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「うどん県」から考える広告的手法【前編】

「うどん県ってどうよ?」という話を民ちゃんから聞く。

世事にうといんで知らなかったんですけど、「うどん県」っていう観光プロモーションがあるらしいですね。香川県を「うどん県」に改名するというPR企画なんですが(もちろんフィクションです)、動画バリバリのリッチなコンテンツ、タレントがバンバン登場するという、「ぜんぜんお役所っぽくない」内容です。

かなり凝っていて、コンテンツとしては面白いと思うんだけど、民ちゃんはどうやら気に食わないらしい。

「県の名前を一つの料理名にしちゃっていいわけ?」という憤りがあるらしく、一説によると、あまりにもPRが好評なので高松市の名前を「うどん市」にする…なんてな話も出ているともこと。

さて。今回はこの「うどん県」をきっかけに、色々と考えてみたいと思います。

クリエイティブの質はさておき、まあ企画の要諦としてはこの「うどん県」、思考の深度ゼロであると僕は考えます。深度が深いとしたら「ネタ度」ですね。で、 僕が知りたいのはこの深度ゼロの話がどうして「通ってしまった」のか。県の観光課の部長さんとか課長さんとかその他要職の方々が「これでいこう!」と思ったか。そのロジックはどのように成立しているのか。

まず良いとか悪いとかは抜きにして、こいつを分解してみたい。

思考のプロセスとしては、こんな感じなのかな(以下ヒラクの想像)。

香川県の認知度を上げたい!(県の担当の人、たぶん観光課部長とか)
→じゃあ、香川で有名なもの推しでいきましょう!(県の人、観光課担当)
→かしこまりました。しかし総花的では消費者は振り向いてくれません。フォーカスが大事です(制作チームのプロデューサーとかディレクターとか)
→なるほど…じゃあ金比羅さん?(担当)
→ちょっとインパクト弱くないか?(部長)
→やはり、万人がわかるもの…うどんでいかがでしょう?(制作チームの人)
→うどん!いいねえ!!(県の人)
→それでは、ここは一つ、香川県を「うどん県」に改名、というアイデアはいかがでしょうか?(制作の人)

みたいな感じで流れて最終的に「いいねえ!!」みたいになったんでしょうか(おそらく、この壮大なネタを実現するための説得力として、要潤等が招聘された可能性もあるかも)。

まあ多分紆余曲折はあっただろうけれど、大筋、「うどんは誰でも知っている」。だから、「香川県をうどん県にしよう」という異常に単純なロジックがあって、その行為をオフィシャルにおこなってしまうこと自体がバカバカしくて笑えるという「ネタ感」がバイラル(SNSとか口コミで勝手に情報が一人歩きすること)を呼び込める目測とともに採用され、実現に至ったと思うんですね。

たぶんプロモーションとしては成功したと思うので、そういう意味ではこれは「良い企画」であるんでしょうけど。僕個人の意見としては、これは「短期視点で組んだ企画」であるがゆえに、そこに落とし穴があると思うんですね。

それはどんな落とし穴?

…と思う前に、ちょっと「最近の広告の傾向」についてお話させてください。

最近、街で広告を見ると目につく2つの傾向があるんですね。

一つは、「なつかしのマンガ推し」と、もう一つは「アイドルグループ推し」。なつかしマンガは、巨人の星とか笑ウセールスマンとか、DOCOMOの「鉄人28号シリーズ」あたりから出て来た流れの延長線上ですね。アイドルグループ推しは、いわずもがなAKB48と、ジャニーズ、あとちょっとだけ韓流。ずっと芸能人やアイドルは広告の王道だったんですけど、最近の傾向としては、AKB48とか嵐とか、複数いるメンバーがジャンルの違う広告にあわせてピンもしくは2,3人が切り出されて登場する。

これは何を意味しているのか。

ヒラクの考えでは、「不特定多数が認知しているものを追いかけた結果、そうなった」ということです。

まずマンガからいきます。最近のマンガは、井上雄彦とか浦沢直樹とかを除いて、「老若男女みんな知っている」程の認知があるマンガは少ない。理由は質の低下とかじゃなくて、老若男女がマーケティングにより超細かくスキャニングされて、そのスキャニングされた対象に向けて作品が作られるからです。

皮肉なことに、マーケティングを緻密化させた結果、そのセグメントを超える認知は限りなく生まれにくくなった。だから、そのスキャニングが始まる前(だからせいぜい80年代半ばぐらいまでだよね)の、セグメントを超えた認知を持っていたコンテンツを「再利用する」という発想に至るわけですよ。「星飛雄馬?あ、なんかあの太い眉見たことある」みたいに、単なるホビーを超えて、ある年代のたいがいの人に浸透していたコンテンツを出せば、ぜったいみんなそれ見て「懐かしい!」とか「あったね、あのマンガ」みたいに「認知のスイッチ」が入る。

さてではアイドルはどうか。これはもうAKB48とジャニーズのSMAPと嵐が傑出しまくっている。嵐は微妙なところですが、残り2つは、メインのメンバーはだいたい老若男女「見たことある」になるはずです。

そういう意味では、剛力さんとか、蒼井さんとか、木村さんとかはやや認知が弱い。それよりは宮崎さんとか、仲間さんとか、NHKの大河ドラマで主役はった役どころぐらいまで行きたい。理想としては、「原節子」とか「三船敏郎」ぐらいだとすごい。だって、みんな知ってるし、カリスマだもん(古いって?)。

…て思うと、いまそれぐらいの認知は「AKBとジャニーズだ!」てなことになり、携帯から家電、食品、保険、行政に至るまで、その認知にあやかりたいと行列ができる。で、話がまたちょっと飛ぶんですけど。なんで行列ができるのかというと、街にある駅ばり広告とかTVのスポットCMの目的って要は「覚えてもらう」事に尽きる(なんせ目にするに一瞬だけだし)じゃないですか。

その時に取る方法って、原則2つしかない。つまりその商品あるいは広告の内容そのものが目立つ(例:アップルの新しいガジェット、いいちことか)か、広告に出ている人が目立つか。

前者は必ずしもお金はなくてもいいかもだけど、知恵と才能としっかりした経営判断がいる。後者は、まあお金がある程度あればできる。広告担当の才能がゼロでもできる。だってこれって「あ、EXILEのHIRO?オレの中学の同級生。うん、携帯番号?知ってるよ」みたいな感じのコミュニケーションですもの(ちなみに関係性としては、話している人が商品で、HIROが広告に出てる人、「え!すげえじゃん!」と言うのがマーケティングの対象)。すでに認知ができているものとまだ認知ができていない商品を抱き合わせにして、認知の底上げを狙うわけです。こうして企業は、AKBの誰々を拘束する「コスト」と、認知を広めるための「時間」を天秤にかける(有名人に払われるギャラの担保は、可愛いとかカッコいいとかじゃなくて、「時間短縮」なのでした。時は金なり)。これがまあ街ないしメディアで目立つとこにある広告の5?6割ぐらい(あと3割~4割ぐらいは、なんにも覚えられない広告、残り1割弱が、知恵を活かした広告ということになる)。

さて話を戻します。この「すでにある認知と、まだない認知の抱き合わせ」が広告のベタな方法論だとすると、実は「うどん県」の構造もちょっとづつ見えてくるのではないか…というとこまで書いたところで、今日はお開き。また後日続きを書きますぜ。
よい週末を。

P.S. あしたは渋谷のFabCafeで「みたかやさい×モコメシ」のイベント。みんな来てね。

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