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今日の日記は良いタイトルが思いつかないなあ。

こんばんは、ヒラクです。今日は慌ただしい一日でした。

もうすぐお披露目される、作家のひすいこたろうさんとのコラボ企画「糀ドリンクプロジェクト」の最後のツメに走り回り、これまたもうすぐリリースされる、++の自前プロダクト「SMALL WOOD TOKYO」のECサイトのデザインをし、夜は神保町に移動して美学校の定例ミーティング。その合間に、遠藤一郎さんの未来へ号チームが別府から美学校に帰ってくる(実は美学校の屋上が未来へ号チームの基地になっていたりする)。

一郎さんとは夏ぶりの再会。で、開口一番「何かやろうよ」と漠然としたオファーの申し出が。なんとなく直感で「じゃあ、大阪のファンキーなお寺はどうでしょか」と返したら「いや?、前々から思ってたんだけど、オレの活動って『宗教性』あると思ってたんだよね?」と大いに乗り気。齊藤さん、また一人「現代の旅芸人」が名乗りを上げましたよ。
いやいや、年末から年始にかけて、またまた楽しいことがたくさん起きそうです。

で、話は180°変わりまして、「政治と経済」のおはなし。

民ちゃんが「維新の会」の政策にひどく立腹していたので、要項を検索して読んでみました。
これ、こないだの記事でも書いた「リバタリアニズム120%」の内容である、というのがヒラクの感想。ニュースでも色々取り上げられているなかでヒラク的に気になったのは、国政の機能を「外交・安全保障・危機管理・マクロ経済政策等」に絞って、他はなるべく民間に任せる、という点にあります。これって、80年代アメリカの典型的なリバタリアンによる「小さな国家」的な視点で、要は「国家が国家として成り立つこと以外、全て『市場原理』に任せる(そしたらうまくいくから”laissez faire”)。」てな話です。

僕の意見としてはこの政策は「上手く行かない」と思います。なぜなら世界で唯一の「市場原理主義」の覇者であるはずのアメリカ当人が「小さい国家」をやめちゃったからなのです。アメリカという国の最大公約数はオバマさんに投票するという行為を通して、相対的には「自分たちに救済措置をとってくれる政府」を選んだ(金持・白人・男子にアピールしたロムニーさんとの違いを見て下さい)。

でね、要点から言うならば「市場に任せると、少数の大企業が超絶一人勝ちをして、登記場所をスイスとかタックスヘイブンに移しちゃったりして税収が逃げていく」とか、「安い人件費を求めて、工場を海外に移しちゃうから、本国の雇用も確保できない」ことがいいかげんわかってしまった。だから、こういう考えかたは(クーリエジャポン的に言うならば)、国境を無視して飛び回る「ニューリッチ」の実業家とか投資家とか各種スペシャリストにとって有効であって、「国家」にたいしては(アメリカですら)あんまりいいことない、というのがハッキリした。

リバタリアニズムは、金持ちは儲けさすけど、国家を貧しくする。その認識をリバタリアニズムを産んだ(元々の母胎はイギリスですけど)アメリカもしぶしぶ認めた、というのがヒラクの大まかな認識です。

さてそんな状況のなか、日本の国政を担当しようする有力な政治家たちがまたぞろこういうこと言い出すのって、何なのでしょうか。
考えられる可能性としては、①「うまくいかなかったのは、生ぬるかったからだ。これからは(市場原理主義を)もっと徹底してやるぞ」という、性格の悪いSEO業者みたいな言い分。あるいは②何らかの理由で「リバリアニズムを推進すべし」という外部からの強い要請、さもなくば③「ただなんとなく」です。

ヒラクが一番理解できないのは、①です。「アメリカの達成できなかったものを、オレたちは達成できる」という考えなのでしょうか。②に関しては、政治マターになるのでヒラクの与り知らぬ領域です。③に関しては、このブログを読んで何かしら考えることがあれば、ぜひご感想頂きたい、というところです。

さて。話は最初に戻ります。僕が「リバタリアニズムは(国家の施策としては)上手くいかないのだ」ということを予期したのは、そこに「前例がないから」という至極日本人的な「前例主義」の立場に立ったからです。
人類史上、30年と持ったことがなかった仕組みが、日本ならば可能である、という「アヴァンギャルド」な立場に僕は立つ事ができない(なぜならヒラクは実生活においては超コンサバで、毎日おんなじ食材をおんなじお店で買って同じ料理を食べる。20歳過ぎから三鷹にずっと住んでるし、高校からおんなじ服を着てるし)。

百歩譲って、laissez faireな方向へ進んで、法人税が下がって最低賃金制度が撤廃されて、SAMSUNGやTATAに対して価格競争で優位に立てたとする。もし優位に立ったとしても、それで喜ぶのは日本の大企業の経営者や株主であって、SAMSUNGやTATAの経営者・株主・従業員・その家族は喜ばないし、日本の大企業で低賃金・長時間労働に従事するスタッフもまた喜ばない(だって、給料少ないしノルマばっか課されるし、自分の仕事の不出来の前に「あそこは、ああやっている」みたいなよその話ばっかり聞かされてイジけてくる)。

さらに考えを進めると、そういう状況が起こった時に、「勝てるビジネス」をしているIT企業や金融機関がその「スキルと賃金の不均衡」に目をつけて、逆に「ものすごいインセンティブ」を付けて、ビジネス能力のある若い人を囲い込む(++はIT企業じゃないけど、たぶんそうする)。そうだとすると「政治・経済界」が保護したい大企業の「メーカー」の「人材確保」は依然難しく、競争力は育たないと思う。むしろ、アフターSAMSUNG・TATAに出てくる「規制緩和した日本よりさらに価格競争力のある第三勢力」との泥沼のダンピング競争に怯えることになる。

今、僕自身がとあるメーカー企業のアドバイザーをしている立場から言えるのは、当のメーカー(ものづくり)企業が「そんなことほんとは望んでない」ということなのですよ。
「安い人件費と設備投資で物的優位に立つ」ことで経済を制することができる時代ではない。
問題は、「量的転換」でなくて「質的変換」なのだと、気づく人はどの立場であっても気づいている(気づいていても動けない人も多いけど)。

…なんて机上の空論ばっか言って、アンタはどうすんのよ?てな話ですが、それは僕たち合同会社++のこれからのプロジェクトがその答えになっているのです。みなさま乞うご期待(と、たまには強気で宣言してみる)。

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