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「限界」を肯定せよと発酵男子はいう。

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こんにちは、ヒラクです。
先週日曜から、表参道〜富士山中湖〜京都・大阪と、五味の若旦那と「発酵ツアー」に行ってきて、いま久しぶりに事務所の机に座って静かに仕事をしています。
全国のナイスな友達な友達と盃を酌み交わす「極楽ツアー」のはずが、合間に律儀に仕事をこなしていたので、疲労度がけっこう凄いことに(本末転倒)。

発酵ツアー初日は、表参道かぐれでのトークイベント「発酵男子のcozy talk」。

寺田本家の24代目(!)若旦那と、五味醤油の6代目若旦那の「発酵プリンス」の2人がスピーカーで、僕は司会&聞き役。
ご飯はエジプト塩のよしこさん

チケットが発売初日でソールドアウトするという、今まで企画したなかで最も注目度の高いイベントでした。
寺田さんとこのお酒を飲みながら、職人サイドからのマニアックな発酵話を聞けるとあって、場内超満員で、メディアのみなさまもチラホラ。「発酵男子」と銘打っただけあって、女子率高めでした。

「発酵」がブームになって、色々なところで講演会やシンポジウムがあったりするのですが、オモテに出てくるのはだいたい大学の先生か料理研究家。
それももちろん面白いのですが、発酵醸造文化の生産現場に関わる職人サイドからの話を聞ける機会はあんまりない。
職人ならではの、「麹菌って結構バカなんですよね」とか、「失敗したとされる味でも、けっこうおいしいお酒もある」とか、「いや、ここだけの話なんですけど…」的な発酵トークが炸裂し、お客さんもぐいぐいと引きこまれていました。

限界を前提にしたビジネスモデル

さて。
寺田さん、五味さんとお話しした中で、印象に残ったことがあります。

寺田本家は千葉の神崎、五味醤油は山梨の甲府で代々商売をしているのですが、商品や活動の突き抜け方から知名度は全国区。
なので当然、地元以外からも注文や引き合いが多いわけです。
それに対しての両家のスタンスはハッキリしていて、「これ以上つくらない」と言うんですね。

限りなく手づくりでやっているので、増産できないし、合理化もできない。
「菌」という、環境に敏感な生きものたちを相手にしているから、簡単に設備拡張もできない。

だから「つくらない」、「増やさない」と当たり前に言うわけです。

これって、実は普通のセリフじゃないんですよ。
町工場に特需がきたら、ガンガン設備投資して生産ラインを増設する。
プリンやアイスが流行ったら工場を大きくしてどんどん作れるようにする。

これが普通だし、これをしないと経営者は「怠慢だ」とか「儲ける気があるのか」なんて言われる。
なのに、酒蔵と味噌蔵はそれをしない。答えは「自然を相手にしている」から。

お酒もお味噌も人が生産するものではなく、麹菌や酵母菌がつくる。
職人がするのはそのサポート。だから、その微生物たちと微生物たちが住む環境のことを真剣に考えるならば、こういう結論が出る。

世界には「限界」がある。

僕たちの欲望は無限だけれど、それにあわせてものを無限につくり出すことはできない。
だったら、「つくれない」「これ以上は必要ない」と口にする事を肯定する必要がある。

人間の欲望から生み出されたものに囲まれていると、欲望をブーストしてものを生産し続けることに対しての疑問は持ちにくいし、いつか資源が枯渇してにっちもさっちもいかなくなるまで、人はその生き方を続けると僕は思う。

じゃあどうしたらいいんだろう?

僕が自分の仕事を通して伝えようとしているのは、人間の欲望とあまり関係なく生まれてきたものに囲まれて生きること。
(無理しない範囲でいいから)

人間と違うリズムやルールで生きているものたちと触れながら暮らす。世界に存在している色んな時間軸を意識しながら生きる。
そういうあり方は、ごくごく自然に「限界」をわきまえるマインドセットを作っていく。

それは本当に醸造家の生き様を見ているとよくわかるのですよ。

で、「限界」を肯定することで良いことがもう1つある。
それは、「限界」をわきまえると「シェア志向」に自ずとなっていくということです。

寺田さんとこも五味さんとこも、地域のなかで様々なネットワークを作って、地場の産業全体を底上げしようと、本業に関係ないことを頑張っている。
この姿勢も「限界」をわきまえるところから来ていると僕は思う。

だって考えてみて下さい。

自分のところに来る引き合いに全部答えられなかったらどうするか。「ほかのヤツを紹介する」じゃないですか。
だから、近所の仲良しの誰かに仕事のクチを回したり、上手く仕事がいくようにネットワークやノウハウを貸してあげてもかまわない。

逆に、「限界」をわきまえなかったらどうなるか。

それってつまり「全部独り占めする」ってことになる。
注文が自分のところに集中するように、ノウハウやライセンスもまた自分のところに一極集中させて、極限までポジティブ・フィードバックをかけていく。

もしその考え方を貫徹させるならば、地域の経済や文化に寄与する、なんていうことは言えないし、言いたかったら年間予算を取ってCSR活動をしなければいけない。

いいかげん「自分の望むようにものをつくれる」という価値観を変えたほうがいいと僕は思う。

生態系には限界があり、そのなかの1パーツである人間にも、物理的には当然限界がある(寝不足がたたって風邪引くとか、怪我をしたら立ち上がれないとか)。

限界が無いのは自分の欲望だけだ。

でももし、本当に人間があらゆることを欲望できるのであれば、「無限に欲望を実現することはしょうもないということを証明する」ことを欲望することもまたアリだとヒラクは思うぞ。
(ややこしい欲望ですが)

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