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長く続けるから結果が出る。陸上部で学んだ「マイペース」の大事さ。

これまでの人生で色んなことをしてきたような気がするが、よく考えたら20代前半までに出会ったものをずっとしつこく続けている。
高校時代にバックパックかついで出た旅がそうで、大学時代にバイトで始めたデザイン、社会に出て身体を壊したときに出会った発酵・微生物の世界も気づいたらずいぶんと付き合いが長くなっている。このブログもいつの間にか7年目。

つまり僕はわりと「長く続けるタイプ」の人間だったらしい。

で。
「長く続ける」とはどういうことなのだろうか。
思い出すのは、高校時代に所属していた陸上部のことだ。

ガマン大会はよくない

僕の所属していた陸上部は、公立ではまあまあ強いほうで、部員もやる気と根性があるヤツが多かった。僕は長距離をやっていたのだけれど、結論からいえば「最も速い選手」に属していた。

それはなぜか。
「やる気と根性があった」からではなく、「やる気も根性もそんなになかった」からだ。

ていうか僕は陸上部と美術部を兼部していたのであり、グラウンドを何周かしたらそのまま美術室いって石膏デッサンとかしていた不埒極まりないサボり野郎であり、しかしその「サボリ力」が僕を「最も速い選手」にしたのであるよ。

「それは一体どういう理屈なのかね?説明したまえ」

説明しよう。
長距離走というのは、長時間筋肉を酷使するというハードな競技であり、しかも宗教めいた「精神論」がしばしば語られるスピリチュアルなスポーツだ(心頭滅却すれば火もまた涼し、的な)。

なので、日々のトレーニングは容易に「ガマン大会」になる。
夏の合宿では朝晩砂浜を20キロくらい走ったり、山道をハイペースで駆け上ったりする。しかもまあまあ強い高校だと、大学や実業団でやっている「伝説のセンパイ」がコーチしにきって「お前らまだ頑張れるだろ!休んでんじゃねえ!」と更なるハードワークを求める。

するとどういうことが起こるのか。
よく覚えているのが、僕の前を走っている私立の強豪校のエースのS君(共同で合宿していた)の足が、山道を走っている途中に「ポキッ」という音をたててありえない部分がありえない方向に曲がり、そのまま救急車で運ばれてしまった衝撃的な光景だ。その時、ヒラク少年は

「無理すると、カラダによくない」

ということを体感的に学んだ(当たり前すぎだけど)。
その恐怖の夏合宿では、疲労骨折のS君以外にも肉離れや腱鞘炎で秋の大会に出られなくなった 選手が相次いだ。

マイペースが大事だ!

しかし、僕は無事だった。それはなぜか。夏風邪を引いたフリして休んだからだ(疲労骨折koeeeee!)。
そして秋大会に何が起こったかというと、チームの中での序列が上がった(←先輩とか同級生のエースのH君とかがケガで離脱したから)。

必要とあらば練習をサボリ、コーチや先輩の機嫌を取るのがうまく、しかも美術部を兼部するという「三種の神器」を備えていたヒラクはほとんどケガをしなかった(そりゃそうだ)。
ケガをしないということは「強制リセットが起こらない」ということで、サボり魔なりにだんだんタイムが速くなっていく。

そのうちS君とかH君とか先輩よりも速くなってしまい、実質エースになったはずなのだが、僕の人生ナメた感じの練習態度が仇となり、進撃の巨人における奇行種のようなポジションをゲットしたところで大過なく引退することができた。

で、まとめるとだな。
僕にとって「長く続ける」ために大事だったのは「頑張りすぎないこと」、つまり「マイペースでやる」ことだった。

トップを狙おうとして常時頑張りまくると、ある日ポキっと「疲労骨折」が起こる。マイペースでもケガせずに持続できたら、ある日「おやっ、前に誰もいないけどここは先頭なのか?」ということが起こる。

繰り返すけど、マイペースに長く続けることがほんとに大事。


【追記】で、引退してからは美大受験に励むことになったのが、こっちも陸上部と同じような顛末をたどることになる。その続きはまた今度。

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