▷デザインを考える

『デザイン』にこだわってみたい

執着してしまうものは、一度手放してみる、もしそれが戻ってきたら、たぶん一生付き合えるもの。

「デザイナーのフリをした学者」等というよくわからない肩書を自称している僕にとって、「デザイン」が正にそういう存在。
気になってしまうからこそ、手放して手放して、その度に進化して自分のもとに戻ってくる不思議なものです。

僕はもともと絵を描いたりイラストを描いたりするところから独学でデザインの世界に入って、いまは社会のなかでの様々なプロジェクトを立ち上げたり、ビジネスの仕組みをつくったりするようになりました。

…で、そういう風な成り行きになると、もうデザイナーって名乗らないはずじゃないですか。
なんだけど、そういう風に仕事が発展していけばいくほど「デザイン」すること、「自分の手で表現すること」の重要性が身にしみてわかってくるわけです。

何かが受け取られるためには、仕組みや枠組みがとっても大事です。
というかそれが9割です。それは複雑で政治的だったり人間関係の様々な力学が絡んでいます。
しかし、アウトプットされる時はだいたいフレームは見えずに、具体的なメッセージやモノ=残り1割が伝達されます。
また繰り返しになってしまいますが、ふつう僕たちが見ているのは、社会の1/10なのです。

今、僕は2つの可能性を考えています。
1つは、仕組みや枠組み=9割が変わっていくこと。
もう一つは、アウトプット=1割が残り9割を変えていくこと。

で、みなさんお分かりのとおり、前者の可能性は限りなく怪しいんですよ。
アウトプットを変えることで、社会の仕組みを徐々に解体していくのが実は現実的なのです。
目に見えるものを介して、目にみえないものを変えていく。その順番が大事だと思います。仕組みや枠組みは、組織の力学に影響しているので、自分で変わるには膨大な時間と手間がかかります。さらに(見ている現実が同じなのか疑いたくなりますが)現状を変えることを良しとしない結構な数の人たちが、力学の要に居座っていたりするのです。

対して、アウトプットを変えることは、個人の力でできるのです。
例えば、どんな絵を描くのか、どんな言葉を使うのか、あるいはどんな発想のしかたを選ぶのか。
そういう、「表現のモード=デザイン」は、個人のものであり、組織の力学に全く影響を受けないとは言わないまでも、自分で選びとることができます。ちょっとした色の使いかた、文字の強調のしかた、それが政治的な100万の言葉より強いメッセージになることができるんです。

僕にとっては、仕組みでがんじがらめになった世界のなかで自由を得る武器が「デザイン」です。モードの違う大きな組織やシステムとも対等に渡り合えて、変革の意志を伝えることのできるものなのです。

というわけで、だんだん仕組みを考えるようになってきたこのタイミングで、僕は改めて「デザイナー」であることにこだわってみようと思っています。
それはつまり、ちょっとした色使い、文字の書体、絵や図のタッチ、そしてなにより紡がれる言葉の一つ一つに意味を見出してみようと、そんな風に考えています。

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