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学ぶこと。それはオトナの「お楽しみ」。

昨日は、我が家の近所の名店「K(フルネームばらすとみんな来ちゃうから教えない)」にて中山さんと富山さん、民ちゃんと「フード関係者飲み会」を開催。

中山さんはフードデザイナーズネットワークというNPOの元締め、富山さんはアースデイマーケットの企画という「フード界のフィクサー」(すいません、ちょっと誇張しすぎかも)。
そして民ちゃんは食や農業、コミュニティに関わる編集をやっている。

最近ヒラクのもとに、食に関わる大きなプロジェクトの依頼が来たので、「その道のスペシャリストに相談するぜナイト」に付き合ってもらったわけです(本当にどうもありがとう)。

…さて。
そのプロジェクト自体は諸事情によりまだ公表できないのですが、「食」と「地域」に関わるディープな話が尽きることなく展開していきました。

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ここ1?2年、アーバンでセンスの良い男女が「やっぱ衣食住だよね」と言って、広告業界から足を洗ったり、地方へ移住したりすることが多くなってきました(ヒラクの周りは特に)。
で、農業やったり工芸やったり大工やったりしながら、メディア関係の仕事もこなし…
という、アナログなんだかハイテクなんだかよくわからない生き方をしている。

なぜこういう人たちが、ここ最近目立つのか。
まず第一に、社会のインフラ基盤が信用できなくなったというのがあります。

自分の生活の基盤になる、土とか水とかエネルギーとか、そういうものの管理をここ数十年、公共サービスに「まるっと外注」してきたわけですが、そいつは結構危険だぞ。そういう意識が、「3.11以降、日本は?」みたいなワーディングで語られていると。

これが「ネガティブ要因」なわけですが、実は他にも見逃せない「ポジティブ要因」があると思うんです。
それは、「遊びかたがオトナになった」ということ。

土を触って何かを育てたり、手間暇かけて何かをつくったり、素材を吟味して料理したり。あるいは自分の住むところを自分のセンスでつくりあげていく…

こういうのって、最高の「お楽しみ」なわけです。

 

でね。
ポイントとなるのは「学び」です。
こういう遊びの本質には「学び」があるんですよ。

その土地の風土を学び、素材の見方を学び、土や水や微生物との「お付き合い」を学ぶ。実際に手を動かして何をつくろうと思うと、そこには微に入り細に入り「気になること」「知りたいこと」が山のように出てくる。

そういうのを一つ一つ身につけていって出会う、「段々上達するオレ/私」…。

これ、至福の体験。オトナの「お楽しみ」です。

ただ消費するだけの遊びも楽しいけれど、消費し終わったあと、ゼロになってしまう。何も積上がらない。それが寂しくなってくると、積み上げる喜びに向かっていくわけです。

てなわけで、これから商業施設をつくるなり、コミュニティ施設を作るなりするときには、かならずその中心に「学び」があることが望ましい。「学び」を通じて遊びを深め、「学び」を通してコミュニティの絆を深める。

今まで、高速に消費するための障害物になっていた「学び」という機能が、再び経済の中心に置かれる時代がもうすぐやってくる。

「衣食住」へ回帰する志向は、自分の暮らしをつくるテクを「学びたい」という欲求なのよ。

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