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デザインとデザイノイド

『ミーム(遺伝因子)』という概念を提唱したことで知られる生物学者のリチャード・ドーキンス。僕はドーキンスが大好きで、なかでも『デザインとデザイノイド』というあんまり知られていない概念に強く惹きつけられている(デザイナーだからね)。

環境と時間がデザインを自律化させる

この概念は、生物がどのように進化して機能や形態を獲得していくかを紐解く時に使われる。

例えばだな。
カメラのレンズと昆虫の眼は、機能としてはよく似ている。けれども設計プロセスが違う。
カメラのレンズを、人間(デザイナー)が明確な意図をもとに設計した「デザイン」だとすると、昆虫の眼は、事前の目的なしにまるでデザイン自身が自律化して機能が生まれていく「デザイノイド」だ。

ドーキンスの考えでは、生物は進化する時に「外界を見たい」とか「空を飛びたい」という目的を持つことなしに、環境による淘汰を繰り返すうちに結果的に目がいい生き物とか空を飛べる生き物が誕生してしまうことになる。

デザイナーとしてトンボをリバースエンジニアリングしてみると、空を飛び複眼を持つそのデザインは全て必然的に思える。全てのパーツがトンボを完成させるために無駄なく機能しているように見える。が、トンボ自身にインタビューしてみたらば、

「そうっすかね?ぶっちゃけ特に意識はしてなくて。たまたまっすね。」

という答えが返ってくることだろうよ。

機能の水平移動が進化をもたらす

「空を飛びたい」と思って翼が生まれたのではなく、環境に対する淘汰と適応のフィードバックが長い時間をかけて「飛行」という機能を作り出した。

ドーキンスのデザイノイド概念にそって、もうちょい具体的に考えてみよう。

今地球上の動物で空を飛ぶことができる代表種としては、昆虫の他に鳥類がいる。
この種が地球にあらわれ、発展していった二億年くらい前は、今より地表の酸素濃度が低かったらしい。なので、鳥類は低酸素状態をサバイブするために、他の哺乳類よりも呼吸の効率を良くしなければいけなかった。

僕たち人間の肺は、空気を吸うたびに膨らんで、吐くたびにへこむという灯油を入れる時のポンプのような構造になっている。対して鳥の肺は空気を循環させる人間にはない高性能ポンプである気のうが接続されいて、肺をへこませることなくずっと膨らみっぱなしにすることができる。

この「ずっと膨らみっぱなしの肺」は、つまりバルーンだ。
鳥は身体のなかにバルーンが入った、体積に対する比重が軽い生き物なんだね。
(ついでに骨の密度も低い)

酸素の低い環境のなかで生き延びるための最適化は、鳥自身も予期していない副産物をもたらした。それは「身体が浮きやすい」ということだ。

鳥の初期の翼は、飛ぶためではなく木々の間を滑空するための前肢だったと推測される。
しかし、モモンガのような普通の哺乳類に比べて鳥類は滑空時間が長い(比重が軽いから)。

「あれ、なんか全然地面に降りないんだけど?」

というサプライズが起こり、それが発展していって「持続的に滑空できる=飛行」という機能が生まれたのではないか?という説はけっこう説得力がある。

ここでの進化のポイントは、機能の水平移動だ。
鳥に飛行を能にさせた要因は、翼ではなく肺なんだね。呼吸のための発達が、なぜか飛行という全然違う位相の機能を生み出してしまった。

呼吸→飛行という、普通だったら考えられない機能の水平移動が起きた。
生物の世界には、こういう予期しない水平移動がたくさんある。
最初に明確なグランドデザインと目的設定がないからこそ起きる偶然が画期的なイノベーションを生み出してきたんだね。

これが生物界における自律的デザインプロセス、デザイノイドの面白さだ。

発酵はデザイノイドだ!

僕の専門である発酵文化もまたデザイノイド的進化を遂げてきた。

例えば。和食の代表格としておなじみの江戸前寿司。
この寿司の起源をずっと辿っていくと、東海や北陸などのローカル発酵食である熟れ寿司になる。この熟れ寿司は、腐りやすい魚を保存するために、塩と乳酸菌による酸の力によって雑菌の繁殖を防いでいる。だから味は極端にしょっぱくて、酸っぱい。しかもつくるのに一年以上かかる。

昔の人は極端な味で手間のかかる寿司をいかに簡略化するかを考えた。
その結果、塩がなくても酸があればある程度の防腐機能をもたせることに気づき、さらに時間をかけて乳酸発酵させなくても、最初から調味料としての酢を添加してしまえばいいことに気づいた。

このイノベーションによってあっという間につくれるインスタント寿司=江戸前寿司が誕生したのだが、手間の簡略化は結果的に「ネタの新鮮さと豊富さ」「素材を活かした調理法」というそれまでの熟れ寿司にはなかった価値が生まれた。

ポイントは鳥類の進化と一緒で、最初からネタの新鮮さを目指したのではなく、いかに手抜きするか試行錯誤するうちに当初予想していなかった味覚が生まれてしまったということ。
そしてその味覚が多くの人を魅了したので、結局先祖の熟れ寿司よりもポピュラーな食べ物になってしまったんだね。

生物の進化にも人間の文化の進化にもこのようなデザイノイド的現象が満ち溢れている。
グランドデザインに基づいてエンジニアリングを進めるのではなく、各プロセスにおいてのベストを探って「考えながらつくる(というか自ずとできていく)」というデザインこそがイノベーションを起こすことができるのかもしれない。

 

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