そのうちみんなモノが作りたくなるんじゃないかという予感。

こんにちは、ヒラクです。暑いですね〜。
築60年オーバーのアンティーク平屋の我が家は、エアコンがないので夜寝るのが一苦労です。

さて。
前回のあんまりまとまってないエントリー、色々と突っ込みが来ました(コメントくれた皆様どうもありがとう)。
えーとね、僕としては「ベンチャーの高速化が悪」と言いたいわけでは全然なく(僕の友達たちが手がけているスタートアップは応援したいものがたくさんある)、そして「資本主義という諸悪の根源はさっさと終わるべき」と言いたいわけでもなく。

じゃあ何が言いたいのかっていえば。強いて言葉にするならば、「モノの復権」であると思うわけです。

代替不能なものの価値が浮上する

市場のルールでいうと、値付けは「商品ができるまでにかかる人件費」をベースになされます。これが約束事になっているので、市場で優位に立つためには「人件費の合理化」が推し進められる。で、その発想とテクノロジー(ロボットやアルゴリズム)の進化が合体すると「人件費という発想自体を消滅させる」という究極の合理化が実現する。そして、今お金が集まっているのは「究極の合理化」をブルーカラー・ホワイトカラーの業界問わず実現していくビジネス。お金が集まる=成長産業だから競争が激化してスピードがあがり、従来の「価値(=人間の労働)」の改変はとんでもないスピードで進んでいくよ、そしてその到達点は、資本主義の約束事である「価値」をゼロにするところだよね、っていうのがこないだ書いたことでした。

もしこれが究極まで進んだ世界を考えると、人の手とか脳とかが介在されないで商品がつくられるわけだから、商品やサービスが限りなく標準化するし、圧倒的な資本と流通をもっているサプライヤーの商品しかなくなるから、ぜんぜん多様性のないディストピアが簡単にイメージできる。

そこで、渡邉さんの指摘『一方で手作り・ハンドメイドに注目が集まっている流れは、何になるのでしょう?確かに多くは、人の手の介在が少ないモノやサービスが席巻していく世ですが相反する人の手がとことん盛り込まれた手作り・ハンドメイドへの需要も上がっていると思われます。』

これ、ディストピアを先回りする感性だと思うんですよね。

「えっ、何?オレもう仕事しなくていいの?ご飯も家も服も郊外のイオンモール行ったらもらえるんだ。ふ〜ん、じゃあtwitterでバズ記事でも読むか。」

「(2ヶ月経過)……うーん、ラクだけど、この人生、オレは楽しくないかも。よしこ、どう思う?」

「えー、じゃあ土でも焼いてみなよお、タケシ。」

で、山にこもって試行錯誤ののち、ちょっと不細工だけど茶碗とかお皿をつくったタケシ。イオンモールで配給された(実際は政府が買い上げている)器と、自分で焼いた器を並べて見てみたときに、ちょっと嬉しくなる。

「なんかさあ、同じ器だけどよお、なんか違うよなあ」

夕飯時に二人でお酒を飲みながらしみじみ感動していると、よしこも

「おなじお酒だけどさあ、第三のビールとわたしの手作りビール、なんか違うよねえ」

と頬を上気させて喜び、二人は人生の意味を知るのであった……
(ちなみによしこの手作りビールは、もちろんアルコール分1%以下だよ)

パラレル経済圏みたいのができるんじゃないかしらね。

えーと、何の話だったっけ。
そうそう。テクノロジーの発展は「デジタル手作り」みたいな新しいジャンルもつくりだすから、↑みたいな素朴で美しいお話にはならないだろうけど。とにかく、人間の労働が生み出す市場的な価値がゼロに近づけば近づくほど、人は逆説的にモノを自分の手でつくりだしたくなってくると思う。

ほら。だってあくせくお金稼ぐために休日返上でオフィスに缶詰めになる必要なくなるし。でもって、自分の手で何か完結したものづくりをするのは、自分の人格が分裂したりしないからストレスないし。もし政府がイオングループに公共事業で生活物資一式を発注してみんなに配給する時代がきたとしたら、もはやタケシとよしこは自分の器やビールをビジネスにはしないかもしれない。

いや、違うな。売るかもしれないけど、不特定多数の人には売らない。そしてよしこのビールの美味しさを理解したお客さんからもらった対価は、イオンが政府から支払われるお金と違ったものになるかもしれない。タケシとよしこが受け取る対価には、人間関係とかその地域の共同体を維持するための何らかの機能とかが付帯している。もしかしたら形式的には同じ日本円で流通しているかもしれないけど、その二つの世界は違う原理の世界、パラレルワールドになっているかもしれない。

んーとえーと。これもまだぼんやりした予感でしかないのだけれど。
ある経済原理が他の経済原理に取って代わる、とかではなくて、photoshopのレイヤーみたいに、今までの原理のなかに違う原理が浸透してくる。そんで、異なる原理のあいだで値段がつけられて売買されていくのは、一周まわって人の手がかかりまくった代替不可能な「モノモノしたモノ」になるんじゃないかなあ…と思ったりしているんだよね。
ていうか、最近の僕の買い物は、近未来に起こるであろうパラレルワールドを無意識に感知した行動なんじゃないかと思ったりするわけです。

おお、そう考えていくと「みんながDIYできるようになるノウハウと部材の提供サービス」が盛り上がり始めているのも納得できるな。
人間が「商品作り」から疎外されていけばいくほど、「モノ作り」のムーブメントが盛り上がっていくのかもしれない。

(今回もなんかまとまらなかったなあ…。)

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