳細決まったらまたお知らせします。

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最近の発酵デザイナー&発酵文化人類学のメディア掲載まとめ【2017 8〜9月】

引き続きメディア掲載ラッシュが続いています。6〜7月もスゴかったけどここ最近はさらに裾野が広がっている感じだぜ。

・最近の発酵デザイナー&発酵文化人類学のメディア掲載まとめ

ということで、8〜9月の発酵デザイナー&発酵文化人類学のメディア掲載をまとめておきます。行ってみよう!

カリスマ書店が『発酵文化人類学』をイチオシしてくれてるぞ!

▶kotoba 29号
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集英社の文芸誌『kotoba』で、千駄木の往来堂書店さんが今、特に推している本として『発酵文化人類学』のことを書いてくれています。恐縮すぎるー!!!
(ちなみに往来堂書店さんはJ-waveの番組『ブックバー』でも取り上げてくれました。ありがたすぎる…!みんな往来堂さん行って本を買いまくろう!)

▶婦人之友 2017年10月号_DSC3637

雑誌婦人之友の書評コーナーで、西荻の書店Titleさんが『発酵文化人類学』のレビューを書いてくれています。タルマーリーの『腐る経済』も一緒にレビューされていて嬉しい限り。
ここもとっても素敵な書店です。

『発酵を中心に据えてみることで、その周りにいる人が、どんどん人間性を回復させているように見えることが、不思議であり面白い』

と素晴らしいコメントを書いてくれています。そうなんです。発酵は「人間らしさの象徴」なのです。みんな、Titleさんでも本を買いまくろう!

デザイン&アート界にも進出!

▶AXIS 2017年10月号_DSC3648

なんと!デザイン誌のAXISでインタビュー記事が掲載されています。味覚や食文化を「デザイン」と捉え、人間の味覚と食文化の未来についてお話ししました。手前みそですけど良いこと言ってるよ。
ちなみに知人から「不思議な文脈でヒラクさんの記事が紹介されていますよ」との連絡が。

・「AXIS」の本文フォントが変わった!基本フォントとなった「AXIS ラウンド50」とは?

文字組みにも注目して読んでいただければと思います。笑

▶美術手帖 2017年10月号
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アート雑誌の老舗、美術手帖ではなんと!巻頭特集で超ロングインタビューが掲載。そして僕のラボでの麹づくりの様子が表紙になってるー!事件すぎるー!あとこの特集めちゃくちゃ内容濃くて面白いです。

・発酵デザイナー、美術手帖の表紙を飾る!

発酵のエヴァンジェリスト活動、推進中!

▶lala Begin 2017年 10・11月号
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『Begin』の女性版ファッション誌「発酵美人と呼ばれたい」コーナーでインタビューと僕オススメの発酵食品が掲載されています。服やエステにお金使うのもいいけど、発酵に投資すると料理上手&ピカピカ美人になれますよ。発酵は女子のコスパ最高の投資だ!

▶OZ TRIP 2017年秋号_DSC3645

旅好き女子のバイブル、OZマガジンの旅の特集号にも掲載。古川編集長といっしょに山梨発酵ツアーを巡りました。五味醤油のワークショップスペースの前で発酵妹とオシャレな感じで写真に収まっています。
ちなみに一般の人も参加できる山梨発酵旅のスペシャルイベント企画が開催中です。発酵兄妹やマルサン葡萄酒の若尾くんも登場する間違いない内容ですぜ。

・発酵美人1DAYスペシャルイベント in 山梨 | OZmall

▶ISETAN FOODIE 2017年9/6号IMG_20170922_153718813

伊勢丹の食の広報誌の特集「発酵のもろもろ」でお酢や動物の発酵飼料などについてあれこれコメントしたり「美味しいねぇ〜!」とはしゃいだりしてます。お肉とお酢はとっても相性が良いんですね。みんな、美味しいお酢をゲットすべし!

▶赤旗新聞で連載中!
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僕の最初の絵本『てまえみそのうた』の頃から応援してくれている赤旗新聞でミニコラムを連載中です(8〜10月まで全5回)。かなり好評らしく、読者から感想の投書などが来ているそうです。嬉しいぜ。

WEBメディアの掲載情報はこちら

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・“発酵”ってなに?──東京塩麹が塩麹作りを体験! 発酵業界参入に名乗りをあげる | OTOTOY

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・BioClub×ドミニク・チェン×小倉ヒラク 「謎発酵」発酵文化人類学&謎床出版記念イベント | MTRL ロフトワーク

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・小倉ヒラク×ドミニク・チェン、発酵好きの二人による出版トークイベントレポート | 菌トレ!

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・発酵デザイナーはローカルを目指す、そして菌になる | reallocal

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・菌が食べ物をおいしくする!? 2017年の自由研究は発酵食品づくりに挑戦しよう | Woman excite

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・話題本「発酵文化人類学」小倉ヒラクさん基山町でこうじ菌への愛を語る | 大学基山

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・発酵デザイナーに聞いた、「食品だけではない、発酵の最先端」の話 | Videlicious

多すぎてまとめるのにものすごく時間かかってしまった…!
まだしばらくメディア掲載ラッシュが続くようです。どひゃー!

(私のメディアの紹介忘れてない?という方はご一報くださいね)

食に関わるということは、世界に関わるということ。

大阪発のカルチャーマガジン『IN/SECTS』最新号の特集「新しいもの、未知なるもの」で寄稿したコラムを僕のブログに転載します。最近の食の潮流について僕なりに考えてみました。

この『IN/SECTS』、つくっている人の手触りがザラザラと伝わってくるエネルギーのある雑誌です。関西圏以外の人で読みたい人はネットショップからどうぞ


 

食に関わるということは、世界に関わること。

デザイナーとしてのキャリアを歩んできた自分が、発酵の道を志したのもそんな意識があったのかもしれません。
美味しいものが好き、生産の現場が好きだという興味を超えて、食に関わることで僕たちを取りまく社会の課題を捉えたい、ものづくりや自然の本質を深く認識したい。これが僕たちの世代(20代〜30代)の新しい「食との向き合いかた」です。

「発酵デザイナー」という変わった肩書の僕の仕事は発酵や微生物のメカニズムや価値をデザイン技術を使って可視化すること。料理家のようにレシピを開発するわけではなく、微生物との付き合い方を誰にでもわかりやすい方法にして伝えることです。例えばお味噌づくりのワークショップをする時に、料理家だったら「いかに美味しい味噌を仕込むか」が大事ですが、僕にとっては「味噌をつくることを入り口に、微生物の働きを理解してもらう」ことがゴールになります。
発酵食品を食べたりつくったりすることは、目に見えない自然の世界を旅するための「ひみつのドア」です。それを食全体に拡げて表現すれば、食べること、料理することは自分と世界の関わりを知るための入り口なのです。

自分と世界の関わりを知りたい。この感覚って何かに似ていませんか?
そう。一昔前の「アートやデザインに興味がある」「自分を表現したい」という関心が、食に向かって注がれているんですね。僕がグラフィックや音楽、あるいは五感を使ったワークショップを通して発酵食のことを伝えている理由の一つに「アタマではなく感性からミクロの世界の面白さに気づいてほしい」という思いがあります。

まるでアーティストを志すかのように食の世界を志す感受性の持ち主たちは、食べることを通して新しい社会の関わり方のビジョンを作り出すはずです。
例えば。乱獲される漁業資源を救うための「食べる」。伝統的な和食を現代のライフスタイルに仕立て直して「食べる」。新たな世代が始めているこのような「食のカタチ」には、食べる喜びにアートのもたらす美意識、社会の課題解決のための事業センスや未知の知識への学びが組み合わされ、社会を変えるアクティビティとしての機能が備わっています。僕にとっての「発酵」もそう。微生物の見えない視点から人の意識を変え、世界の見方を変え、文化や経済のあり方を変える「デザインの起点」なのです。

小倉ヒラク:
発酵デザイナー。「見えない発酵菌たちのはたらきを、デザインを通して見えるようにする」ことを目指し、山梨県の山の上に発酵ラボをつくり、日々菌を育てながら微生物の世界を探求している。新著に『発酵文化人類学』(木楽舎)。


編集部の小島さん、ブログ転載こころよく了承してくださってありがとうございました。
次号楽しみにしてまーす!

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発酵デザイナー、美術手帖の表紙を飾る!

おーいみんなー、大事件だー!

アート業界の老舗雑誌、美術手帖に発酵デザイナーが大々的に取り上げられているよ!ていうか、なんと表紙も飾っている〜!
ふきんの上でお米をバラしているこの光景、昨年に受講者1,000人を達成した『発酵デザイナーのこうじづくり講座』のひとコマです。

・1000人達成!発酵デザイナーのこうじづくり講座

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美術手帖チームがなんと四人も山梨の僕のラボを訪ねてくれて、一緒に麹を仕込んだり散歩したりしながらお話ししたことが10ページの長編記事にまとまっています。
記事を書いてくれたのが、2016年のスペクテーター『発酵のひみつ』でも活躍したライターの神田桂一さん(著書の『もし文豪たちが カップ焼きそばの作り方を書いたら』がヒット中)。
単なる取材記事というよりは神田さんのメッセージも微妙に押し出された読み応えのある記事に仕上がっています。

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最高なのがこのページ。僕が『発酵文化人類学』で考えたテーマが素敵なインフォグラフィックスにまとまっています。イラスト書いてくれた藤田翔さん、ありがとう!

ちなみに麹づくりの様子や僕のラボで分離したカビ(水分抜けてカピカピになってるけど)なども収められています。
インパクトある写真を撮ってくれたのは25歳の気鋭のフォトグラファー、原田数正くん。『鶴と亀』の小林くんをおびやかす次世代の才能かもしれない…!

企画編集を担当してくれた森さん&近江さん、本当に素晴らしい記事をありがとうございます。2014年のソトコト、2016年のスペクテーターに続いて、2017年の発酵デザイナーの現在地がまとめられた「名刺記事」として色んな人に広めたいと思いマス。

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紙面には鳥取智頭のタルマーリーや埼玉県飯能の野口種苗研究所、吉祥寺のタイヒバンや札幌の食べるとくらしの研究所、さらに料理研究家の大御所、土井善晴さんやアリス・ウォーターさんも登場しています。巻頭で特集された岩間さん、船越さんの記事もめちゃ読み応えがありました。あと食じゃないんですけど後半に『21世紀の民俗学』の著者の畑中さんの寄稿文もあります。

・夏の読書感想文。21世紀の民俗学、数学する身体。私小説の未来について

さらに特筆すべきは60年代からの食の潮流をまとめた年表。俯瞰的に食の世界のトレンドの変遷を見ることができます。

食専門の雑誌ではできない、ユニークかつディープな食の特集になっています。
こんな素敵な雑誌に取り上げてもらって光栄だぜ…!

・SPECTATOR最新号『発酵のひみつ』は僕の本だ!(と言いたい)

・ソトコト 2014年12月号 特集インタビュー&かるた

 

性善説と性悪説、社会を動かすのはどっちだ?「信じ合う社会」へのいばらの道。

性善説と性悪説について。

こないだ東ヨーロッパ行って驚いたのが、バスに乗る時に切符がなくても乗れてしまうシステム。これはつまり「みんな当然切符持ってるよね。だからチェックしなくていいよね」という性善説システムで社会が動いているということです。

でね。実はこのシステムは管理コストを省ける合理性があったりする。
ヨーロッパに住んでいた時いろんなものが性善説で動いていることにビックリしました。なぜかと聞くと「市民はすべからく成熟していること」が前提の制度設計だからだそう。

性善説と性悪説の合理性の違い

性善説の制度設計は「悪いことしてないかチェックするコスト」がかからないので実は合理的だとも言えます。

対して日本は社会の基本原理が性悪説で動いているかもしれません。
例えば朝の通勤電車の遅延証明。いい年した社会人が「私はウソついてません」と会社に届けるなんてよく考えたらヘンな話です。誰かがズルをするロスは防げるけど一方ではチェックするための手間とコストがかかる。

性善説で動くシステムとどっちが合理的か。
性善説が不合理になるのは「ズルするロスが管理するコストを上回るとき」。
性悪説が不合理になるのは「管理するコストがズルするロスを上回るとき」。

つまり「みんなズルをする人間と見なすかどうか」でどちらの人間観を取るかが決まるわけです。日本の制度設計は「市民はみんなズルをする」前提です。

ネット上にあらわれるアナーキーな性善説

で、ここから本題。
ネット上で新しく登場するサービスは性善説で設計されているものが多いように感じます。特にベンチャー起業がリリースする型破りなサービスは性善説の極地。
楽観的なビジョンで生み出されているという理由以外に、人員や予算が小さいので管理コストを抑えるための合理性もありそうです。

クラウドファンディングを筆頭とする互助的なフィンテックサービスは性善説でないと意味をなさない
この「アナーキーなまでの性善説」は性悪説で動いてきた日本人のマインドをザワつかせます。「こんな仕組みにしたらズルするヤツが溢れて社会が崩壊するのでは?」というように。

考えてみれば、僕と同世代かもっと下の新しい世代が立ち上げる事業は、ネットかリアルを問わず、性善説かつ互助的な思想を持ったものが多い。それが社会のインフラに浸透していくためには「無意識に刷り込まれた性悪説マインド」を凌駕していくことが必要です。

…とか書いてみたんだけど、なんかムズカしそうだよね(>_<)

クラウドファンディングやpolca、VALUのようなサービスは、世代によって受け取られ方が全然違うものになるでしょう。何十年も電車の遅延証明書を出してきたおじさんは「見返りを求めずに投資をするシステム」を理解するのが難しいかもしれません。「契約」ではなく「応援」を選ぶ価値観が、余裕がある時の慈善活動ではなく人生の中心を占めるという価値観。

「僕こういうことしたいんだけどお金足りない」
「そっか。じゃあ僕の使ってね」

というやり取りは契約じゃないので拘束力はない。

「きっとアイツはやり遂げるし、別に僕に直接お返しがこなくてもいいや」

というのが性善説の世界。「疑う」ではなく「信じる」ということで社会が回る。
他者を信じることで積み上がる「信用」を社会資本として自分の人生を設計する。

フィンテックやSNSが生み出す「性善説」の世界は、必然的に僕たちの成熟度を試すモノサシになります。悪意を持って使うと短期的には仕組みをハッキングして個人的な利益を得ることができますが、仕組み自体が存続できなくなります。「キミのことを信じてるよ」と言われた時、真に自分が試される。

「お互いを信じあう社会」への道はけっこう茨の道かもしれません。
でも、僕たちの世代がここのハードルを超えないとあんまり生きやすい社会は待ってないかもしれないですね。だって、管理コストを維持するだけの体力が日本に残っているか微妙だし、また何十年も電車の遅延証明書をもらいにいくんだよ?

ブロックチェーンのようなテクノロジーの発展が、外部から僕たちの行動規範を善なるものへと変えてくれるのか?それとも性善説とともにテクノロジーを否定して前近代的な世界へ退行するのか?あるいは僕たち自身が自発的に新しい社会の規範を生み出していくのか?

「外部からの変化を待つ」か「自分から変化を起こす」のか。個人の行動が試される時代だぜ。

暮らしかたという病。シアーズカタログに見る、暮らしをカタログ化する欲望

昨日のヒカリエ「これからの暮らしかた」展で話したことを忘れないうちにメモ。僕が話したかったのは「暮らしかたという病」について。現代において「暮らしかた」について語ることは、実際にどういう風に暮らすのかというより「暮らしをカタログ化したい」という欲望の発露なのでは?という問いかけでした。

「暮らしのカタログ化」という欲望はベンヤミンのパサージュ論に端を発し、片岡義男やJJのアメリカンウェイ・オブ・ライフの歪んだ輸入、そこから80〜90年代のライフスタイル雑誌に至る「消費社会における自己表現」という側面を持っています。「暮らし」が自己目的化するから「病」になります。
「これからの暮らしかた」を語るということは「僕たちがいかなる病にかかってもがいているのか」ということの検証です。楽観的な未来予測や社会の展望を語ることではありません。

「暮らしかたが〜とか言っている時点でウチら超こじらせてね?」

という自己確認無しに次には進めないと思います。

シアーズカタログに見る暮らしのカタログ化

20世紀初頭まで「ライフスタイル」は文化の無意識のうちに沈んでいました。社会学者ベンヤミンの「パサージュ論」は流行遅れになったパリのアーケード街から「無意識に沈んだライフスタイルの夢」を拾い上げる試みです。

「ライフスタイル」が明確に意識化されるのは20世紀初頭のアメリカにおいて。
20世紀初頭アメリカで生まれた「シアーズカタログ」はファッション、インテリアやガーデニング商品が網羅された、日本でいうNISSENやフェリシモのはしりのような「暮らしのカタログ」。

このシアーズカタログにおいて、暮らしかたがカタログ化され、選択可能なものと見なされるようになります。

第二次大戦後、最大の戦勝国となったアメリカはシアーズカタログにあるような、ピカピカの家電や芝生の手入れされた一軒家で暮らす上品な家庭を「アメリカン・ウェイ・オブ・ライフ」と標榜し、ヨーロッパへのコンプレックスを払拭した「アメリカ発のライフスタイル」を主張するようになります。

ところが60年代後半ベトナム戦争ががこじれてアメリカン・ウェイ・オブ・ライフ的な価値観の揺り戻しがアメリカの若い世代から登場し、「ホール・アース・カタログ」という消費社会に対する「オルタナティブなライフスタイルカタログ」が生まれます。思想はアンチだけどカタログ化という手法は一緒。

オルタナティブなライフスタイルカタログ

アメリカで生まれた「ライフスタイルのカタログ化現象」は日本で見事にローカライズされました。シアーズカタログはNISSENやフェシリモに、ホール・アース・カタログはPOPEYEや宝島などのカルチャー誌に変形され、2010年代に至るまで日本のメディアと小売のベースになっています。

でね。「これからの暮らしかた」展は「これからの」とあるようにオルタナティブなライフスタイルを提案し、かつ47都道府県というフレームで分類するカタログ的な方法論を取っているが、これはホール・アース・カタログのような「オルタナティブとしてのカタログ」なんですか?とキュレーターに質問してみました。

暮らしかた冒険家の肩書を持つ伊藤さんの答えを僕なりにレジュメにすると、

「ソーシャルなことをやっていると課題マニアみたいな人が多くて、否定することがアイデンティティになってしまう。だから未来に対して前向きに活動する人たちを集めて見える化したかった」

とのこと。つまりホール・アース・カタログのさらにアンチということになります(オルタナティブなもののオルタナティブだからね)。
カウンターカルチャーがそれなりに社会に根付いて形骸化してきているのでアンチを唱えて眉間に皺寄せてるよりは「楽しく未来をDIYしていきまーす!」みたいな朗らかさを切り取ってみるのもいいよね、という提案。

シアーズカタログの世界が終わった後のライフスタイル

これは「何回転かひねった朗らかさ」なので、実はものすごくハイコンテクスト。

「こじらせていることをメタ認識したうえで意識的に朗らかにふるまう」というのがトレンド性を持つところに「構造的な歪み」があるなと僕は感じます。「自分で暮らしをつくろう」というのは「ライフスタイルカタログの重力圏からの脱出」という意図があるのだけど、それもまたカタログ化されるというリターン・トゥ・フォーエバー感…!

そして。みかんぐみ竹内さんのコメントも面白かった。
シアーズカタログは当時のアメリカの国策であるモータリゼーションと郊外都市の開拓の推進に紐付いている。つまり国家的な産業施策を、民間事業が消費しやすいインターフェイスにアレンジしたものであるという建築家ならではの指摘。

「もし『これからの暮らしかた』展が、来たるべき時代のライフスタイルカタログであるならば、シアーズカタログとは真逆の「ロジスティクスと郊外の縮小」に直面する時代のライフスタイルの提案になるのかもしれない」

と竹内さん。歩いていけるヒューマンスケールのコミュニティでの暮らしの必然性が浮かび上がってくるといいよね、という期待がこの展示には込められているのかもしれない。

「発展する社会」と「縮小する社会」のあいだ。「選んで消費する人生」と「自分でつくる人生」のあいだで葛藤し、もがき苦しむのが「暮らしかたという病」の症状。
「カタログ化されたライフスタイル」の呪縛を解くためにカタログの手法をハックし、しかもそれを地方でなく東京でやるというアクロバット…!

20世紀アメリカで生まれた、暮らしをカタログ化し消費可能なものとする「ライフスタイル産業」は普遍的なパラダイムではない。けれどもその局地的パラダイムを「思考の前提」としていることに疑問を持たずに「暮らしとは」と語ること自体が、ある種の病の兆候なのかもしれません。

 

【追記1】ちなみに前半の僕のこの話のあと、後半はツバメコーヒー田中さんの爆弾発言が炸裂しまくって会場が爆笑に包まれました。キュレーターの伊藤さん竹内さん、示唆に富んだ話をありがとうございます!また会って話しましょう。

【追記2】ホール・アース・カタログがオルタナティブな思想を「カタログ」という既存の方法で編集したのは一緒のパロディなのではないか?と今回このエントリーを書きながら思ってしまった。

【追記3】もちろん僕自身もこの病と無縁ではない。というか、自分のスタンスで生きようとする多くの人たちは少なからずこの歪みを共有している(たぶん)。

 

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アタマ発酵本。発酵文化人類学から生まれた関連本セット販売企画やるよ!

セットで読みたい『アタマ発酵本』キャンペーン始めます!

「なぜこんなニッチすぎる本が売れるのか…?」と出版業界をザワつかせているらしい僕の新著『発酵文化人類学』。出版から四ヶ月が経ち、口コミで全国に広がりながら、間もなく5回目の増刷を迎えるまでに。

・手前みそからシンギュラリティまで。『発酵文化人類学』の詳細はこちら!

そう。祭りはまだ終わっていないッ…!
ということで。『発酵文化人類学』のさらなるヒットを祈願して新たに企画を立ち上げました。その名も「アタマ発酵本」セット販売キャンペーン!

出版ツアーから生まれた謎すぎる関連本

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京都丸善本店で安田登さんと対談した時の集合写真。満員御礼でした!

全国各地で開催した発酵文化人類学の出版ツアー。そこで様々な領域で活躍する面白い人たちと対談をしました。

・【全国の皆さまに会いにいくよ】発酵文化人類学全国ツアーの日程リスト

中でも特に印象深かったのが7月19日から21日まで3日連続で開催された、合同出版記念・異種格闘技トークベント

1日目:編集者藤本智士さんの新著・ 魔法をかける編集
2日目:能楽師の安田登さんの新著・あわいの時代の『論語』
3日目:情報学者ドミニク・チェンさん松岡正剛さんの対談本・謎床 思考が発酵する編集術

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渋谷ロフトワークで行われたドミニクさんとの対談イベント。詳細は下のリンクから。

・BioClub×ドミニク・チェン×小倉ヒラク 「謎発酵」 | MTRL

ジャンルの異なる三冊の本の著者と合同で出版記念パーティを開催。これが連日超満員で盛り上がったんですが、話はイベントだけでは>終わらなかった…!

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こんな感じでamazon上で謎すぎる関連本が爆誕…!

イベントが終わってしばらくすると驚くべき出来事が発生。amazon上で『発酵文化人類学』を介してジャンルがバラバラすぎる四冊の本がなぜか関連本として表示されるようになりました。ツイッター上での著者同士のやりとりを見てセットで本を買う人も続出。

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大阪スタンダードブックストアで開催されたイベントには100名来場!左から店長の中川さん、ジモコロ編集長柿次郎さん、藤本さん、ヒラク。

つまりジャンルよりもソーシャルのつながりで本が関連付けされる現象。

これめちゃくちゃ面白くないですか…!?と興奮したので、ホントに四冊をセットにして売ることにしました。だって、どの本もめちゃくちゃ面白いんだもの!

アタマ発酵本とは何ぞや?

『アタマ発酵本』とは、僕小倉ヒラクがジャンルの違う四冊を勝手に発酵というキーワードで括ったシリーズ本。 各出版社にお願いして僕の自腹で本を買い切り勝手にオリジナル帯とPOPまで作って有志の本屋さん及び僕のブログでセット販売するという、面白い読書を提案したい! という熱意だけで生まれた誰が得するのかよくわからない企画です。

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この企画のためにオリジナル帯をデザインしました。シリーズ感出てる!

【あわいの時代の『論語』】〜身体と心を発酵させる〜
孔子の『論語』を古代漢字から読み解きながら、人間の起源と古代の超感覚をあぶり出していくという、異次元能楽師の安田さんにしか書けないユニークすぎる本。論語のことはもちろん、能のこと、漢字のこと、身体のことがわかります。つまりサイコー!

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安田登:能楽師。宝生流ワキ方。ボディワークやデジタルメディア、ギリシャ語やシュメール語、古代中国の象形文字の語学など多彩な領域を研究。古代シュメール神話「イナンナの冥界巡り」の上演をプロデュース。

【魔法をかける編集】〜社会の発酵のさせ方を知る〜
編集という概念を拡張し、どんな人でも社会に価値を埋め込めるようにするための具体的なメソッドと発想法をローカルメディアの生けるレジェンド藤本さんが大公開してしまった必読書。地域コミュニティに関わる全ての人は読むべし。つまりサイコー!

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藤本智士:編集者。2000 年代半ばから兵庫に本拠地を置きながら東京を介さない新世代のメディアを作り続けている。伝説のローカル雑誌「Re:S」秋田県庁発行のフリーペーパー「のんびり」のプロデュースを手がける。

【謎床】〜世界の謎が発酵する〜
日本文化、ITテクノロジー、ゲーム、バーチャルリアリティ、生物学に認知科学など様々な領域を横断しながら社会の仕組みや人間の感性に問いを投げかけまくる、濃厚にも程がある対談本。ドミニクさんが松岡正剛さんの膨大な知を巧みにガイド。つまりサイコー!

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ドミニク・チェン:情報学者。メディア論や人工知能、生物学など様々な領域を横断した情報体系を研究。偏愛で つながるコミュニティサービス「シンクル」 などの開発を手がけるIT起業家であり、 IT 業界きっての発酵好きとしても有名です。

【発酵文化人類学】〜発酵から世界を見る〜
発酵と文化人類学を組み合わせ、微生物的視点で人間の社会や文化を掘り下げるという「発酵カルチャー本」。発酵好きコミュニティにとどまらず文系から理系まで色んな人に読まれているようです。つまりサイコー!

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小倉ヒラク:発酵デザイナー。山梨県甲州市の山の上で菌を育てながら暮らしながら、研究したりデザインしたりラジオのパーソナリティやったりしています。

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四冊をセットで読むと一冊よりも愉快かつディープな読書体験ができます。例えば…


・発酵をキーワードに思索を深める!
・オススメ順に読んで解像度を上げる!
・四冊を行ったり来たりして楽しる!
・さらに他の本へと興味を発展させる!


というように。
僕の本はともかく、他の三冊ともにマスターピースであると力強く断言しておきます。
ただでさえマスターピースを関連付けて読めばたくさん発見があること間違い無し!

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かもめブックス柳下さん
「やあ皆さん!今回の企画は僕のやっているかもめブックスが全面バックアップしているよ!うちの店頭でも『アタマ発酵本』の棚を展開しているので遊びに来てね!」

柳下おじさん、ありがとう…!

アタマ発酵本はこうやってゲットすべし!

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▶ヒラク書き下ろしの読書読本と一緒に読むべし!
僕が四冊をどんな順番で、どうやって関連づけて読んだのかをフリーペーパー形式にして用意しました。このフリーペーパーだけで結構読み応えあります。このブログから注文 or かもめブックスで買った人にプレゼントするので、これを読書読本にして読書を楽しんでください。

▶フォームorかもめブックスでゲットすべし!
オリジナル帯&フリーペーパー付きの『アタマ発酵本』は、下記のフォームor共同企画のかもめブックス@神楽坂でお買い求めください。

四冊セット:7,300円(税&送料込)
三冊セット:5,700円(税&送料込)
※任意の一冊を除く三冊セット。ex:発酵文化人類学/謎床以外の3冊
☆☆9/22(金)を目安に申し込みを締切ります☆☆

お名前 (必須)

メールアドレス (必須)

配送先住所(必須)
 

セット内容(必須)
 四冊セット 任意の本を除く三冊セット

☆三冊セットの場合、除外するのは…
 発酵文化人類学 あわいの時代の『論語』 魔法をかける編集 謎床

メッセージどうぞ!

※最初は限定20セットからスタートします。注文が多かったらまた次考える!
※発送まで5日から1週間ほどかかります
※待ちきれない人はかもめブックスで直接購入してください
※お支払い方法は僕からの返信メールにてご案内します

それでは皆さまのご注文お待ちしております!レッツ愉快な読書!

 

【追記1】ウチの本屋でも「アタマ発酵本」の棚つくりたい!という志ある本屋さんがありましたらご一報ください。帯やフリーペーパー、POPのデータをお渡しします。

【追記2】本80冊ぶんを自腹で買いきったので初回20セットはなんとか完売したい!

【追記3】協力してくれた晶文社(謎床)、春秋社(あわいの時代の『論語』)、インプレス&ミシマ社(魔法をかける編集)、木楽舎(発酵文化人類学)と著者の皆さま、かもめブックススタッフ一同僕の趣味に付き合ってくれてどうもありがとう〜!

【追記4】ちなみに前回の増版記念企画の『発酵文化人類学オリジナルTシャツキャンペーン』、大好評でなんと!200枚以上が売れていきました。すすす、スゴい…!

Tshirt

引き続き、ベストセラー目指して頑張るぞ(もちろん僕の本だけじゃなくて)!

東京が「ノスタルジーの街」になる近未来。

『発酵文化人類学』の出版ツアーで全国行脚するために仕事の8割を4ヶ月くらいお休みにしてしまったので外に出る用事がないとけっこう時間があります。ヒマな一日は朝からBBCニュース見てバイオとかフィンテック関係の記事を読んで、昼に本を読んだり辞書引いたりして夜にyoutubeとかamazonプライムで映画や動画見たり、のんびりしているようでわりとたくさん情報をインプットしています(あと発酵の仕込みも)。

直近の目的のないインプットは後でわりと役に立つ、はず…!

・ヒマが大事だ!誰よりも自由なネズミについて

東京から距離を置いた場所で暮らして、かつ海外に仕事で行く機会が増えてきたいま思うのは「東京は最先端の街ではない」ということ。東京はヨーロッパやアジアの地方都市とだいたい横並びな感じになってきたのではないかと感じます。何か新しい情報や出来事は東京を経由しないて海外のどこかの街で直接出会うことになる。

この実感は地方に住むとより強くなります。

「東京が最先端の街じゃなくなった」ということは「東京に暮らしていたら自動的に新しい情報がインプットされる」というメリットが減少しているということかもしれません。東京で忙しくしているより、地方でのんびり暮らしているほうが何か新しいことを学ぶにはいいのかもね(東京で暇な人はある意味最強だけど。クラシコム青木さんとか)。

こないだもブダペストの学会に行ったら、アジアからの若くて元気で感じのいい街場のボーイズ&ガールズな研究者がたくさんやってきて、レベルの高いプレゼンテーションをしていました。日本は僕が一番若いくらいで、大半がおじさん…!
東京が象徴的ですが、日本全体で新しい世代の芽が育たない現象が起きているかもしれない。

・二極化する20歳の世界観。早稲田大学で三年間講演をしてわかったこと。

1970年代のタルコフスキーの映画『惑星ソラリス』のなかで未来のメトロポリスとして描かれた東京も、コンクリートが黄ばんで劣化していくとともに、どこか古ぼけた景色になっていく。東京のストリートカルチャーをいっぱい吸収して自己形成してきたヒラクとしては寂しいことだけど、東京は「ノスタルジーの街」になっているし、これからその流れはさらに加速するのだろうね。

でもさ。
何か新しいことに興味を持てば自然に視点が外に開くわけじゃん。そしたら元気に未来へ向かっていくアジアはじめ他の文化に学ぶことがたくさんあるということだから、なかなか楽しい時代が始まっていくのだとも言えそうデス。

二極化する20歳の世界観。早稲田大学で三年間講演をしてわかったこと。

こないだ母校早稲田に講演に行ってきた時の話。
文学部の宮崎薫教授のキャリア教育の一環として「就活しなくてもヘンな仕事してても楽しく生きているセンパイを見せたい」という謎のオーダーで年に一回の講演を三年間やっています。

保守的すぎる感想にビックリ!

毎回200名くらいの学生たちに発酵デザイナーの仕事を紹介するのですが学生の反応にビックリ。講演終了後に学生にアンケートを取ると、

「大学卒業したら安定した大企業に就職して、20代で結婚して子ども産んで主婦になる人生が当たり前だと思っていましたが、ヒラクさんのような生き方を見てビックリしました」

みたいな子が毎年2〜3割います。ていうか年々割合が増えている印象。どこの昭和だよ!?
あるいは、

「ヒラクさんのような生き方は才能がある人だからできることであって、私もやりたい事があるのですが自分は才能がないのであきらめます」

ろいうコメントも散見されます。
20歳ぐらいで自分に才能あるかどうかなんてわからないから!もしわかったとしたらそれはそれでオマエ才能あるから!

というように、講演後に返ってきたアンケートの半分強が「昭和すぎる保守」あるいは「まだ始まってもいないのに諦めている」という状態で、残り3割弱が「ぼんやりした感想」、残り1割が「逆ギレ」で、最後の一割が「私もやりたいこと頑張ります!」という元気なりアクションです。この比率は三年間ほぼ同じ。講演を終えた後に、

「なあんだ、発酵デザイナーとか言って面白そうなことしてるかと思いきや、ずいぶんアナクロなことやってますねえ。僕たちの時代はもっと先端を行っているんですよ」

的なリアクションもらったらセンパイとして恥ずかしい〜!とビクビクしていたんだけど、現実はその逆。なんでこんなに昭和なの?

二極化する20歳のビジョン

コンサバな世界観で生きている子たちがいる一方、僕の出演するバイオ/ソーシャル系のイベントには、

「高校生です!自宅で細胞培養してまっす!将来はバイオベンチャーやります!」

みたいな超元気な子も来てくれます。
考えて見るに、現代は「あんまり将来に期待してない子」と「自分の手で未来をかえられる実感のある子」の二極化が激しい時代なのかしら。

安定を求めて昭和な人生ルートを選ぶことに疑問を持たず、まだ見ぬ自分の才能を半ば諦めている…という20歳の子たちは感性がないわけでははなくて。実は鋭敏な感性で「現実を直視したらアタマがおかしくなりそうだから過ぎ去ったはずの時代が永遠に続くことにしておこう」と自分に言い聞かせている。
うっかりその鋭敏な感性のセンサーを使って「これから来るべき日本の未来」を覗いてしまうことを恐れているのでしょうか?だからそのセンサーが誤作動しないように、過去のファンタジーで自衛している
そういうふうにでも仮定しないとこの三年間にもらった彼らからのメッセージが理解できません。

いっぽうで「来るべき未来」を普通より広く柔軟に見ることのできる子たちは自分の可能性に可能性を見出すことができる。自分のやりたい事、才能を信じることができれば国境や文化を超えて新しい情報やネットワークを使って自分のフィールドをつくることができる。こうして極端な二極化が起こる。
まあまあ自分のことを信じていて、まあまあちょっと先の現実を考えて、でも基本的にはぼんやりしているというどっちつかずの真ん中の子はどんどんレアになっていく。

と仮定してみると、これはもう今までのサラリーマン文化が崩壊してものすごく流動的な社会がやってくるのでしょうか。

二年間打ちのめされてきたので、三年目は作戦を練りました。
終始一貫して「アナタたちの感性は正しい!」「自分では信じてないけど才能めっちゃ眠っている!」と120%全肯定しながら話を進めていくと最後にちょっとだけみんなの顔が明るくなったよう気がしました。

彼らの言葉にならない顔つきや態度はその次代を映し出すメタメッセージ。
そう。20歳の直感はいつだって正しい。たぶん。

夏の読書感想文。21世紀の民俗学、数学する身体。私小説の未来について

ツイッターで散発的につぶやいた読書感想文をブログにまとめなおしておきました。
夏の終わりの読書の参考にどうぞ。

21世紀の民俗学

畑中章宏さんの『21世紀の民俗学』を読む。
セルフィーとざしきわらし、事故物件と闇インターネットサイト、宇宙葬と野尻抱影のロマン主義と時代を超えた事象が「民族の感情」という紐で結ばれていく。

特筆すべきは各章の読後感。自分の感情が虚ろな空間にすっと消えていく不思議な感じ。
この本を読むこと自体が、妖怪に遭遇したような、狐に化かされたような「なんともいえない妙に乾いた心持ち」になる行為。引用や事実公証を淡々と積み上げているのに、まるで昔の怪談を読んでいるような感じになる…って、そうか!杉浦日向子さんの漫画『百物語』の読後感によく似ているんだ

最終章で畑中さんが民俗学の再定義をしているのですが、最大の焦点は「民俗を過去形として語るか現在形として語るか?」。
「過ぎ去ったものを保存・体系化する」という民俗学のアーカイブ性から一歩抜け出して、民俗を「今まさに生成されているもの」と見なす。

この視点は、僕が『発酵文化人類学』を書いた時の視点とよく似ていると思いました。発酵文化を「守り継承していくべき日本の伝統」と捉えるか「今まさにダイナミックに変わっている現在進行系のカルチャー」と捉えるか。僕が興味あるのは断然後者。僕にとって発酵は現在進行系カルチャーで、畑中さんにとって民俗もまた現在進行系カルチャーなのでしょう。

無線音響技術が進化することで、無音の盆踊りが生まれる。それを「不気味」だと片付けるのではなく「これはこれで風情があるのではないか。ていうかそもそも盆踊りって静かなものだったし」と捉え直す。これが畑中さん特有の「アクチュアルな視点」。僕が畑中さんの本を読んでいつも感銘を受けるところです。

数学する身体

ずっと読みたかった『数学する身体』を読む。
思った通り、というかそれ以上に素晴らしい本でした。「数学を読み解く本」というよりも「世界を数学という方法論で読み解いていく本」。数学の系譜を辿りながら人間の心の起源が解き明かされていく。視点はもちろん文章から湧水のように溢れる感性が素晴らしい。

「数学について知りたい」というニーズを満たす数学の本はたくさんあっても「自分と世界について知りたい」というニーズを満たす数学の本は稀有なのではないかしら。普遍性を持ち得る専門書は、その専門領域の窓を開けた先に「自分と自分の生きる世界」の景色が見えます。

「本を読む」という行為を突き詰めてみると「知識を得る」のその先の「自分のことを知りたい」という根源的な欲求があります。
その道に至る方法は主に3つあってだな。① 哲学というドアから入る ② スピリチュアリティというドアから入る ③ 各種専門領域のドアから入る の3つです。自己啓発本の大半は①のフリをした②で、比較的量産が簡単なヤツです(本気の①と②は書くにも読むのも気合がいる)。

しかしだな。まっすぐに「自分とは何か?」という問いに向かう道とは別に、全く別の山に登りながら、ある瞬間に「これはもしかして自分のことなのではないか?」と思わせる景色が出現する、という間接的アプローチがあります。これが③であり、「数学する身体」です。

「数える」「図を書く」「証明する」という具体的な行為を掘り下げるとともに、「わたしの心」のアウトラインが浮かび上がっていく。入り口は「数学」という専門領域ですが、その先の道は全ての人に開かれています。その事を直感できるセンスの人たちに広く読まれていく本なのでしょう。

さらにスゴいのは、実はこの本は作者にとってはまだ「準備体操」であること。チューリングと岡潔を語ることは実は森田さんにとっての「自己紹介」で、近い未来必ず「自己紹介は済んだので、じゃあ次行きましょう」というマスターピースが来る予感しかない。いやあこれは宝物のような才能だなあ。

私小説の未来について

こないだ甲府で山梨在住の小説家の荻原さんと「私小説を書くこと」についての話をした時に考えたことのメモ。

自分の体験を通して内面を掘り下げていく私小説というフィクションの様式は、SNSやブログにおいて完成したのではないかと僕は思います。「自己の心の揺れ動きがコンテンツになる」という点においてWEBは最強。江戸時代の小説は南総里見八犬伝や雨月物語のようなファンタジーですが、近代になってから「著者自身の体験から人間の内面を探索する」という私小説が日本文学の主流になります。

そしてその帰結はtwitterやブログなのではないかしら?人間の心理に敏感な感性は小説ではなくWEBに向かう。だから現代における私小説(が目指したもの)の王道は、はあちゅうさんのような人なのではないでしょうか。自分が何かを体験して、そこで感じたものがそのままダイレクトにコンテンツになる。その意味で、小説よりもtwitterやブログのほうが「私小説なもの」としてインターフェイスが優れています。

さて。
私小説の必然が崩れた時に「フィクション=小説を書く」行為がどこに向かうかというと「社会構造の死角を照らす」とか「民族や歴史の業を描く」という個人の身の丈を超えた対象に向かうか、ケータイ小説のような「泣けるツボを強制的に押しまくる」みたいなものに二極化していくのかもしれません。

「民族や歴史の業を描く」という小説の役割で言うとミラン・クンデラやアゴタ・クリストフのような亡命作家がヒントになりそうです。
両者ともに「生き延びるために母国語を捨てる」という決断をした上で「現実を虚構の下に隠す」という戦略を取りました。小説は自己表現ではなく止むに止まれぬ選択でもある。

大国から侵略を受けたり独裁政権がはびこる小さな社会から奥深いフィクションが生まれることがあります。これはノンフィクションを語ることができない止むに止まれぬ事情から、現実をフィクションに託さざるを得なかったということです。

小説を書くということは「なにかを隠す」という行為でもある。

直感ですけど、新世代の小説家はこれまでの私小説とは違うやり方で「歴史や民族の業」に向き合うことになるのかもしれません。過去に私小説という形式で「自分の物語」を語りたいという欲求はWEB界に移行する。それでも小説というフィクションを選ぶ人は何か別の使命を負うことになる。

…と考えてみると丸谷才一さんの『裏声で歌へ君が代』『輝く日の宮』なんかは、ものすごくアナクロなことをやっているようにみえて、実は近代以降の私小説のトレンドが終わった後のフィクションの先取りをしていたのかもしれません。その延長線上に村上春樹さんの『1Q84』のような世界観が出てくるのではないでしょうか?
(とか偉そうに書いてみたけど、僕さいきん全然フィクション読まないんです。誰か面白い小説をオススメしておくれ)

 過去と未来のキャッチボールについて

『21世紀の民俗学』や『数学する身体』にあわせて、安田登さんの『あわいの時代の論語』をもっかい精読。論語という古典を通してシンギュラリティや身体拡張性という現代的なテーマを重ねてくる視点もまさに「温故知新」。

過去と未来のあいだでキャッチボールをしながら「いま」があぶり出されていく。
これが読書をする醍醐味の一つ。

「いま」という時代を精度高く見るためには自分の生きている時間だけでは足りない。だから何百年も時間を遡ったり、未来を想像してみたり、さらに遡った時間と予測した時間を同じ定規で測り直したりしながら「いま」を逆算していく。

「いま」は生身の眼だけでは見えない。
だから未来と過去のレンズを使う。その時に本は優れたガイドになってくれるんだな。

 

『夏休み!発酵菌ですぐできるおいしい自由研究』を持っている人へ呼びかけ。

ヒラクです。山梨の山の上な夏の盛りを過ぎてずいぶん過ごしやすくなりました。

今日はみんなに呼びかけのブログです。
今年の6月に出た『夏休み!発酵菌ですぐできる おいしい自由研究』について。これは去年末に図書館用に出した自由研究本が好評で、それを一般向けに出したものです。
おかげさまでこっちも好評でたくさんのご家庭で自由研究に使ってもらっているようです。どうもありがとう!

その中で、酵母液からパンをつくる実験をしていた親子から「ガラス瓶に材料を仕込んだら、数時間で破裂するほど発酵が進んだ」という問い合わせがありました。
レシピではずっと放ったらかしにしないで一日一回は瓶をあけて材料を混ぜるように書いておいたのですが、暑い夏の環境の場合ものすごく短時間で酵母の発酵が進むことがあります。
なので、30℃近い夏の環境で仕込む時は

・市販の丈夫なガラス瓶を使う(食材やジャムの瓶の使い回しをしない)
※それでも心配な場合は炭酸水用のペットボトルを使う
・フタをゆるめに締める
・泡の出具合を見ながら数時間ごとに瓶の様子を見てガスを逃がす
・発酵が進みすぎて心配になったら冷蔵庫に入れる

ように注意してください。
親子でやっても成功しやすいようなレシピにしてあるぶん、発酵が進みすぎた時には泡が吹きこぼれたり瓶が割れる可能性もあります。僕はIKEAで売っているジャムや酵母液を仕込むようのガラスジャーを使っていますが、これぐらい丈夫だとまず瓶自体が割れることはありません。とはいえ発酵菌は複雑な生き物で、人間の知識の及ばないところもたくさんあります。「単に料理をつくるのではなく、生き物を扱う」という心持ちで実験してもらえられば嬉しいです。

今回のようなケースが再発することを避けるために、出版社の編集部と相談して本を一度回収して訂正シールを貼って再度本屋さんに置き直すことにしました。既に本を持っている人は、このエントリーを参考に注意して実験をしてください。訂正シールをご希望の方は、下の住所まで送料着払いで本を送ってもらえれば、シールを貼って返送します。

【商品ご送付先・お問い合わせ先】
〒101-0065 東京都千代田区西神田3-2-1 株式会社あかね書房 お客様ご相談係
℡ 0120-03-0641 受付時間 月~金(除く祝日)9:30~12:00 及び 13:00~17:00
※本の返送は8/25以降を予定しています

親子で安全に自由研究を楽しんでもらえるように、今後より工夫を重ねていきたいと思います。

フィンテックは新世代のセーフティネットなのか? polcaやVALUについて考えてみた

お盆ですね。僕は連日の出版イベントから数日間だけ解放されて、お家でのんびりしてます(お盆はイベント集客できないからね)。

さて。最近僕のSNSのタイムライン上では、VALUやpolcaなど新しいお金の流通サービス(いわゆるフィンテック)の話題が盛り上がっています。表面上は資金調達や投機の新しいインターフェイスのように思えるんですけど、その下には世界観の地殻変動があるのではないか…?
こういう新しいカタチのサービスはいったい社会(&そこに生きる僕たち)にどんな意味があるんだろう?というギモンに対して連続ツイートしたので、ブログでも改めてまとめておきます。それではお暇な方はご一読どうぞ。

VALUは個人が自分の株を上場することで、資金調達ができるサービス
polcaは少額支援に特化したハードルの低いクラウドファンディングサービス

セーフティネットとしての貨幣交換システム

polcaみたいなサービスに若い人たちが関心を持って理由は「ラクして儲けたい」ではなくて「セーフティネットが欲しい」でしょう。20人に500円づつもらった1万円は、道で拾った1万円と違います。20人が自分を気にかけてくれた結果としての1万円が欲しいのです。

手軽な小額送金サービスを使うとお金の流動性がどんどん高くなります。すると「お金を自分で所有している」という感覚が薄くなり「誰かから流れてきたお金がたまたま自分のとこにある」という感覚になる。「どれだけお金を流せたか」という利害関係者を増やすことに価値が生まれる。

つまりみんなで恩を貸し合うわけです。

「成功すること」ではなく「生き延びること」という視点がフォーカスされてきています。
成功のためには誰かに勝たなければいけないけれど、生き延びるためには味方を増やさなければいけない。味方を増やすための具体策として「お金の単位を分割し、仲間内での流動性を高める」という方法論が登場する。
社会が安定していると「個体のパフォーマンスの強弱」が重視されます。ヘマしても死なないので「個として勝ちにいく」というチャレンジが普及する。
でも社会が不安定になって再分配が上手くいかなくなると「コレクティブなセーフティネット」を個が集まることでDIYしようとする。

大きな社会の大きなセーフティネットやインフラが機能しなくなっているので、感度の高い人はオフグリッドのエネルギー供給をDIYするし、同じような発想でWEBサービスを使って経済的なセーフティネットをDIYしようとする。分割してDIYすることがリスクヘッジになる。

その流れに新しいテクノロジーが合流する。そんなタイミングに僕たちはいるわけです。

大きな流れで言えば。「成功志向のマッチョな単独の個」から「コミュニティ志向のコレクティブな個」へとこれからを生きるお手本モデルがシフトしていっているのでしょう。
推奨される振る舞いが「威嚇して勝ち名乗りをあげる」から「気前よく他者に振る舞う」に変わっていく。お金を稼いだら寄付や支援に使う。

これから「お金を稼いだら他人のために使う」という振る舞いがどんどんトレンドになっていくはずですが、これは「情報強者はレバレッジをかけられるけど、そうじゃない人はギリギリの生活しかできない」という「再分配機能の崩壊」を個人の及ぶ範囲で是正するという「揺り戻し行為」なんだと思います。

ここ数十年間の「利己的に利益を追求する世界」が大きく変わって「コレクティブな個の世界」が世界が始まっていきます。

つまり違うOSで社会が動く。
大変だと思うか、ワクワクするか。僕は当然ワクワクだ!と言いたいとこだけど本音で言えば 大変3:ワクワク7くらいです。
まだ多くの人の実感が追いついていませんが、今起きているのは「新しいテクノロジーの登場」ではなくて「生存戦略の地殻変動」なのだと思います。

【追記1】新しいテクノロジーが社会全体をより良い方向に導いてくれるかといったら全然そんなことはないと思います。フィンテックがつくり出す互助的なコミュニティは、当面は「情報強者だけが乗れるノアの方舟」に留まるでしょう。この流れとはまた別に、行政単位や自治体単位で社会福祉や教育施策を地道に見直していく努力が「なるべくたくさんの人の生存を保証できるインフラ」のために必要だと思います。
というか、それぞれの立場の人がそれぞれの役割で「より良い未来」を考えるのが必要なんじゃないかしら(あまりにも当たり前のはなしだけどさ)。

【追記2】この「恩送り」の発想は、こないだ対談した文化人類学者の小川さやかさんの著書『その日暮らしの人類学』と小川さん個人のパンチありすぎる人生から着想を得ました。小川さん、ありがとう!

【追記3】ちなみに僕のVALUはこちらから 「なんとなく始めてみました」じゃなくて、このブログで書いたような仮説をもとにしばらく使ってみようかなと思っています。

 

物書きの筋肉痛。

困ったことになった。『発酵文化人類学』を書き上げてから、ぜんぜん文章が書けなくなった。相変わらずブログは更新しているのだけど、それは本や出版ツアーの告知であって、いつも書いているような考察がぜんぜん書けない。
寄稿とか連載もぜんぜん書き進められない。なんかもう全然書く気にもならないし、いざキーボードを前にしてもさっぱり考えがまとまらない。

こないだ母校早稲田大学の広報メディアからの依頼で、学生時代からファンだった冒険家の高野秀行さんとの対談の仕事があった。対談が終わったあとの雑談タイムで、

「どうして高野さんは毎回テーマの違う本を継続的に書けるんですか?」

と聞いてみたらば、

「ものを書く筋肉ってのがあるんだよ。最初は短い本一冊書き上げるだけでやっとだけど、そのうち長い内容のものをコンスタントに書ける筋肉がつく」

との答え。そう考えてみると、僕は今、猛烈な筋肉痛なのではないかしら?
デビュー作(絵本除く)でいきなり400ページの本を書いてしまい、しかも自分の持てるネタを120%出し尽くしてしまったので「もうこれ以上特に書くことないじゃん」という感じになってしまっている。

「書き終わったとたん、また新しいインスピレーションが湧いてくるんです」
「書けば書くほど、どんどん言葉が溢れてきて困惑しています」
「これが作家としての表現欲求ってものなんですかね…。困ったものです」

とかカッコいいこと言ってみたいところだけど、認めよう。僕の創造の源泉、干上がってる!そもそも乾季のサバンナの水たまり程度しかないところに、半径30km内の動物たちぜんぶが集まって総がかりで水をペロペロしてしまった状態なので、もうカラカラ。

実は色々気になったり調べたりしているネタはあるのだけど、『発酵文化人類学』で全力を振り絞ったアベレージラインが足かせになって、ぜんぜん筆が進まない。
筋肉痛というよりは肉離れレベルのダメージなのであるよ。

実はこんなにも一冊の本を書くのに全力投球してしまったのには理由があってだな。
リスペクトしている編集者の藤本智士さんと飲んでいたときに、ふと藤本センパイが言った

「ヒラクの代表作って、今のところ『手前みそのうた』だけど、お前それの一発屋で終わらんやろ?ヒラクの次の代表作、見てみたいわ〜

という一言を聞いて「よっしゃあ、じゃあ今までで一番の大ホームラン売ったろやないかい!」と超絶に気合を入れて『発酵文化人類学』を書き下ろしたわけです。

で。
幸運にもこの本はかつてない飛距離のヒットを叩き出して、これほんとにホームランいけるんちゃうか?というとこまできているわけですが。その結果全エネルギーつぎ込みすぎてもう空っぽになってる〜!もう次どうしていいかわからなくなってる自分〜!!そんなに器小さかったのか自分〜!!!

と途方に暮れています。そのうち復活して前みたいに無邪気に発酵話とかタラレバ話とかを書き散らすことができるのでしょうか。

できなかったら僕はいよいよ本格的に人間界を離脱して菌になります。
さようなら。

【追記】高野さんに『発酵文化人類学』のことめっちゃ褒めてもらって嬉しすぎて死にそうです。わーいわーい!

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5刷目の重版出来間近!発酵文化人類学出版ツアーの現在地

丸善京都本店で行われた能楽師安田登さんとのイベントでの集合写真。超満員御礼!

いよいよ佳境に入ってきた新著『発酵文化人類学』の出版ツアー。
最近の動向をノートしておきます。

売れかたが加速しています

4/28に出版してから三ヶ月経過して、さらに売れ方が加速しています。
スタートダッシュでドン!と売れてそのあと落ち着く感じになるかと思いきや、SNS上でのたくさんのコメントや新聞や雑誌、ラジオでの紹介、名だたる本屋さんや評論家の推薦を受けてスタートダッシュのピークからさらにじわりじわりと右肩上がりで売れているそうです。
(分析してくれた編集部ハヤノさんありがとう)

5月はじめに最初の重版出来、翌月の6月はじめに三刷目、そして今月7月の中旬に4刷目の増刷。来月8月の前半には5刷目の重版出来が決まりそうです。つまり四ヶ月連続の重版出来!なんかもうスゴすぎて著者も編集チームも呆然…!

そんでもって。
ありがたいことにこれからさらにメディアでの紹介が増えていきます。あわせてなるべく全国の本屋さんにも『発酵文化人類学』を置いてもらいたいです。ちょっとヘンテコな本なんですけど、置いたらちゃんと売れるのでどうぞよろしくお願いします。ペコリ。

新しいつながりが売れています

僕のツイッターを見てくれている人はもうご存知だと思いますが、『発酵文化人類学』をきっかけに新たなつながりが生まれています。その筆頭が、情報学者のドミニク・チェンさんの新著『謎床』と能楽師の安田登さんの新著『あわいの時代の論語』との謎の「発酵トライアングル」。各地で行われた三者のIT×能楽×発酵の異次元すぎるトークイベントが話題を呼び「これは絶対にまとめてコンテンツ化したい!」というオファーが届いたので、近日また三者が集まっての超絶トークイベントが開催されます。

そして仲良しのスーパー編集者、藤本さんの新著『魔法をかける編集』の出版ツアーとも合流して関西〜九州で藤本さんチームと濃密な時間を過ごしました。 キックオフイベントとなったスタンダードブックストア心斎橋でのイベントはジモコロ編集長の柿次郎さんも参戦してなんと100人超えの大盛況! (ちなみに今回の出版ツアー、100人超えがこれで4回目という快挙。みんなありがと〜!)

この面白すぎるつながりからさらに新たな企画を立てるべく、ただいまかもめブックスの柳下おじさんと仕込みをしています。8月前半にはこのブログで皆さまに詳細をお伝えするぜ。 ドミニクさん安田さん藤本さん、どの本もめちゃくちゃ面白いよ!

9月でツアー終了!

ということで日本全国の皆さまを巻き込んで謎の盛り上がりを見せている『発酵文化人類学』出版ツアーですが、三ヶ月目を迎えて正直体力の限界が見えてきました。汗

ということで、ツアーの終わりを決めました

ラストは9/16、島根県石見銀山の群言堂での人数限定ワークショップ。そのあと出雲に行ってヤマタノオロチのお参りしてツアー終了にすることに決めたぜ。
トークイベントのラストは、9/13の山梨県甲府、五味醤油のワークショップスペースで藤本さんとの合同出版トークで千秋楽とします。

ちなみにその前の9/9には寺田本家で大パーティも開催しますのでどうぞお楽しみに! ツアーが終わったら、今年はじめから温めてきた新プロジェクトをスタートする予定。

プロジェクトの仕込みと、涼しくなって発酵菌たちがおとなしくなってくる頃なので、菌の世話をしにまた山梨の山の中に篭もります。

9/16まで張り切って全国各地の皆さまに会いにいきますのでどうぞよろしく〜!

tour

「先生」禁止!

発酵の講座やワークショップをやり続けているうちに、いつしか受講してくれた人から

「ヒラク先生」

と呼ばれることが多くなった。僕は自分が「先生」と呼ばれるのが好きじゃない。事実としてはいちおう自分のメソッドをもって人に色々教えているわけなのだけど、なんとなく「自分が人に教える立場」であることに違和感を感じまくっている。

えーとね。
「人に何かを教える」こと自体は否定してない(だったら講座とかやらないし)。厳密にいうと「いつでも人に何かを教える立場」であることがイヤなんだね。
「先生」というと「いつも人に何かを教える立場」であることに自分を固定してしまう感じがあって、僕はどうしても違和感を感じてしまう。

だってさ、いい歳したオトナってある程度何かの業界でキャリア積んできたわけだから何かしら人に教えられることあるじゃん。そして同時に何かしら習い事とか別のキャリア身につけようとして「教えられる立場」にもなるわけで。だから「教える/教えられる」っていつでも立場が入れ替わる可変的なものだと思ってるんだよね。

・エレガントに、シンプルに。シューマッハカレッジの、学び合うコミュニティのつくりか

講座の受講者からすると僕が「先生」だけど、僕からすると農大の教授たちが「先生」なわけだ。デザインでも生物学でも文化人類学でもDIYでも、色んなジャンルに僕の先生がいて、僕の意識はいつでも「教えてもらう側」なんだよね。

僕主催の講座だって、実は参加してくれた色んなプロ(料理研究家とかパン屋さんとか)にたくさんのヒントをもらいながら改良を重ねていった。だから僕が一方的に教えるというより「学び合う」ことによってメソッドができあがっていった。

僕にとっては「一方的に教える」では面白いものが生まれないんだな。

でね。
最近一般向けの本(しかもわりと専門的なヤツ)を出して、それなりに読まれるようになってくると今度は出版業界とか本屋さんから「先生」と呼ばれることも増えてきた。これは講座における「先生」よりさらに違和感があって、呼ばれるたびに

「も、もうやめておくれ〜!!!!」

と悶絶しながら地面をのたうち回りそうになる。このシチュエーションにおける「先生」を分解してみると、

・凡人を絶する崇高な知恵を持つ啓蒙者→そんなワケないじゃん
・その知恵にふさわしい高い地位にいる人→ただの零細自営業者ですけど
・先生と呼んでおだてておけばなんかいいことあるかも→もはや嫌がらせですよね?

ということになる。3つそれぞれにタチが悪い。
今の時代「啓蒙する側とされる側」なんて区分は意味がなさすぎる。前にこのエントリーでまとめた通り新著『発酵文化人類学』はコミュニティとのコール&レスポンスでできている。

・【発酵文化人類学】一週間で重版出来!の舞台裏。マーケットではなくコミュニティに届ける。

そして同時にたくさんの先人や友だちの考えかたや実践に影響を受けて一冊の本ができるわけだ。
つまり「啓蒙」ではなく「相互作用」によって新しい知や表現が生まれていく。それが今の時代らしい方法論なのだと僕は思っているわけで。

で、2つめとか3つめを真に受けるとただの「木に登った豚」なわけじゃん。
こういう「センセイ(←もはや漢字の先生とは別物)」になることで得られる利益というものが世間には少なからずあるのかもしれないが、無自覚にこの「センセイポジション」に安住していると、やがてそのセンセイは「妖怪・話を聞いてもらえるおじさん」に变化してしまうのであるよ。
(話を聞いてもらえるおじさんについては今度またブログにまとめる予定)

もしこの時代に価値のあるものをつくろうと思うんだったら、高い場所に登って鳥瞰的な立場を取ることはやめたほうがいい。(オレは見通しているんだ!現代の価値観を総括できるんだ!的な)
そうではなくて、様々なものが渦巻く水面のなかにダイブしていく。上も下もないカオスのような場所のなかで気の合うヘンな人たちと相互に影響しあいながら何かをつくりあげていくほうが断然面白いと思う。

ということで、今後僕を呼ぶときは「先生」禁止!!!

【追記1】「先生」という職能はめっちゃリスペクトしています。単に僕の性格的に合わないよ!というおはなしです。

【追記2】先生禁止!というのは「人に何かを教える責任を放棄する」ということではなくて。責任はできるかぎり負うけれど、肩書は負わないよ!ということです。

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思想としての発酵。不確かさを醸す楽しみ <β版>

紀伊国屋梅田本店が書いてくれたPOP。そう、発酵は人間の文化そのもの。

「美味しい」「身体にいい」を超えた意味を僕たちは発酵に見出し始めている―

新著『発酵文化人類学』を刊行してから二ヶ月ちょっと。全国の発酵好きコミュニティはもちろん、もっと広く文化やテクノロジー一般に興味のある人たちからの感想をもらいました。

そこで気づいたのが「思想としての発酵」という可能性。単に「美味くて身体に良い食文化」ではなく、世界の見方、自分の生き方のヒントを発酵という現象に求めている人が多いことに驚きました。

『発酵文化人類学』という本を出してしまった以上、このアイデアをちゃんとまとめておかねばならぬ…!ということで、最初のベータ版として「思想としての発酵」を僕なりにまとめておきます。

必然性:不確実性と複雑性を愛でる

考えてみるに、現代はあまりにもモノの見方が方程式化してしまっているかもしれません。
「この仕事をしたら、こういう風にお金が儲かって、モテます」というノウハウは「A(仕事)×B(お金)=C(モテる)」と方程式のような構造になっている。これはこれでライフハックとして有用かもしれませんが、何でも「A=B」のように「イコール」でつなげてしまうことに少なからぬ違和感を感じている。

なぜなら僕たちの人生はもっと不確かなものに溢れていて、「A≠(ノットイコール)B」であることが当たり前だから。「モテるようになったけど、ずっと好きだったあの人には嫌われた」みたいなことがあるわけです。

だから「イコール」の方法論とは違う、「ノットイコール」の思想が欲しい。誰しもが人生で抱える複雑性を肯定してくれるモノの見方が欲しい。

で、それが発酵なんですよ、奥さん。

『発酵文化人類学』に出てくる醸造家たちの仕事は、複雑さや不確かさのなかから生み出す創造性を象徴している。
お味噌やお酒は「このボタンを押したらポップコーンが弾けて出てくる」みたいな単純な仕組みではつくれない(できないこともないけど美味しくない)。
食材の質はもちろん、醸す場所の気候や微生物の種類や働きなどの複雑な要素によって出来上がりが左右される。

発酵において、醸造家(人間)は本質的に「つくる」ことはできない。できるのは「仕込む」ということなんだね。食材や微生物や気候の相互作用によって何か未知の、でもイケてるサムシングが生成されてくる「環境」をしつらえる。自分とプロダクトのあいだに「何が出てくるかわからないブラックボックス」を置く。「A(自分)=B(プロダクト)」の方程式に「F(発酵)」を置くことによって「A(自分)×F(発酵)=X(未知のもの)」ということになり、「ノットイコール」が発生する。

大事なことは、発酵においては「イコール」より「ノットイコール」のほうがイケてるということなんですね。お味噌にしてもクラフトビールにしても「飲むたびに微妙に味が揺らぐ」ことが美味しくて楽しいわけです。

「世の中なんでも計算できるわけじゃねえんだよ、べらんめえ」

という八百屋のクマさんの主張は、発酵においては正しいということになる。
発酵という見立てを使うと「不確実なものこそ有用である」ということが具体的に証明されることになる。これが「思想としての発酵」の「必然性」なのだね。

方法論:サムシング・ニューからサムシング・スペシャルへ

じゃ、次いこう。
『発酵文化人類学』の手前みそムーブメントの章で述べたように、発酵食品の仕込みは「世界観のパラダイムチェンジ」を体験する入り口になる。
そのパラダイムチェンジとは、「サムシング・ニュー」からサムシング・スペシャルへの飛躍を意味している。

えーとね、要は「社会一般にとって新しいこと」を追い求めるのではなく「自分にとって特別なこと」を味わおうということ。「世間においてどんなNEWを提示すること」ではなく「自分においてしっくりくることを大事にすること」、「結果」ではなく「過程」に軸足を置いてみる。
例えば手前みそを仕込むことは何百年も前から続けられているフツーのことなんだけど、やってみるとその人だけのスペシャルな体験を味わえる。みんなで共有できるのに、一人ひとりが特別感を味わえて、しかも出来上がりもそれぞれ違う。誰がいちばん美味しいかという正解もない。
そこには「プロセスを味わう喜び」と「喜びを共有する楽しみ」がある。これが「サムシング・スペシャル」的な世界観。

これだけ世界中の情報がネットを介して同期されると「世界で誰もやっていない自分だけのNEW」の難易度が上がりすぎて、そこに価値を見出すことにほとんど意味はなくなる。
だから「人と比べてのNEW」ではなく「自分だけのSPECIAL」に評価の軸足を移してもいいんだと僕は思うんだよね。

発酵文化において奥深いのが、長く続く価値をもったプロダクトのほとんどが「競争」ではなく「共創」によって生み出されていくこと。「それぞれの人が自分の感性で試したこと」が共有知になって技術が洗練され、同時に味の多様性が生まれていく。「これはオレだけのNEWだ」と囲い込むことではなく「オレとオマエの味噌を交換しようぜ」と共有していくことで個性が生まれ文化が生まれていく。

「サムシング・スペシャル」は自分だけの世界に閉じこもることではなくて、それぞれのスペシャルを分かち合うことだ。新しさを追い求めすぎると、世界は貧しくなっていく。新しさを追い求めるのではなくて豊かさ、楽しさを醸し出していく。これが「思想としての発酵」の「方法論」なのであるよ。

創造性:情報未満のプクプクを醸す

急がないこと。機が熟すまで待つこと。「のんびリズム」こそが世界を豊かにする!(←藤本さんのキャッチコピーを借りました)。

発酵のキモといえば「時間をかける」こと。
おいしいお味噌ができるまで半年〜1年。ワインもウィスキーも熟成させることで味わい深く、格調高くなっていく。「時間を省略すること=急ぐこと」は発酵にとっては無粋だ。

懸命な発酵好きの皆さまがお気づきのとおり、この価値観は「限りなく時間をゼロに近づけていく情報社会」のカウンターになっている。なるべく大量の情報を超高速で処理することにより最適解を見つけだす、時間を「コスト」とみなす世界観がスタンダードとなるなかで、時間の経過を「リソース」として逆転させるのが発酵のダイナミズムなのであるよ(←我ながら良い事言うなあ、自分)。

なぜこのようなことが可能になるかというと、前述の「ノットイコール」の方法論のおかげ。事前に計算ができない、複雑な化学反応がモノの出来上がりを決めるということは「未知のことが起こることを待つ」というのんびりさが必要になる。

これを僕たち人間の行為に当てはめてみると「わからない状態のまま宙吊りにする」ということになる。すぐ解決しようとしない。ものごとを単純化してわかった気にならない。積極的にもやもやする。積極的にのんびりする(なんか矛盾した表現だけど)。

この「もやもや」には雑多なものが出入りする。例えば半年間もやもやした場合、半年前の自分と半年後の自分という「複数の自分」がコミットしている。あるいは「もやもや」の前で「なんかこのもやもや、面白いねえ」と立ち止まって世間話を始める友達がいるかもしれない。もやもやが宙吊りになっているあいだに人の変化、気持ちの変化、時代の変化が化学反応を起こしていく。
すると、良きタイミングで自分の当初の予想をはるかに超えるなにか最高に不可解でイケてるものが出来上がる。

目の前で起こっている現象や、自分の身体やココロで感じたことを、すぐ定義して分割できる「情報」にしないこと。情報未満の液体が好奇心のタンクのなかで「プクプク」発酵するのを楽しむ。

「急いでやり切らない」「中途半端な状態を面白がる」「変化に自分を委ねる」ということが豊かなクリエイションを生む。これが「思想としての発酵」の「創造性」だ。

生態系:「イキモノの視点」を取り入れたオルタナな世界観

「イコールではなくノットイコール」「サムシング・ニューからサムシング・スペシャルへ」「情報未満のプクプクを楽しむ」。複雑で、不確実で、その時限りにだけ起こりうる、なんだかもやもやしたものから生まれる創造性。

これはつまり、現代における「オルタナティブな世界観の提示」。であると同時に、微生物学をやっている僕からすると「微生物から見た社会のカタチ」であるように思える(←『発酵文化人類学』のサブタイトル)。

『発酵文化人類学』のギフトエコノミーの章で掘り下げたように、微生物は地球の生態系をかたちづくり、生物界の基本的なルールを定めたスゴい存在だ。なんだけど、その実態を見てみると捉えどころがなくて、自分勝手で気まぐれで、しかも放っておくとすぐに遺伝子を改変させて別のイキモノになっていく曖昧な存在でもある。しかし生態系全体で考えるとものすごく巧妙なやり方で地球の大気や水や土の物質循環をプロデュースしている。

「プロデュースしている」とか表現してみたけど、別に株式会社のCEOみたいなリーダーがいるわけではなく、めいめいが自分の生存条件に従って一生懸命生きていくうちに結果として生態系ができあがっていく。長い長い時間をかけて、個々のバラバラな生き方が関連しあい、超巨大な規模の生態系をつくりあげ、しかもその生態系は大企業病にかかることなくいつまでもしなやかにトランスフォームしながら持続していく。

僕の勝手な表現でいえば、これは「イキモノ的なシステムの生まれかた」だ。
複雑性やもやもや、宙吊りの時間を織り込んでの生態系のデザインなのであるよ。

僕たちは「発酵」というものを通して「イキモノ的でしなやかな世界」の可能性を見出そうとしている。今はまだ「仕込み」の段階なのだけれど、それは近い将来に具体的な社会論やテクノロジーとして「発酵」し、実践されていくのだと思う。

…とこんな感じで「思想としての発酵」のベータ版はおしまい。
続きは今月の7月21日、ドミニク・チェンさんと一緒に発酵思想家(←勝手に命名)になって「思想としての発酵」を醸していきたいと思います。ドミニクさん、どうぞよろしく。

・謎発酵〜手前みそからシンギュラリティまで、未来を菌と情報から読み解く謎トーク〜

 

【追記1】「思想としての発酵」が登場するまでには、坂口謹一郎博士から小泉武夫センセイにいたる日本の発酵学の偉大な伝統、寺田本家やタルマーリーたち醸造家の実践哲学がまずあってだな。そこから自分の活動でいえば2011年に五味醤油の若旦那とつくった『てまえみそのうた』から始まって、2014年のソトコト『発酵をめぐる冒険』、2015年の超ロングヒットを記録したwiredの記事、2016年のspectator『発酵のひみつ』、greenzで開催した『発酵デザイン講座』を経由して2017年の『発酵文化人類学』にまとまりました。
この「じわじわくる感じ」、発酵っぽくていいでしょ。

・発酵は「人間だけの世界観」を越えた新しい関係性をぼくたちに見せてくれる | wired

・SPECTATOR最新号『発酵のひみつ』は僕の本だ!(と言いたい)

・【発酵デザイン入門】暮らしに関わる微生物&バイオテクノロジーの初歩を楽しく学ぼう

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発酵と編集は似ている…!? 7月後半は『発酵文化人類学』出版ツアー天王山!

4月後半から始まった新著『発酵文化人類学』の出版ツアー、7月11日時点でなんと30回以上のイベントが開かれました。短期間でこんなにイベントが連発されたというのに、どの回も大盛況で、ほんと嬉しい限りです。ありがとう!

さて。そして来週 7/19〜22にかけて、出版ツアーの天王山4連戦がやってきます。
今旬の同年代の新鋭、そしてレジェンドな大先輩たちと超絶にぶっ飛んだトークが繰り広げられること必至!ふだんのユルい感じではとても場が成り立たないので、気合を入れて臨むぜ。
この四日間を走りきったら、新しい景色が見えるような気がするよ…!

ということで、四連戦のスケジュールはこちら!

201706230953227/19:大阪府梅田 with 藤本智士さん(Re:s) & 徳谷柿次郎さん(ジモコロ)
のんびりおじさん、ジモトをヒラク!@スタンダードブックストア心斎橋
→今大注目の編集者徳谷柿次郎さんが編集長を務める日本各地の地元情報をユニークに切り取る大人気WEBマガジン『ジモコロ』のフリーペーパー発刊と、メディア業界では知らない人はいない最強の編集者藤本智士さんの新著『魔法をかける編集』、そして『発酵文化人類学』の三者合同出版トークイベント。会場はこのブログではおなじみのスタンダードブックストア心斎橋。オーナーの中川おじさんが「100人で盛り上がるで〜!」と気合いを入れています。

柿次郎さんも藤本さんも関西ルーツ特有の「芸人か!?」と見まごうほどの話上手なので、120%抱腹絶倒のトークになると思われます。共演の二人いわく「つまらなかったら全額返金!」だそうです。関西人怖えーー!!!!

☆☆詳細はこちらから☆☆

19620526_846163442226042_2807071969004009745_o7/21:東京都渋谷 with ドミニク・チェンさん(情報学者)
謎発酵〜謎床×発酵文化人類学出版記念謎トーク〜 @ ロフトワーク
→今最も注目される情報学者でありながら発酵好きでもあるドミニクさんと対談。ドミニクさんが出版したばかりの松岡正剛さんとの対談本『謎床:思考が発酵する編集術』と僕の新著『発酵文化人類学』の合同出版記念イベントとなりました。わーい!

個人的にはドミニクさんは僕の世代でいま最もホリスティックな思想を持っている人だと思っていて、そして松岡正剛さんは20歳のころから影響を受けてきた知の巨人。そんな才人二人の書名に「発酵」というキーワードが入ってしまうこの驚きと喜びよ…!当日は誰も予想がつかない異次元ゾーンの話が超高速で展開されまくること必至。みんな今から『謎床』を読んで運命の日に備えるのだ…!ちなみに会場は仲良しのロフトワーク。久々に東京での一般公開トークイベント。みんな来てね!と言いたいところですが、予約告知した瞬間にソールドアウトとなりました…涙

☆☆詳細はこちらから☆☆

yasuda_hakko7/20:京都府京都市 with 安田登さん(能楽師)
発酵と論語で読み解くあわいの時代 @京都丸善本店
→異次元能楽師、安田登さんと京都丸善本店で対談。発酵と能楽の視点から論語を掘り下げ、古代アジア世界にダイブしたあとシンギュラリティに辿りつくという、本人ですら「えっ、どういうこと!?」と置き去りにされる超絶トークになること必至。
この安田登さん。ご存知の方も多いと思うのですが、ちょっと信じがたいほどの引き出しの多さと身体論・言語論の造詣の深さにぶっ飛ばされること間違いなし。安田さんの話を聞きにくるためだけに京都に小旅行しにきてもソンはない!

…と言いつつも、僕もこの日しか聞けないスペシャルなネタを持っていきます。いつもと趣向を変えて、発酵や微生物学の古代まで遡る白川静的マイクロバイオロジーを皆さまにプレゼンしつつ、古代中国と古代日本の民族のルーツを発酵文化人類学的に紐解いてみたいと思います。さていったいどんな話になるのでしょうか?定員そんなに多くないので、気になる人は神速で申し込むことを強くオススメします。

☆☆詳細はこちらから☆☆

19402137_1837733232919939_4145964425576136428_o7/22:熊本県熊本市 with 藤本智士さん(Re:S)
編集発酵!!! 〜魔法をかける編集&発酵文化人類学出版記念 @ 長崎書店→異次元→最終日はふたたび藤本さんと。熊本を代表する素敵な本屋さんの長崎書店で開催するということで、この日は「ローカル文化の本質とは何か」「マスマーケティングでない本だからこそできること」をテーマに藤本さんと二人でじっくり話し込みたいと思います。

後輩が生意気なこと言って恐縮なんですけど、僕と藤本さんが共通点は「仕組みからコンテンツを考える」というところ。藤本さんが手がけてきた雑誌『Re:S』や秋田の『のんびり』などの数々のプロジェクト、そして僕が手がけてきたアニメ『てまえみそのうた』や『発酵文化人類学』の背景には「既存の仕組みではない新しい発明をする!」という発想から生まれていたりします。「ローカルであること」「新しい仕組みをつくること」という2つのテーマがどのように「編集」されながら「発酵」していくのか。乞うご期待!

☆☆詳細はこちらから☆☆

それでは各地の皆さまとお会いできることを楽しみにしています。
柿次郎さん、ドミニクさん、安田さん、藤本さん、よろしくね〜!

発酵以外のおすすめエントリーまとめ。

こんにちは、小倉ヒラクです。
最近新著『発酵文化人類学』が大好評のこともあり、すっかりこのブログが発酵祭りになっています。なんだけど、実は僕ブログもう8年続けているんですね。

8年前といえば、まだデザイナーとして独立したばかりの自分がまだ何者でもない時代。その頃から色んなテーマで記事を書いてきました。
最近「発酵」のキーワードで僕を知った人向けに「発酵以外の人気エントリー」をご紹介します。ちなみに2017年7月現在で700以上の記事があります。過去アーカイブを読み出すと夏の夜があっという間に過ぎていくから注意!

発酵以外の人気エントリーを12記事選んでみたよ!

・愛は理解することではないーぐるりのこと  2010年2月23日
→ブログ最初期に書いた映画レビュー。5年かけて一万人以上にじわじわ読まれるブログらしいロングテール記事になりました。

 アートディレクターは、経営するひとの心象風景に立ち会う。2014年3月18
→普通のデザイナー時代に書いたデザインの仕事の本質について。これ読むと僕は底意地が悪い人間だなあといつも思います。

・ドラゴンボールの本質は「学びの継承」にあった!〜亀仙人の卓越した教育法〜 2014年5月5日
→「教育」という観点から亀仙人のトレーニングメソッドを考察したエントリー。僕のブログで初めてSNS上でバズった記事になりました。今読み返しても面白い(←手前みそ)。

・資本主義は、全力かつ高速で終わり始めている。 2014年7月21日
→人間による労働を破壊することが最高のビジネスモデルになり、やがて自分自身の手によって資本主義が終わるのでは…と「ワケわかんない妄想」として書いたのですが、三年経って読むと全然フツーのこと言っているような感じになってます。時の流れは恐ろしい。

・タクシーに乗って考えたこと。日本の社会の変質について  2014年12月14日
→日本は格差社会を通り越して階層社会に突入している…!とまた色々妄想して書いたのですが、三年経つとやっぱり当たり前のような感じで読めてしまう。なんかヤダなあ…

・僕がオワコン化する理由。報酬は今でも未来でもなく、過去に支払われる。 2015年10月7日
→発酵デザイナーとしてメディアに取り上げられるようになった時に書いた記事。僕は引き出しがあんまりないので、調子乗って色んなとこに顔出すとすぐに底の浅さがバレる!なので自重しなきゃ!という内容。公開当初は大して読まれなかったのに、ずーーーっとロングテールし続けている不思議なエントリー。

・地域におけるゲストハウス経営の罠。向かい合うな、前を見ろ。  2015年10月8日
→ゲストハウスはソーシャルビジネスではなく、ガチの経営である!という割りと当たり前の現実を書いたエントリー。ゲストハウス業界では必読のエントリーとなっているらしく、地方のゲストハウス行くと「あ、あの記事書いた人だ!」と言われます。

・なぜKEYくんは「隣り合って」座るのか?『東京タラレバ娘』の倫子さんが不憫すぎる件  2015年12月11日
→記念すべき「こじらせ女子エントリー」の第一弾。この記事を書いてから全国の妙齢女子たちからたくさんのメッセージや来訪を受け、めでたく「少女マンガウォッチャー」の称号を送られることになりました。キャリア狂ってる〜!

・文学としてのビジネス。シュリンクする時代の新しいモノサシ 2016年1月30日
→縮小する社会に必要そうな曖昧な成功基準について。意識高い系学生は実は「ブンガクセイネン」なのです。

・ドラッカーに見る全体主義の効用と、自由な社会の意味 2016年7月8日
→ファシズムは独裁者の暴走ではなく、社会福祉施策であるというドラッカーの思考を辿りました。かなり硬派な記事。

・エレガントに、シンプルに。シューマッハカレッジの、学び合うコミュニティのつくりかた 2016年7月15日
→イギリス・デヴォン州の森の中にある不思議なカレッジで過ごした二週間のはなし。静かに口コミが広がっていった記事になりました。

・女子をこじらせて。パズルのピースを増やさない人生について 2016年11月30日
→今年、急逝してしまった作家、雨宮まみさんの書評。いつまでたっても少女期が終わらない問題は現代の闇の一つだと僕は思う…!

出版ツアーの折り返し地点の振り返り。発酵でつながるコミュニティ

ヨーロッパの学会出席&フィールドワークから帰ってきたと思ったら、すぐ『発酵文化人類学』出版ツアーの後半戦が始まってしまった。

毎日色んなところに移動して、色んな人に会うのでインプット過剰でもうアタマが全然まとまらない!ということで備忘録も兼ねて雑記的なブログをまとめておくよ。

ヨーロッパでフィールドワークしてきました

ブダペストでの国際学会出席のついでに、ハンガリー→オーストリア→チェコ→トルコと東ヨーロッパを回ってきました。主な目的は、もちろん発酵文化のリサーチ。

ハンガリー・トカイ地方の在来ブドウ「フルミント」の秘密をワインやお酢の醸造家にインタビューしたり、ずっと行きたかったオーストリア・ウィーンの「自然史博物館」の凄まじさに衝撃を受けたり、チェコで近代ビール発祥の地「ピルスナー・ウルケル」の地下洞窟で木樽からできたてのビール飲んだり、プラハのマイクロブリューワリーを回ったりと、めちゃくちゃ情報量の多い旅でした。

発酵って、本を読んだり動画を見たりして情報自体はマニアックに知ることもできるんだけど、やっぱり醸造現場や畑に足を運んで、土地の人と対話をしないと本当に意味で「知識が身についた」ということにはならない。そんなことを改めて強く思ったナイスな旅でした。真夏にダラダラ汗かきながらいっぱい歩いたところで、ピルスナー・ウルケルの地下のひんやりした洞窟でビール飲んだら「なぜラガービールが生まれたのか?」ということが身体120%で納得できるよ。

それぞれレポートをブログにまとめたいところだけど、アタマが追いつかねえ〜!

本の出版の反響

こちらも色んなことがあって全然アタマが追いついてねえ…!
発売前後のフィーバー期に「本が出たよ〜!みんなよろしく〜!」としつこく告知しすぎていたことに気づき「ヤバい!これではただの粘着宣伝野郎だ」と気づき、いつもの平常運転に戻そう…と思ったのが本が出てから一月半後の6月はじめのこと。で、仕上げのまとめをしようと思って書いたブログエントリーが大きな反響を呼びました。

・【発酵文化人類学】一週間で重版出来!の舞台裏。マーケットではなくコミュニティに届ける。

このエントリーの影響もあって、各メディアで怒涛の取材記事と書評の掲載が始まります。取材記事は今週末くらいから本格的にリリースされ始めます。書評記事については僕も編集部も把握しきれず、全国の新聞や雑誌などでたくさんの書評が出ているそうです。

で。記事が出始めるのと同時に発売直後に本を買ってくれた人たちの感想がこれまた怒涛のように届きました。「発酵のことがよくわかりました!」という話から「発酵の話かと思って読んだら本格的な人類学の話でビックリしました!」「『生きるとは何か』という本質的な問いを突き詰められました」「碁石茶やすんきを買いました!」「醸造家の生き方カッコいい!」などなど、人それぞれ「刺さるポイント」が全然違っていて面白かった。

「これは歴史的名著!」「新しい時代の古典になり得る」などなど、専門家や出版人からの嬉しい太鼓判もありました。

流通に埋もれないようにとにかくスタートダッシュを頑張ったわけなんだけど、どうやら最初のタイミングでの淘汰を免れたようなので、これから息が長く売れる「スローかつロングなベストセラー本」になっていくといいなと思っています(発酵っぽくていいでしょ)。

7月からは東京以外の本屋さんでフェアが始まっていきます。
梅田のジュンク堂で超でっかい本棚ができているようなので、次関西行くときに見るのを楽しみにしています。各地の本屋のみなさま、どうぞよろしくね。

ツアーで地方を回って感じたこと

4月半ばから始まって、7/4時点で30以上の出版イベントが開催されました(冗談っぽいけどほんとだよ)。今回の出版ツアーのポイントは「地方ファースト」ということで、なるべく東京でのイベントよりも地方でのイベントを優先して回りました。

でね。地方がとんでもなく盛り上がってるんだよ。
愛知県日進りんねしゃ主催の醸造家トーク、福岡県博多Rethink Booksでの家入一真さんとの対談イベントでは50名以上、大阪心斎橋スタンダードブックストア、北海道札幌ヒシガタ文庫のイベントでは60名超、鳥取県智頭タルマーリーでのトーク&ワークショップはのべ70名超、秋田市民市場での新政杜氏とのイベントは80名超、沖縄宜野湾カフェユニゾンのイベントに至っては100名超えと、「地方だし、30名いったら大したもんだよね」という常識が今回に至っては完璧に覆り、毎回主催者も出演者も仰天の満員大入り。

いったいなぜこんなに盛り上がるのだろうか?と考えてみるに、「どうやらこの本は、地域の異なるジャンルのキーパーソンを一同に集める力があるらしい」ということに気づいてきました。まず「発酵」というキーワードが、醸造家はもちろん農業や伝統工芸に携わる人、食に関わる人全般を横つなぎする力がある。さらに「文化人類学」というキーワードでまちづくりや郷土史研究に関わる人、地域でローカルビジネスを起こしている若い起業家や大学の研究者をソワソワさせ、しかも僕デザイナーだから当然クリエイターやアーティストも親近感を持ってくれる。

地域に根付いた生業+食に携わる人+ローカルイノベーター+研究者+クリエイターということは「地域のキーパーソンだいたいぜんぶ」ということになります。
実際にイベントの場にいるとわかるんだけど、意外に小さな地域のなかでも違うジャンルのコミュニティ同士の接点がなかったりするんだよね。

なので、僕のイベントの会場で「◯◯さん!前から噂は聞いていたんですけど、今日ようやく会えました〜!」みたいな光景が連発するわけさ。
要するに「ヒラク君をダシにして、地域のコミュニティの全体像を見える化しよっか」みたいなことが起こっているんだね。だから二次会では著者の僕、置いてけぼりくらってはじっこでポツンとしていることがよくあるよ。みんなもっとかまって〜!!

ということで、まだまだ旅は続きます。各地の皆さま、どうぞよろしくね。