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両極端な情報は、一枚のコインの裏表かもね。

ここ一ヶ月くらいでしょうか。自分のSNSのタイムラインに流れてくる情報に「何かヘンだな」と思うようになりました。

ヘンというか「きな臭い」が正確なのかな。
「テレビや大手新聞が隠している真実を暴く!」みたいなウラ取り情報がじわりと増えてきているなと(←統計取っていないからわからないけど)。で、その記事なり論説の真偽は置いておくとして。自分が「きな臭い」と思う原因は、「世は陰謀で溢れている」というマインドセットがだんだん広がっていることにあるのでは…と思うわけです。

一つ仮説を立ててみます。
一方に「世の中は全てうまく行っている。経済も政治も未来は明るい。間違いない!」というやたらアゲアゲな情報が大きなメディアを通して流布される。もう一方では「真実は隠されている。私たちは陰謀に騙されている。影の為政者を吊るし上げろ!」というダウナーかつ攻撃的な情報がSNSやブログなどの非公式メディアを通して拡散していく、という状況が生まれているとする。

もしそうであるならば、その情報を受け取る僕たちはどうなるのであろうか。
視点は真逆だけど、結果は同じだ。「何も行動できなくなる」。自分は仕事も人間関係もうまくいっているわけじゃないけど、どうやら未来は明るいらしいから、まあこのままささやかに踊りますかね、自分で何かを変えなくても社会が変わるし。と楽観的判断停止をするか、マズイ!ヤバイ!姿の見えない巨大な悪に操られている!でもどうしよう!となり、漠然とした焦りだけを感じつつ、でも部屋の押入れを開けても悪は隠れていない。

どちらにしても、外部の情報を頼りに自分の指針を立てることは難しい。

しかし、しかしなのだよ。この「判断停止」こそが僕たちが無意識に熱望しているのかもしれないよ。
社会の状況が変化する時は、前の世代の勝ちパターンが通用しなくなる。だから、自分なりのサバイバル方法を試行錯誤する必要がある。だけど、そういうのめんどくさいし怖いじゃん、リスクじゃん。と思ったら、できれば何も決断しないで動かないでいたい。

なんだけど、肌感覚では「いやあ、自分なりに何かしなくちゃいけねえやあ」とわかっている。だとすれば、何かしら「いや、そんなことはない。今動かなくても良いのだ」と(一応でも)納得させてくれる裏付けが欲しい。その時に選択されるのが「実は世の中万事快調。我々にお任せ下さい」か、「実は世の中君の手の届かないところで全て仕組まれている」という両極端な言葉かもしれんね。

もしそうだとすれば、恐らくこれから「エクストリームな楽観論or陰謀説」は、有効なマーケティングツールとしてガンガン増殖していくに違いない。だって、需要があるんだもん。視聴率を取るため、部数を伸ばすため、PVを稼ぐため、「最大のバイラルはエクストリーム化である」というのが正義になるだろう(←速攻で飽和状態を迎えるまでの期間限定だけど)。

…と仮説を考えてみたが、いったい今、多くの人が「極端な言葉」を欲しているという事態が日本の各地で進行しているのだろうか。
それとも自分がそう思うのは、まさに自分自身が無意識に「表のボスでも裏のボスでもいいから僕の人生を決めておくれ」と願っていて、その自分の状況を一般化して正当化してしまいたい!というねじれた欲望があるのだろうか。

こないだのエントリーでも書いたけど、最近「自分の感じていること」が自分の外にも適用できるかどうかさっぱりわからんのだな。それは僕が段々「蚊帳の外のひと」になっていっているからかもしれない。汗。)

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