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「人間らしさ」に投資する時代になるかもしれない。

最近、twitterのタイムライン上や友だちとの世間話で「人間らしさ」のトピックスが出るようになった。

 

こういう話題が出るのは、もちろん人工知能やアルゴリズムの超発達が原因なわけだ。
二年くらい前に「アルゴリズムの発達によって資本主義が自壊する」というトンデモなエントリーを書いたのだけど、2万PVくらい読まれているので意外に的外れではなかったのかもしれない。

・資本主義は、全力かつ高速で終わり始めている。

新たな投資の基準点

僕がこのエントリーで言いたかったのは「モノに価格がつく原理は、基本的に『人がどれだけ労働したか』なので、人間の労働がアルゴリズムに代替されたらモノの価値は限りなくタダになる」という、19世紀的のオールドスクールな経済学に基づいた推測だった(たぶん全然違う見方もできるんだろうけど、そこは僕、専門家じゃないし)。

この原則でいうと、生活品の価格が限りなくタダになり、同時に労働することが強制ではなくなる。セブン&アイホールディングスみたいなところが実質国有企業になり、無人の工場で生産した缶詰とかトイレットペ―パーとかを国が買い上げて国民に支給する。人がお金を出して買うのは何か特別な付加価値がついたデザインプロダクトだけになる、みたいな極端な未来の社会モデルにたどり着く(たぶんこんな極端にならないけど、理屈としてあり得る)。

ここで突如話は変わるんだけど、その場合事業に対する「投資」ってどうなるんじゃろか?
と考えたわけよ。

投資の基本って「スケールして高利益を出しそうな事業に準備金を出して、後で利益の配当を得る」ってことなんだけど、従来の資本主義の価値を破壊するITのスタートアップに投資をし続けると、結果自分たちの寄って立つ足場が危うくなる。だからクレバーな投資家なら「儲かりそうな会社に投資する」以外のオルタナティブな投資を考えるはずだ。

で、話を冒頭に戻すと「儲かる」ではない新たな基準点として「人間らしさの再定義」が投資における重要なファクターになる気がする(すごくフィーリングで書いてるけど)。
さてこのふんわりした前提で思考を進めると、これから投資が集まるのは

・マイノリティやハンディキャップのある人への教育・福祉サービス
・高度経済成長によって切り捨てられたクラフト文化(酒蔵とか木工品とか)
・都市部以外の農漁村地域や途上国における課題解決事業

あたりになる。なぜかというとこれは全て「人間の労働及び存在価値を強調する事業」だからだ。スケールや高利益を二の次にして、この領域のプレゼンスが強化されることを目的に、お金やネットワーク資源が投資される。

革新としての投資、保守としの投資

この投資は一見すると「社会貢献のための建前的投資」に見えるが、たぶんそんなことはない。現況の資本主義を担保する「人間の労働価値」をサポートするための行為だからだ。

「破壊的イノベーションへの投資」というのは、利益を狙ったものであるように見えて金融資本自体を破壊する革新=アナーキーな行為であることになる。
一方「人間らしさを再定義する事業」への投資は、今の資本主義を延命させるという意図においてすごーく保守的なのであるよ。

ちょっと壮大な話になっちゃうけど。

19世紀以来の資本主義の終焉がマジで見えてきた時代において「ほんとに今のシステム全部壊しちゃっていいのかしら?」という自問自答が始まることは、しごくまっとうな事態な気がする…とテキトーに書いてしまったのだが、100人に一人くらいはこの話にピンとくる投資家及び実業家がいると思う(たぶん)。

 【追記】書いた後で言うのもなんだが、ぜんぜん論理が整理できてない。なんだけど、たぶん深く堀ったら何かスゴいものがあるような気がするので、もうちょい発酵させたらアップデートします。まあこういうのを公開できちゃうのもブログの良さということで。

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