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誰かを励ます言葉。

こんばんは、ヒラクです。

引越しやキャンペーンで色々と立て込んでいる最近ですが、夜中に独り言。

僕がずーっとこのブログを書き続けている理由ってなんだろうな、ってふと思うんですよね。

まず第一に「自己表現欲」ってのがあると思われそうですが、それって意外と長続きしないんですよ。
じゃあ何なのかというと「思考の基礎体力を上げるため」という理由があります。

漠然と頭の中で何かを考えるのと、実際に筋道だった文章にしていくのでは、同じことを考えているといしても全然思考の精度が変わってくる。で、僕のやっている「アートディレクター」という仕事は、デザイン畑の中ではかなり「思考力」が試されてくるものなので、その訓練を恒常的にしている、というのがブログを続けている理由だと思っていたんです。

だけどね。

実は違う理由があった(と最近気づきました)。
僕は、「誰かを励ます言葉」を書ければいいな、と心の奥底で思っていたんです(おこがましい考えですね)。
自分が仕事をする中で出会った、日本中の「地営業者」。その土地に根ざした生業を全うする人たち。

時流に乗った仕事ではないし、お世辞にも大きいとはいえないけれど、でも家族や従業員の未来を背負って、自分の持ち場を一生懸命守っている人たち。

東京生まれのヒラクは、そういう人たちに出会って衝撃を受けました。
「そういう生き方があるんだ」と。

でも、日本各地を巡るうちに、実はそれが「脈々と続く生業の姿である」ということが分かってきた。
甲府の五味さんがそうだし、静岡浜名湖の近藤さんがそうだし、五日市の沖倉さんがそう。宮城の田尻の岩渕さんがそうだし、大阪の斉藤さんがそうだし、岐阜の蒲さんがそう。

そして今、都会の勤めをやめて、自分の生まれた(or縁のある)地域で暮らすことを選び始めている人たちが出てきている。あるいは、都会のなかで意味のある「生業」をつくりだそうとしている人たちも出てきている。

僕は、そういう人たちの生き方に導かれて、++を立ちあげ、今みたいな仕事に辿り着いた。
つまり「誰かに励まされてここに来た」。
そんな自発性ゼロの成り行きのくせに、今ここにいる幸せに感謝したいと思っている。
で、その感謝をアウトプットするためにはどうしたらいいのか。
それは、「誰かを励ます言葉」を自分も持てるようになること。それに尽きると思うんです。

もし生まれ変わったとしても、僕はこの生き方を選びたい。
それぐらい、自分は今やっていることに愛着を持っている(至らない所はたくさんあるけど)。そして、その要員の大半は自分の努力とか強い意志じゃなくて、「導いてくれた出会い」だったり「励まされた言葉」のおかげだったりするんです(それ以前は、正直言い訳を抱えながら日々を過ごしていた時期がありました)。

要は、自分のいる場所は、誰かに譲られた場所だと思うんです。
だから僕は、いつか誰かに場所を譲れるようになるといいなと思う。
かつて自分がしてもらったように、誰かを励まして、その人の心が向かう方向へ進む手助けができる言葉をかけられるようになればいいと思う。
一個人が細々とやっているしがないブログだけど、いつもたった1センテンスでもいいから「誰かを励ます言葉」「迷いを振り払う言葉」があるように、と思って書いている(ということに気づきました)。

責任を追求したり、呪ったり、貶めるような言葉ではなく、何かを否定したり、あきらめたり、ねじまげたりのでもない言葉でもなく。
ある個人のささいな一言にも、未来の光を照らす「言霊」を込めることができるはずだと僕は思う。
…と、深夜に独り言でした。

ブログを読んでくれている皆様、本当にありがとう。いつも励まされてるぜ!

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