▶微生物が生み出す、ローカル発酵食品の脅威の多様性
ソトコト16年10月掲載

 

今回は特集と連動してお届け。特集で日本あちこちのローカル食を取り上げるということで、郷土食と発酵文化の関わりについて掘り下げてみまーす。

微生物は環境に超敏感

僕は仕事柄、日本のあちこちへ行って郷土食を食べる機会が多く、北から南、雪国から南国まで、日本の郷土食文化の驚異的な多様性を実感しています。なかでも僕の専門である発酵食は同じような食材であっても、地域ごとのバリエーションが広い。

それはなぜかというと、発酵菌が人間よりもはるかに環境に敏感だから。1℃の温度の違い、風通しの有無、酸性かアルカリ性か、水質や土質、塩が強いか糖が強いか等など、様々なファクターの微妙な違いが発酵菌にとっての「生きるか死ぬか」のボーダーになるのだな。

では具体例をば。江戸時代に日本酒醸造の技術が確立したのは兵庫県灘地域。冬の時期に六甲山から吹いてくる厳しい寒風が、雑菌を防ぎ、酵母をゆっくりと働かせる寒くて乾いた気候をつくりだします。しかもこの灘の「宮水」と呼ばれるミネラル分を含む「ちょいカタめ」の水質が、辛口のキリッとしたお酒をつくるのに適していた。同じ日本酒でも、お隣の銘醸地、京都の伏見では水質がもっと軟らかいので、辛口よりももっと甘味と旨味のある酒になります。昔の人はこういう土地の気候条件と発酵菌の働きの微小な違いに敏感で、灘の「男酒」、伏見の「女酒」と表現したりしていました。粋〜!!

保存食・貿易品としての価値

冷蔵庫のない時代、いかに食材を腐らせず長持ちさせるかがその土地の人々にとって死活問題でした。日本において最もポピュラーな防腐方法は「塩」。高い塩分のもとでは、腐敗を引き起こす雑菌が生きていくことができず、逆に風味と栄養をつくり出す発酵菌を呼び寄せることを経験的に知っていたのですね。ところがこの塩、昔は貴重品だったわけで、海から遠い山村とかではおいそれと手に入らない。そういう歴史を持つ土地では、塩を入れない味噌や漬物など、常識破りな発酵食品を見ることができます。
微生物の視点で見ると、塩は「クラスで一番の美人にヘンな虫がつかないよう目を光らせるメガネで性格キツい女子」みたいな存在で、そのガードをかいくぐってデートを申し込めるのはよっぽどの度胸とテクがいるので並の菌には無理!しかし休日に街角で偶然会ったしノーガードの彼女なら…!というテンションで、塩を使わない発酵食品では、ふだんお目にかかれない「ハイスクール!奇面組」みたいな変わり種の菌が活躍します。その結果、同じ味噌でも通常とは全く違う、チーズのような風味や香りを持つ個性的すぎるローカル食材が生まれるわけです。

さらに。個性的な発酵食品は貿易品としても重宝されたりします。土佐のかつお節は天下の台所、大阪へ。同じく土佐の碁石茶は瀬戸内海を渡って茶粥として重宝されました。貿易品になるということは付加価値が高いということなので、さらに技術と生産量が高まって「郷土の名物」としての地位が確立することになります。

 

1gのぬか床の中に数億の菌がひしめく、発酵という超ミクロコスモス。人間には及びもつかない小さな差異によって、大きな風味の個性が生まれていく。

その土地独自の食材×気候風土×菌のかけ合わせによる無限の可能性。ローカル食のイノベーションの鍵は、微生物にあるのかもしれません。

【追記】一般的にもっとも菌がいっぱい住んでいるのは湿り気のある土のなか。1平方cmあたり何億も棲息していることも。水中は以外に菌濃度が低い。家の中では、エアコンの通風口にいっぱいカビが住んでいたりするので、要掃除!


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