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旅の雑感 やっぱり長いよ!後半

【バルセロナ】
てなわけで、すでに冬になっていたリールから、バルセロナへ。
定宿は、中心地のラ・ランブラスから裏道に入ったモダンホテル。パリの狭いホテルの二倍の広さで、値段は半額(booking.comすごいぞ!)、アメニティのデザインも洒落ている。屋上にプールまで着いているので、さっそく飛び込む。バルセロナは依然夏でした。
スペインは10年ほど前に結構長く旅していたのだけれど、マドリッド以南にいたので、バルセロナは初体験。一言でいうと、バルセロナは厳密には「スペインではない」かもしれない。街のつくりは堅牢な石づくりで、中心部はそれは壮大につくられている。が、その横には地中海のビーチと、モンジュイックという大きな丘というか小さな山の緑が見渡せる。石だらけのパリやマドリッドと比べてどこか「大らか」な印象があります。街の人も、小さくて浅黒くてヨーロッパぽくない(ヨーロッパぽいって何だという話もありますが)。
アパ―トのベランダからは、赤と黄色のストライプの「カタルーニャ国旗」が、スペイン国旗とは別にかかっていたりする。
ちなみにご存知でない人もいると思うので書くと、スペインはいくつかのかなり独立した性格を持つ地域が集まった風土を、中央部の「カスティーリャ=マドリッド」が中央集権的にコントロールしている国なので、各州の確執は日本と比べられないほと深刻(なかでも、バスク州とカタルーニャ州がアグレッシブ)。過去にフランコという軍事独裁者に統治されていたときは、それはそれは大変だったそうな。
カタルーニャという、独自の言語と文化史観を持つその歴史は「なかったこと」にされ、カタルーニャ語は使うことが禁止された。使ったら刑務所行きだったそうな(それはあんまりだね)。
で、フランコ政権が終わった後は、急速に「民族の絆」が沸騰していると聞きました。
例でいうと「お父さんお母さんはスペイン語しか話さないが、子どもはスペイン語とカタルーニャ語を話す」という驚くべき現象が起こっている(在日の韓国/朝鮮系の人たちとは逆のケース!)。
街の大通りでは、「カタルーニャ国独立」を求めるデモに出くわす。ここでも、中央集権的なものに反発する流れが大きくなっているのだなと感じました。
ちなみに、今回の「独立の機運」は文化的な問題だけでなくて、超絶に不況の南部(アンダルシアとか)の負債を、なぜ景気の良いカタルーニャが背負わにゃらんのだ、という「おんぶにだっこはけしからん」という意識も強く働いている。その気持ちはわからんでもないけれども、視点を一歩外に広げると、スペインという国自体がユーロ危機の「おんぶにだっこ」状態になっているわけだし、その引き金になった不動産バブルは、他の金のある国が仕掛けたものなのだから、僕はやっぱり「プロフィットもリスクも分かち合うべし」と思う(でもそれをスペイン語では説明できない、残念)。
バルセロナの街をガイドしてくれたのは、日本で仕事をご一緒し、その後バルセロナに引越した腕利きカメラマン(またも美女)宗田さんと、その友人の刺繍アーティスト、ラウラ嬢。
バルセロナの誇る「モデルニスモ建築」を案内してもらう。19世紀終わりから20世紀のはじめの「現代建築/バウハウス」スタイルが生まれるちょっと前にバルセロナで展開した特異な建築様式。重厚な石造り建築の上に、アジアやイスラム的なアラベスクや彫刻がデコレーションされまくっている。ほぼ同時代のウィリアム・モリスのアート&クラフトのスタイルと同じく、装飾が装飾を超えてデザインの本質を成す、インダストリアルプロダクトが登場する間際の「アーティザナルな意匠の炎」と言ってもいいと思う(コンクリートとガラスが登場して、その炎は途絶えた)。
ちなみに、後述するガウディもこの運動から出発している。
バルセルナの街は「石」というマテリアルを極限まで表現した場所だと思う。
パリの街も壮麗だけど、それは「デコレーション」、「権威の象徴」としてであって、バルセロナの石の建物は色んな「強くて、デカい国」に挟まれているなかで「頑張って守るぜ、俺たちのアイデンティティー。」という決意の現れであるとヒラクは見た!
バルセロナでは、ホテルの近所でいつも大にぎわいの「la fonda」というレストランに通う。この街では、やたらめったら人がたくさんいる食堂がとにかく正解で、そういう所は間違いなく安くておいしい。la fondaにはガイドブックを持った中国や韓国の観光客がけっこういて、なぜかみんなパエリヤとサングリアをセットで頼んでいた(あんまり良い食べ合わせじゃないと思うんだけど)。パエリヤは美味しいけど量が多いので、色んなものを食べたい人はアラカルトで頼むのが良いでしょうね。スペインでお気に入りなのは、カヴァというスパークリングワイン。辛口でキレが良くて、安い(食堂で頼んでもフルボトルで1,000円しない)。
気候が暑くて乾燥しているので、ちょっとカフェで休憩しては一杯。夕食時のアペリティフに一杯。食中にも一杯。スペインにきてもあんまり肉を食べずに魚介を食べてるから、畢竟一日中これを飲む。話変わっちゃうけど、ハイトっていう水で薄めたみたいな微妙な味のビールが韓国にあるんですよ。日本で飲んだ時は「第三のビールよりもさらにひどい!」と憤慨したんだけど、極寒の韓国いってあっちの鍋をつつきながら飲んだときに「ほう」と納得した覚えがあります。
そんな感じで、地域性のあるお酒って「気候風土」にハマった時にその味の「意図がわかる」ようになっています。で、このカヴァっていうお酒も、「乾いている」というより「カラっとしている」気候にはベストマッチなヤツでした。日本でも飲めるけど、スペインで飲める機会があれば是非。
では食べ物の話題に移ります。
バルセロナのハイライトはまたしても貝。宗田さんとラウラ嬢に連れられて、魚介専門のレストランへ行く。レストランというか、魚屋。入り口で好きな魚や貝を選んで、そのままかちょっと炙ってもりもり食べる。カキとムール貝とエビに、ラウラオススメのベルベレッチョというアサリみたいな貝を食す。あまりにも美味しいので無言になってしまった。
やたら陽気な店で、カヴァの栓をとばすと拍手が起きるような場所でした。
注文するときにスペイン語ができなきゃいけないので、もしバルセロナにガイドのアテがあったらぜひ行ってみてね(地元の人はみんな知ってる店ですって)。
そういや僕がヨーロッパに住み始めたころ、貝を食すことに情熱をかけるドイツ人の友達がいた。
ムールやカキなどを食べては、お腹をこわして寝込むのだけど、全然懲りないから「馬鹿なヤツだ」と思っていたけど、その気持ち、わかるわ。
では、再び建築のお話。
ガウディの建築についてちょっと考察する。
サクラダファミリアを見学して思ったけれど、ガウディの建築は他の誰にも似ていない。それはなぜかというと、分析するに「建材を自分でつくっている」からだと思う。
建築家は常に「実現可能生」と戦う仕事である(ですよね?)。いくら頭で素晴らしいイメージを描いたとしても、工務店や大工から「そいつは面白いけど無理ですぜ旦那」とか、施主から「そいつは素敵だけど予算がちょっと…」と言われて妥協することが多い。だから、必然的に大半を既存の建材を応用してつくるしかない。
さっき触れたモデルニスモの建築にしても、装飾はオリジナルでも建物の構造は比較的クラシックだった。
しかし!ガウディはそうではないのですよ。自然の幾何学を再構築して生まれた複雑なフォルムを、どうやったかは知らないが石を削ってつくり出している。
よっぽど石工の人たちと仲が良かったのか、自分で素材をつくるところまで監督してつくっているに違いない。これは実にレアなケースだと言っていいと思う。
その結果できあがったのが、構造そのものが装飾的になっているという、世にも奇妙なオーガニックな形象の建築で、しかもスケールが超デカい。同行人のコメントによると、「唯一似たものとしては、風の谷のナウシカの腐海の森」らしい。なるほどね。
ガウディの設計した建築が数少ないのは「構造材から自分でつくる」という非効率的なことを妥協せずやり続けた結果であって、だからこそ圧倒的にオリジナルなものができたのでしょう(後は、それを許したスポンサーがいたことね)。帰国したらガウディのことをちゃんと調べてみよう。
さっき装飾の話をしたんだけど、この装飾の問題って歴史的に見ていくと非常に興味深い。
例えば、中世のケルトやローマ、あるいはイスラム(これは現代でも)文明の写本とか見ると、それはそれは装飾的なんですよ。タイポグラフィーがことごとくデザイン的に処理されて、その周りを唐草やアブストラクトな模様でデコられまっくている。これは、中世の宗教世界に置いては装飾が「神への信仰」の強度を計る一つの指数なのだと思うんですね。だから、キャバ嬢とかホストが人気出すために髪を盛りまくるみたいに、デコりまくる。
モダンデザイン発祥以降の「機能と装飾」みたいな二元論ではなくて、合理的機能よりも信仰的意味が優先されちゃったりするから、つまり『装飾が本質を成す』と言えるのですよ。
モデルニスモ?ガウディに至るこの「装飾が本質を成す」という執念は、たぶんこういう近代以前の世界観がそのベースを成している。バリバリのモダニスト世代である僕も、こういうスゴいの見ちゃうと、デザインというものの体現する本質を考え直したほうがよいかなあ…と思います。
まあ一言でいうと、「感謝とリスペクトの念」に溢れまくっているというか、「ネイチャーあざっす!」「神様グラシャっす!」みたいなポジティブな波動を感じてからだがポカポカしたよね。
【またパリ】
で、じゅうぶん暖まったとこでパリに戻ったら、パリももう冬になっていました。
もう観光はほとんどしないで、ローカルに盛り上がることにする。
僕の絵の師であるユーゴスラヴィア人(なんていうのはもう政治的には存在しないけど)ミルコのおっちゃんに久しぶりに再会。男ふたり、五年ぶりに会うとシャイになってしばし沈黙(でも暖かい沈黙だった)。ベビーシッターやってた息子さんも、すっかり「男の子」になってました。
後は、同伴の民ちゃんの親友美穂ちゃんと美穂ママが偶然パリに来ていたので、南仏料理屋で昼間からしこたま飲む。娘の数倍アグレッシブな色気を放つ美穂ママは酔っぱらうと名言を連発し、「おのれの愛で、おのれを変える」という自己愛が120%充溢したクラシックな格言を残し、昼食後ホテルで爆睡。起床後バトー・ムーシュに乗ってまたワインを飲みまくったらしい。
美穂ちゃん、頑張ってね。
帰国直前に、リールコネクションの中心人物であるマックスくんに会う。
熊本?ゴア(インド)?カトマンドゥ(ネパール)とヒッピー遍歴を重ねたのち、今は外務省ではたらいている。フランスって、そんなの許しちゃうわけ?
で、最後まで愉快に過ごして帰路につきました。基本よく飲んでよく寝ておしゃべりしてと、のんびりした旅だったけどこう書いてみると色々考えていましたね。良い二週間でした。
もうすぐ電池が切れる頃合いとなりましたので、雑感終わり。

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