▷デザインを考える

モノから思想が生まれる。デザイナーの原点回帰。

昨日は西日暮里のフロマエカフェで建築家でエクセルギーハウスの発明家である黒岩さんとトークイベント。お題は「地域といとなみのデザイン」。

ずいぶん長い付き合いながら、イベントの場で改めて黒岩さんの話を聞いて色々と気づくことがありました。黒岩さんは建築家という肩書ながら、建材や設備の開発から、建築を機能させるためのランドスケープの設計から、その建築を使ったコミュニティ作りまで「アナタ一体何者ですか?」と突っ込みたくなるほど広い領域の仕事をしている。

前々からなぜそんなに包括的なアプローチをするのかと不思議だったのだけれど、昨日話を聞いてみてよくわかったことがある。
黒岩さんは、建築という「デザイン」の先にある「モノの生産形態」を見ているのだな。

「何だそんなの当たり前じゃないか!」と思う人はセンスの良い人。で、現状残念ながら「デザイン」と「生産形態」は切り離されている。例えば、20世紀初めのデザイナーは、宿命のようにエンジニアとして「素材の生産」にもコミットすることが必要とされた。ミース・ファン・デル・ローエのモダン建築は、コンクリートとガラスという新しい建材の開発と結びついていたし、前にも書いたけどガウディの建築も石工と「曲線的な素材開発」が下敷きにあってあの建築ができている。

さて時代は下って。
どうやら建築家やインダストリアル・デザイナーは「カタログから素材を選んでキレイに仕上げる」という人になりつつあるようで、特に住宅に関わる領域でいうと、建築家が「機能を選択」できるのは、ほんの一部分になっている(僕建築家じゃないから聞き覚えだけどね)。しかし、そのカタログに記載されている素材の大半は生産過程に環境や人体に負荷をかけているようなものだ。

で、環境建築を数十年やっている黒岩さんとしては、「ならば自分で素材を開発し、機能を発明する」という選択をし、エンジニアになってしまうのだね。つまり、料理人が「本当に納得のいく料理を作りたいので、自分で畑をやることにしました」という選択をするようなもんだ。

これはある意味で、デザインの原点回帰なんじゃないかしらね。
産業の構造自体を作り出していくコミュニケーター+エンジニアとしての動き方が、広告代理店や商社のお抱えとしてのキャリアのその先に必要とされているし、すでにNOSIGNERの太刀川さんのようなスタンスが生まれてきている。

遊びに来てくれた写真家のBOZZOが言うように、「思想がモノを創るのではなく、モノが思想を創る」というのがデザイナーの基本的な心構えだすれば。自分がグラフィックデザイナーとして仕事をスタートして、段々と空間やプロダクト、そしてより科学的な領域へと力点を移していっている理由がわかるような気がする会でした。

来てくれたみなさま、フロマエカフェオーナーの箕輪さん、どうもありがとうございました。次回のテーマは「微生物」で!
(ちなみに今年の秋過ぎに黒岩さんと編集者の増村さんといっしょにgreenzで講座をやる予定です。お楽しみに〜)

bozzophoto by BOZZO

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