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旅の雑感 すごーく長いよ!前編

帰国しました。
いやはや。ほぼ丸二日、時差ボケがひどくてひどくて。打ち合わせではうどの大木になり、街を歩けば全てが幻影のように見え、PC画面とか活字とかを凝視しようとすると焦点を結べなくなり目眩がする等、身体全体が「おかしいぞ、おかしいぞ!」と叫んでいました。日本→ヨーロッパはなんとか帳尻あわせられるんだけど、ヨーロッパ→日本は辛い。なんとかキーボードを打てるまでに復活しましたが、あと2、3日は泥沼そうです。恐ろしや。
さて今回の旅の雑感を、飛行機のなかでレジュメしたので以下つぎはぎしながら書きます。
旅程は、パリ3日→リール(ベルギーとの国境の街)3日→バルセロナ4日→パリ3日の全2週間。
トピックスは主に身の上話とご飯と文化人類学的考察。
すごーく長いから、ヒマな時にじわりじわりと読んで下さいね。
【パリ】
パリは、20歳そこそこの多感な時期を過ごした(まだ終わってないけど)ところで、再訪するのになんだかんだ5年以上が経っていた。行くチャンスは何度もあったのだけれど、思い入れがありすぎて、気軽に来れなかったのでした。で、久々に来て思ったのは、やっぱりあんまり変わってないなと。ただ、電車やバスの値段やパンは値上がりし、若いバックパッカーみたいな日本人はいなくなり、変わりに韓国や中国系の若者が圧倒的に増えていた(おじさまおばさまは変わらずたくさんいた)。観光はダイレクトに世相を反映しますね。
ちなみに今回の旅では、同伴者の民ちゃんもいるので気軽に友達の家を泊まったりできないので、ホテルを取る。パリのホテルって、高くて狭くてボロいんですね(普通のアパートもだけど)。予約は、booking.comというサイトを使って、ディスカウントされている良さげなホテルを狙う。
たまには内容のない瑣末なことを記させて下さい。僕の旅する時のテンションは「両替のレート」に異常に左右される。レートがわるかったり、手数料がバカ高かったりすると世の中すべてを呪いたい気分になる。なので、空港とか銀行の両替所は必要最小限にし、街場の怪しい両替所に出入りすることになる。ちなみに今回の旅で圧倒的に素晴らしかったのは、パリ北部の「ピガール」という新宿歌舞伎町2丁目のような怪しい地区にある「エロティシズム博物館(たぶん私営)」の下にある両替所。ベンガル系の眼光鋭いお兄さんが手数料無し、為替相場とほぼ同じレートで両替してくれる。一体どうやってビジネスしているのだろうかと思うぐらい素晴らしいレート。「有り金全部換金し、エロにつぎこめ」という、複合型ビジネスモデルなのかもしれない。
ゲストハウスを引っ越してから一年近く、フランス語をほとんど喋っていないので勘が鈍っているかと思いきや、空港に降りるとスイッチが入ったように言語感が戻ってくる。人間の記憶って不思議なものだ。カフェで「ミルクちょっとはいったエスプレッソおくれ」とか、「このおススメの白ワインをハーフで、グラスは2つで」とか言っていると、調子が出てくる。日常会話が過不足なく、という「中の上」かそれよりややマシくらいのレベルだけど、それぐらいが一番楽しいかもしれない。
初日からはりきってフランス料理のレストランに行くが、二人でコース料理(フルではない)を頼んで、撃沈する。サーモンのタルタルサラダ、鴨のコンフィ、牛のほほ肉のグリル、フライドポテト等。素晴らしくおいしかったけど、多くて、重すぎ。同行者ともに、普段はベジタリアンに近い質素な食生活をしているため、途中から消化器官が音をあげる。動物性のものを一度に摂取しすぎると、身体の全機能が消化吸収に全力を尽くすことになり、眠たくなるのですぐ寝る。
翌日も昼食で愚直にお昼の定食コース(前菜+メイン+パン)を頼んで返り討ちにあったため、以後前菜のみをアラカルトで頼みまくりシェアして食べる「前菜祭り」という注文方法を採用することにする。まあ要は日本の居酒屋的楽しみかたなのですが。
ちなみにパリに行ったことのある皆様、「アジアの総菜屋」という存在をご存知でしょうか。街場にある、ディスプレイにエビチリやチャーハンや春巻なんかを置いて量り売りしている店です。ヨーロッパ的「肉・じゃがいも・クリーム」のオンパレードに疲れたら、ここで中華やベトナムのお惣菜を適量選んで食べると和みます。食べた瞬間、「ああ、やっぱりアジア人だわ」と。ちなみにこのお惣菜家さんは当たり外れがあるので、コツとしてはお客がひっきりなしにいる店か、同じアジア系の人が食べている店を選ぶと間違いないです。
話を戻して観光のこと。今回行きたい美術館は2つ。ルーブルと、最近できたケ・ブランリー美術館。2日に分けて、たっぷり時間を取って鑑賞。
ケ・ブランリーは中央アフリカ・中南米・オセアニア・東アジアの照葉樹林帯などの民俗美術を広く扱う。いずれもフランスの「植民地政策」の直接の犠牲とはならなかった地域のものを収集した「文化人類学的」コレクション。
対してルーブルは、中近東・北アフリカ・地中海地方の正に「穫った穫られた」を激しく繰り返した地域のものを収集した「博物学的」コレクション。
文化人類学は、自分のテリトリー外の他者を「理解」し「論文」にするための学問であって、博物学は自分のテリトリー外の他者を「所有」し「カタログ化」するためのものと僕は定義している。なので、ケ・ブランリーではフランス人の圧倒的な「好奇心」に、ルーブルでは「権力欲」に感服することになる。
エジプトのミイラを何百体も、メソポタミアの神殿の壁や柱をそのまま運んでくる実行力と強欲にビックリし、アボリジニーや南米の少数民族の神話を解体し再構築する「まだ見ぬものと出会いたい」という真摯な好奇心にシンパシーを感じるということです。植民地開拓時代の無法が、二度の戦争を経て学術的興味に変わった(と、とりあえずは好意的に解釈することにする)。
この2つの美術館、ぜひ見比べてみることをおススメしますぞ。
(ケ・ブランリーに「いいね!」とおもった方は、セーヌを渡った先にある「ギメ美術館」もおススメ。冒険家兼政治家兼小説家という、吉田健一と伊丹十三と開口健をミックスしたような文化人、アンドレ・マルローが参画してできた美術館。仏教・イスラム圏の中世美術のすごいコレクションがある)
で、ルーブルの話(今回のブログは、構成なしの、思いつくままで記しますのでご了承を)。
パリに住んでいたころ、僕はヒマがあればルーブルへ通っていました(26歳以下の若者向けに、破格の年間パスがある)。当時日本の大学では文化人類学を学んで、パリでは絵の勉強をしていたので、ルーブルは両方の興味を満たすには最適でした。最初はわかりやすくルネッサンス絵画や、18世紀以降のフランス・オランダ絵画を鑑賞していたのだけれど、しばらく通うと理解できるのが「エジプト?古代ギリシャ?ローマ」の、アフリカ北部から地中海、そししてイタリアへと向かう「ヨーロッパ発祥のルーツ」を辿るコレクションの異常なまでの充実ぶり。絵画というよりは、彫刻・ツボなどの器・宝飾品・テキスタイルや祭儀の際に使われるオブジェクトの類がメインであり、やや早足で歩きながら目の端っこでチラチラと鑑賞しても概要を把握するのに2?3時間はかかります。キャプションなどを読んで理解しようとすると、僕がやったようにパスを買って何度も来なければいけないということになる。
オルセー美術館やポンピドゥーセンターもすごいが、正直ルーブルとは規模が違う。「どうしてここまで集めたのか」さっぱり理解できない。この規模に肩を並べるのは、大英博物館と、あと僕いったことないから知らないけど、エルミタージュらしいですね。
さて。日本人的感覚だと今イチピンと来ないけど、「エジプト?ギリシャ?ローマ」の文明の系譜は、ヨーロッパに「ルネッサンス」といういわば「西洋デファクトスタンダード」というものをもたらすルーツであることになっている。考えてみれば、エジプトの古代文明がユダヤ一神教と地中海文明の母胎となり、それがギリシャやパレスチナのほうで展開され、ローマ帝国へと遷移していって、今のヨーロッパ的とされているものができている(本当はそんなに単純じゃないだろうけど)。とはいえ、ルネサンスが始まる前の中世ヨーロッパでは、ローマとギリシャは「別物」であったし、エジプト文明なんて「よくわからん」ものだったらしい。でもイスラム文明圏との度重なる戦争と貿易のなかで、ギリシャやユダヤの哲学や自然科学が再発見されて、「ルネッサンス運動」が始まっていった(と大ざっぱですが僕の解釈ね)。ちなみにルネッサンスはフランス語で、英語だと”rebirth”、「再生」となります。つまり、西洋的なもののルーツは脈々と語り継がれたものではなくて、後から「再発見」された。さらに時代は下り、18世紀末になると、ナポレオンがエジプトにいって、ものすごい量のミイラやら宝飾品やら建築物やらをぶんどってくる。ナポレオンの組んだチームのなかには、各種歴史学者や博物学者たちが配置されていて、エジプト遠征時の図録がたくさん作られている。で、詳細に研究していった結果、エジプト文明がどうやって地中海?中近東世界に派生していったかが明らかになった。
そこで再び西洋的なもののルーツが、過去へ向かって「延長」されていったのであった…
てな流れがルーブルを訪ねるとわかる、というのが僕の勝手な解釈です。本物の学者なら、参考文献とか学者の名前を上げて論拠を示すところなんだけど、いちデザイナーの雑感ということでご勘弁を(でも、あながち全部デタラメということでもないと思うよ)。
僕がこの「エジプト?ギリシャ?ローマ」の系譜を考察するのは、歴史的な理由だけでなくて、美術的な理由もある。それは、「リアリズム」の系譜です。古代ギリシャの彫刻なんかを見ると、今から3000年以上昔なのに、かなりリアルに作られている。そして、ギリシャ?ローマ時代の彫刻は、それこそダイレクトにミケランジェロとかの前哨戦になっている。絵画も、ビザンチンまでは結構ポンチな絵も多いけれど、ゴシック→初期ルネッサンス→ダヴィンチの登場まだ、確実に自然科学的な「リアリズム」の完成へと歩みを進めていく。
まあそんな、よく美術史で語られる系譜ですが、僕にとっては「すごいけど他人事」だったりするんですよね。正直言うと、ルーブルに置いてあるローマ以降の彫刻なんかは「いいガタイしてますな」なんて思うぐらいで、インスパイアされるものが少ないのですよ。
対して、ケ・ブランリーに置いてあるオセアニアのお面とかトーテムポールの「リアリズム全放棄」的なそのトンチキさ、大らかさに触れると、外国に住んでる従兄弟を見るような心持ちがするんですね。「お、水木しげるのオリジンがここに」とか、「あら、北斎の描きそうな猫ちゃんだこと」なんてな感じで。
結論。ルーブルには西洋的なルーツなる「おのれの地肉とした他者」が網羅されていて、ケ・ブランリーにはそこに属さない「おのれの肉親ではないが面白い他者」がエディットされている。やっぱり日本のルーツはまったくもって西洋的なルーツとは別物であって、肉やじゃがいもばっかり食べては暮らしてゆけぬと感じるわけです(肉じゃがは好きだけど)。
ま、だからこそ、ヨーロッパに来るのが面白いわけなんですけど。
では、中編に続く。

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