4/26から始まった渋谷ヒカリエの展覧会”Fermentation Tourism Nippon”。オープニングイベントで人生初のスピーチ原稿を用意しての挨拶をしました。「かしこまりすぎてみんな寝ちゃうんじゃないかな?」と心配だったのですが、思いのほか好評で原稿を公開してほしいという要望があったのでブログに掲載しておきます。興味ある方はご一読どうぞ。

記憶の方舟

海、山、街、島。
日本の各地には、多種多様な発酵文化が受け継がれています。

穀物にカビをつけ、杉と竹でつくった巨大な桶で穀物を酒や調味料に醸し、それを船に載せて日本列島の隅々、朝鮮半島や中国にまで運んでいく。
山に囲まれた集落、断崖絶壁の孤島、都から落ち延びてきた一族が逃げ込んだ辺境。外から何も持ってこられない環境で、限られた資源を加工して生き延びていく。

僕が日本各地で出会ったのは、日本に住む人々が生きてきた数百年、千年の面影でした。

夏の野菜を麹や塩と混ぜ、寒い時期の食料に加工する。
短いシーズンに膨大に取れる魚を漬けて、来年の魚の群れの到来を待ち焦がれる。
風や潮の流れを読み、雨や雪を恐れながら、気まぐれな自然のふるまいから恵みを得ようと蓄積した知恵の重み。

蒸し暑い夏と、凍てつくような冬の厳しさ。頻繁に訪れる地震や台風、洪水などの災害、疫病。日本の多くの土地は、人間が生きやすい環境とは言えない。この日本列島に生きる人々は、限られた食材を腐らせないように、試行錯誤を繰り返していきました。

そのなかで出会ったのが、目に見えない自然。微生物の力です。
田んぼの中に棲み着いていたコウジカビ、作物に付着している乳酸菌や酵母などの存在に気づき、最初は自然の成り行きにまかせていた現象を、再現性のあるレシピにしていった。

これが発酵です。この発酵の技術を1000年以上に渡って積み上げた先に、今の僕たちが享受している、そしてこの展覧会の場に集まっている日本ならでは発酵文化ができあがっていきました。

厳しい自然環境、災害に加え、大和朝廷の成立以降、仏教の戒律で肉食が禁止されたことで、日本の発酵文化はさらなる不思議な発展を遂げていくことになります。一年を通して食材を確保でき、消化の負担をかけず栄養を摂取できる家畜の肉や乳を食べることができない。栄養摂取のショートカットを禁止された日本人は、かたい植物の繊維質を微生物の力で栄養に分解し、魚食の食中毒のリスクを発酵で取り除いてきました。

この栄養摂取の「迂回プロセス」が、結果的にこれほどまでに多種多様な発酵食品のバリエーションをかたちづくっていきました。

不思議な話ですが、いつ、どこでも望むものが手に入る自由のなかでは工夫の知恵は生まれません。理不尽な制限のなかでこそ、日本に生きる人々の創造性が育まれてきたのです。

この展覧会は単なる物産カタログではなく、この島国のなかで生まれた市井の人々のクリエイティビティを集めたもの。

自然と向き合い、目に見えない生物と対話し、手と身体を使って生み出されたクリエイティビティ。その象徴がこの場に来てくれている醸造家のみなさんです。

僕は旅のあいだ、会場に写真が展示されている勝子おかあさんの手のことをよく思い出していました。鳥取の山の集落で50年以上柿の葉寿司を握ってきた勝子おかあさんの手。寡黙な勝子おばあちゃんの口のかわりに、その丸っこい手のかたちは言葉とは違うかたちの記憶を雄弁に語ってくれました。

勝子おかあさんの握る柿の葉寿司は、食べる物語でした。

智頭の柿の葉寿司は、お盆の終わりを告げる精進落しです。
ご先祖様が海から帰ってくるお盆のあいだ、海に出ることはできない。そしてご先祖様が帰った後に、ねぎらいの気持ちを込めて海の幸を食べる。おすしにはそんなご先祖様とのつながり、共同体のつながりを確認する信仰が宿されているのです。

この会場に集った47の発酵文化は、その土地に生きた人々の思いを運ぶ、記憶の方舟です。

発酵文化を紐解くということは、日本に生きる人々の歴史を辿るということ。
生き延びる知恵を、見えない自然・微生物に学び、コミュニティをつくり、文化をつくる。厳しい制限のなかで紡がれてきた驚くべき多様性と創造性。

生き延びるための知恵として生まれた発酵文化は、なんでも簡単に手に入る便利な時代には不要なものとして忘れ去られてく運命なのでしょうか?

僕はそうは思いません。

そこに展示されている木桶を見てください。滅びるはずだったはずの木桶づくりの技術が、小豆島の小さな醤油屋さんによって継承され、さらに日本全国の醸造家が小豆島に木桶づくりを学びにいく。木桶の文化が日本中の醸造家たちをつなぐコミュニティをつくっているのです。

発酵文化には、日本各地の文化を新しく見出すための大事なヒントとして、地域のコミュニティや産業をつくるための拠りどころとしてのたくさんの可能性があるはずだと僕は信じています。

発酵を通して、この日本という国の過去と現在と未来をみんなに伝え、問いかけること。

これが僕が今回の展覧会でやりたかったこと、もっと言えば、全国で出会った人々から託されたバトンだと思っています。

きっかけはこの展覧会の事務局長D&DEPARTEMENTの黒江美穂さんとの出会いでした。
最初は二人から。そしてそこからだんだんチームメンバーが増えていき、さらに一年半が経ち、この会場に集ってくれた皆さまはじめ1000人をはるかに超える人達に応援してもらって、こんなにも素晴らしい場をお祝いできるところまでたどり着くことができました。

僕たち一人ひとりの中に流れている、見えない物語。
自分の生まれた土地に眠っている、暮らしの記憶。

どうぞ、微生物の視点から見た「もう一つの日本のかたち」に立ち会ってください。

発酵は、記憶の方舟。そして未来に漕ぎ出すための船。
Fermentation Tourism Nippon。皆さまと一緒の船出を本当に誇らしく思います。

これで僕のスピーチは終わりです。どうもありがとうございました。

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