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ビール黎明期に見る文明開化とモダンデザインの誕生

『発酵文化人類学』の出版記念企画として、雑誌ソトコトの連載バックナンバーを無料公開!  なぜそんなことをするかというと、書籍版は過去の連載記事を全部無視した「完全書きおろしREMIX」だからなのだ!

▶ビール黎明期に見る文明開化とモダンデザインの誕生ソトコト17年3月掲載

ビールは文明開化の象徴だ!といきなり断言してもいいぐらい、明治時代、ビールが日本にもたらされた頃の歴史を紐解くと面白いエピソードがいっぱい出てくる。西洋文化をいかに日本的に取り込むか?当時の日本人の努力と好みがビールから見えてくるのだぜ。

日本のビール史は横浜から始まる

鎖国を解いて西洋文化を受け入れた明治の日本。そこにはもちろんお酒も含まれていました。ビールはなかでも最も日本人の口にあったらしく、明治初期から輸入が始まり、やがて横浜で国産ビールの醸造も始まります。

でね。当時ビール醸造は新興ベンチャー。一攫千金を目指して小さなブルワリー(醸造所)が2000年前後のIT黎明期よろしく次々と生まれていきます。この時にお手本にされたのが「イギリス式エールビール」。ロンドンのパブとかで出てくる色も味も濃い、コク主体のビール。しかし明治中期になると今度は「ドイツ式ラガービール」が登場。僕たちがよく知っている、黄金色で喉越しのいい、キレ主体のビールです。

日本人の好みにはドイツ式のほうが合っていたらしく、イギリス式ベンチャー醸造所は衰退、そしてドイツ式ビールの先駆者が、今の僕たちの知るキリンやエビス、アサヒ、サッポロといった国民的ブランドに成長していきます。

同時にどんどん値段がビールの値段が下がり、普通の庶民にも普及していきます。これが明治後期〜大正にかけてのこと。ビール黎明期は「海千山千のベンチャー戦国時代」だったのさ。

 モダンな商業デザインの誕生

日本のビール黎明期の歴史は、デザイナーとしても面白い。デザインの王道中の王道である「ポスターデザイン」の元祖は、なんとビールなのだ。明治が始まるとともに、化粧品や薬品などの看板や広告のデザインが隆盛する。しかしそれは新聞に印刷したり、浮世絵のような多色刷りで少部数のチラシを刷るようなものでした。

しかし大正4年、当時業界最大手のサクラビール(アサヒとサッポロの母体)が大規模な「デザインコンペ」を開催。 一等に採用された画家、北野恒富のポスターはなんと7万枚。これはやはりヨーロッパから導入された、大量かつ高速に多色かけ合わせ印刷ができるオフセット印刷機の技術によって可能になったもの。この瞬間、モダンな「商業デザイン」の世界がスタートしたと言っても過言ではないのね。

生き残りをかけた広告合戦

最新技術で印刷された人気画家のポスターは、当時流行のカフェやビアホールにアート作品として飾られ、同時にブランド認知の強力なツールとなった。するともちろん有力メーカーがこぞってデザイン界に参入し、ポスターはもちろん、マッチ箱やコースターなどのノベルティ、果ては漫画広告まで、今の広告デザインの基礎を成すプロトタイプが連発され、ました。

今でも昭和レトロをモチーフにした飲み屋さんや雑貨屋さんに行くと当時のポスターがすぐ見つかるのはそれだけ「大量に印刷された」から。ドイツ式のビールは、イギリス式と比べて味の個性が出しにくく、だからこそ味ではなくイメージにおける「差異化」が必要だったとも言えますね。

ビールをつくっている洋酒メーカーはたいていコンサートホールやミュージアムを持っていたり、人気クリエイターをCMやデザインに器用する文化がありますが、その起源は文明開化期の「ベンチャー戦国合戦」なのでした。

【追記】大正期のビールのポスターは、たいていが色っぽいお姉さんの絵のはじっこにブランド名が入った「美人画」スタイル。殿方はビール飲みながら「こんな素敵なお姉さんとデートしてえなあ…」と遠い目してたんでしょうね。


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